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The last crime
7 BEFORE DAWN

 仕事の成果を仲買人に引渡し、夜明けも近い街を走った。
 ここまで夜遅い――朝早いと言った方が良いのか――と、天下の繁華街も静まり返っている。
 いつもなら歩行者天国に近い道路を、珍しく車で乗り入れた。
 ここに来たいと言った張本人は、隣で欠伸を噛み殺している。
「薫に何が訊きたいの?」
 眠ってしまわないように声を掛けた。
 目的地までもう時間は掛からない。
「…別に。得体が知れねぇから、あの女」
「自分の事を訊くんじゃなくて?」
「それも…あるけど」
 零は曖昧に言いながら、目に溜まった涙を拭った。
 恐らくこんな時間まで起きている事は滅多に無かったのだろう。眠くて仕方なさそうな顔をしている。
 そこだけ聞けば至って健康優良児のようだ。似つかわしくない言葉に笑えてしまう。
「別に今じゃなくても良いんじゃ…」
 見兼ねて提案してみたが、皆まで言わせて貰えなかった。
「ふざけんな。ここまで来たのに」
 僕は苦笑を返して、店の前に車を停めた。
 同乗者は口ほどにも無く、億劫そうに車から降りた。
 店の扉を開ければ聞き慣れた鈴の音。流石に客は居ない。
「よぉ、仕事帰りか?」
 主が一人、カウンターで酒を飲んでいた。
 酒はしょっちゅう飲んでいるが、彼女が酔ったところを僕は見た事が無い。
「お前も飲みに来たか?」
 突き出された瓶に慌てて首を振る。
「今日は僕、ドライバーだから」
「…ご尤もだが場に似合わない言い訳だな」
 彼女のぼやきこそ尤もだが、僕はこの液体が苦手だ。
 美味いとは思えない。
「坊ちゃんは?飲むのか?…あ、ミルクもあるぜ?」
「名乗った筈だ。ミルクはてめぇで飲め」
 薫は愉快そうな顔を僕に向ける。
 僕はやんわりと苦笑で返す。
「それで?酒も飲まずに何が知りたい?」
「誰も飲まないとは言ってねぇだろ。…アンタの事、訊きに来た」
 へぇ、と薫はグラスを取りに行く。
「俺様に興味があるの?」
「アンタが俺とどういう関係で、どこで俺の情報を掴んだか、それだけだ。後はどうでもいい」
「どうでもいいとはまた随分だな」
 笑いながら、グラスに、氷と、茶色の液体を注ぐ。
「まぁ良いや。情報の出所なら教えられないね。それは俺の商売に拘わる」
 グラスを置こうとした手を、はたと止めた。
「そう言えば、お前、大丈夫なのか?」
「何が」
「アイツは酒断ちしてたぜ?寿命を縮めるってね」
「アイツって…」
「お前がアイツのコピーなら、同じ爆弾抱えてる筈だけどな」
 零はじっと、薫の手元を見ている。
 何となく、話の内容は理解しているのだろう。
 受け入れ難い話ではあるが。
「…ま、どの道ガキに酒飲ましちゃいけねぇよな」
 結局、差し出していたグラスは自分の口へ。
 あっと言う間に空になる。
「よく飲むね」
 素直に感想を言えば、悪かったなザルで、と悪態をつかれた。
「ああそうだ、関係?俺の元のそのまたクローンのお前はクローンってトコで良いか?」
 薫はまた違う瓶を選んでいる。全く真剣味が無い。
 いつもの事なのだが。
 一方で零は、余裕の無い表情で薫の一挙手一投足を見つめている。
「そう難しい顔すんなよ。…あ、眠い所にややこしい事言ったからオツムがショートしてんのか?悪い事したな」
 揶揄にも零は反応しなかった。
 薫は笑いながらこちらを向く。
「お子様も眠そうだしさ、泊まっていっていいぜ?俺もやりたい事あるし」
「やりたい事?」
 問いには答えず、彼女は悪い笑みを覗かせた。
 ああ何かやらかすなこのヒトと思いつつ横を窺うと、こつりと頭が落ちている。
「おーい、布団までは自分で歩けよー」
 薫の言葉を聞いたかどうか、その場に腕枕で眠る体勢。
 店主はこりこりと頭を掻き、まあいいかと呟いた。
 僕は一つ引っ掛かっていた。
「…エラーがあると分かってて、どうして作ったのかな」
 製作側に肩入れする訳ではないが、彼を選ばなくとも良かっただろうに。
「DNAが手に入ったからだろう。とりあえず軍は試作がしたかった、それを知って鹿持が売った…エラーがある事を隠していたか、エラーの有無はともかく戦闘能力が欲しかったか…。ま、真相は俺も知らないけど」
 推測だがそんな所だろ、所詮。そう薫は言った。
 所詮僕達を作った男は、金だけが目当てだった、という事。
 薫は少し哀しげな眼を見せて、すぐ消した。
「…皮肉だね」
 己の遺伝子の消去を願って逝った彼と、今、目の前に居る存在。
 憎しみ、果てに復讐まで果たした男にそれを妨げられていた事を知ったら。
 零の存在を知ったら、彼は何を想うだろう――否。
 恐らく生きていたら、『消して』いるのではないか。
 彼は何も知らないまま死んだ。
 代わりに、今ここに彼が存在している。
 不運でありながら、幸運な運命――
 何者かに仕組まれたかの様に。
 その何者かとは、己を残す為に運命を操る、彼らの遺伝子だろうか。
 彼らの、僕達の遺伝子に、ただ踊らされる人形。
 それが僕達なのかも知れない。





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あきゅろす。
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