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The last crime
6 DARK ROAD
 尭冶の運転する車に揺られ、着いた先は、闇だった。
 現実感はまだついて来ない。それでもこの場所が己に馴染むのが分かる。
 所詮、光の下に生きられない生き物なのだ。俺は。
 それでも、例えこれが夢であっても、光を求めたりしない。
 虚しいだけだから。
 死臭。鼻について離れない。
 ここからは逃れられない。俺に絡まる“死”という鎖。
「…死体に用があるのか?」
 足を止めた尭冶に訊いた。
 彼は頷く。
 屈む視線の先に、まだ新しい屍。
 撲殺だろうか。並の神経なら直視できないだろう。
「何するんだ?」
「臓器を貰う。まだ使えるものを」
「…は?」
 恐らく言葉通りの事をするのだろう。
 尭冶は鞄から道具箱を取り出した。
 刃物――メスで屍の胸部を開いてゆく。
「これがアンタの仕事?」
 再び彼は頷く。
 手際良く損傷の無い贓物を取り出し、ビニール袋に包み、クーラーボックスに入れてゆく。
 吐き気がする程ではないが、見ていて気持ちの良いものではない。
 尭冶の手元から視線を離し、闇に沈む街を見るともなく見た。
 下層市民の暮らす貧困街。
 無法地帯と言ってよい程治安は悪い。
 こんな死体が転がっていても誰も驚かない。日常茶飯事だから。
 貧困街に足を踏み入れるのは初めてではない。大規模の暴動が起これば軍が出動する。
 その際、俺も『持ち込まれる』訳だ。
 そして命令のまま、目の前の人間を再起不能にする。
 奴らにとってこれは『掃除』でしかない。
 後は血の海になった街が残るばかりで。
 あの紅い光景が綺麗とは、俺にはどうも解せない。
「済んだか?」
 漸く立ち上がった尭冶に言葉を投げかける。
「待たせたね。行こう」
 その声音はいつもと変わらない。
 振り返れば、元通り縫合された屍体があった。
「…無意味」
「そう?…まぁ、そうかもね」
 いつもの困ったような笑みで言って、荷物を手にする。
「お前は優しいんだか冷血なのか判らねぇな」
「本当だね」
 停めていた車に荷物を詰めながら、尭冶は頷く。
「どうしてこんな事してる?」
 こっちを向いた怪訝な顔に言ってやった。
「自分でやりたくてやってるとは思えねぇな」
「…そりゃ、まぁね」
 参ったなぁと頭を掻き、尭冶はごく簡潔に答えた。
「金が無くちゃ、生きていけないからね」
「金の為なら何でもやるって?」
「人聞き悪いなぁ。…でも否定出来ないかな。この仕事しか出来ないから、仕方なくだよ。他に行く宛も無いし」
 二人分の足音、呼吸。
 それだけが矢鱈と響く。
 静寂は、殺した息と、張り詰めた空気を孕んで。
「軽蔑する?」
 俺は足を止めた。
「さあな」
 ぞんざいにそれだけ返して、銃に手をやった。
「――!!」
 沈黙を引き裂く銃声、二発。
 一発は俺につられて足を止めた尭冶の手前に着弾した。
 俺が撃ったもう一発は、古いビルの陰に。
「…誰か居たの!?」
「でなきゃ撃つ訳ねぇだろ」
 銃を構えたまま、闇に向けて告げた。
「大人しく帰れ。次は心臓を狙う」
 ややあって、走り去る音。
 完全に気配が消えたのを確認し、振り返る。
「…言いたい事あるなら言え」
 驚愕を顔に描いている尭冶に言い捨てる。
 さも意外なのだろう。俺の行動が。
「…いや…別に」
「嘘つけ」
「助けてくれて、ありがとう」
「……」
 溜息をわざとらしく吐いて見せて、さっさと車に乗った。
 慌てて運転席に乗り込む尭冶。
「何か気に障る事言った?」
「全然」
 ただ、表情が物語っていた。
 どうして殺さないのか、と。
 それが無性に神経に障る。
「…契約違反だって言わねぇのか」
「え?」
「俺の仕事は殺す事、そうだろ?」
 尭冶は何も返さず、エンジンをかける。
「失望したか?」
「…全然?」
 ライトが、闇に沈んだ街を照らす。
 暴力的ですらある光は、却って街を不気味に浮き上がらせる。
「安心、した」
「…は?」
 全く想定外の言葉。思わず聞き返した。
「ほんと、安心ってこういう事か、って気分」
 尭冶は笑う。
 不可解な横顔をしばらく見つめた。
「うん…良かった。でもどうして?」
「…訳分かんねぇよお前…」
 何故と聞かれれば、多少困る。
 理由なら、確かに有る。
「…外出てまで殺しをやりたくない。あと、お前らの言う事聞くのは癪だ」
 建前をぶっきらぼうに説明してやった。
 少しは本音の入った建前。
「そっか、なら、命令するよ。今度から殺すように」
「…お前な…」
 短い付き合いだが、何となく分かった。
 尭冶は人間の死を見たくないのだ、と。
「それでよく…出来るな、あんな事」
 漏らしてしまった疑問。
 一気に表情が固くなる横顔。
 突かれたくない、それはそうだろう。
 だが、遠慮してやる義理など俺には無い。
「…馬鹿みたいだと思ってる?こんな、金の作り方」
 自嘲が口許に浮かぶ。
「でも仕方ないんだ。僕の、十字架だから」
「何だよ、十字架って」
 前を見る眼の中は、暗い。
「空っぽの屍になる筈だった。僕自身が」
 闇の中、光は線を引いて流れてゆく。
「でも生き延びた。だから、誰かを喰散らして生きるしか――…」
 行く先は、どこまでも暗く。
 光など見えない。足元を照らしているのかも怪しい。
 それでも進めるのは、元よりこの場所が堕ちた底だと知っているから。
 夢も現も。生きるも死ぬも。
 違いなど有るなら教えて欲しい。
 しがみつく明日がどっちでも、俺達には関係無いだろう。

 ただ、暗いばかりで。





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あきゅろす。
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