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The last crime
5 FREEDOM

 一日置きぶりに自分のベッドで目覚めて、いつものように時計を見る。
 昼の三時前。少し寝過ぎた。
 聞こうと思わなくとも耳に入る音声。
 扉越しのテレビだろう。
 暇を持て余しているのだろう。暢気に寝ていた自分を反省する。
 起き上がり、リビングを覗いた。
 テレビが一人で喋っている。
 付けた張本人が見当たらない。
 逃げた?
 彼にとってここに留まる理由など、無いのだろうから。
 留まっていれば、望まぬ罪を犯す事になると、分かったから――
「零?」
 名前を呼べば、空気が震えたような。
 ソファの正面に回ると、その姿があった。
 眠っていたようだ。目を擦っている。
 扉の位置からは背もたれが邪魔になって見えなかった、それだけの事だ。
「ごめん、起こした?」
 謝れば、首は緩く横に振られた。
「癖だから」
 それは、眠っていても変化―それがごく些細な音でも―があれば、目が覚めてしまう、という事だろう。
 危機感を常に抱いている脳には、それが染み付いてしまう。
「何か食べた?まだ寝てても良いけど」
「パンがあったから食った。近くでウロウロされてたら寝れない」
「…そっか」
 二重に納得して、自分も何か食べるべくキッチンに向かった。
「テレビは見た事あったんだ?」
 キッチンから会話に持ち込むが。
「人を原始人扱いするんじゃねぇ。テレビくらい基地にもあった」
 不機嫌にさせてしまう。
 苦笑いしながらトーストを働かせる。
「なあ」
 もう少しで焦げ目が付きそうな頃、意外なことにリビング側から話し掛けられた。
「何?」
「アンタの仕事って…何?」
「ああ…」
 焼き上がった事を知らせる甲高い音。
 用意していた皿にパンを載せ、空いている手にコーヒーの入ったカップを持ち、リビングに戻る。
 幾許か、重い足どりで。
「こんな時間まで寝てられるとは、随分いいご身分だな」
 軽い皮肉を曖昧な笑みでかわす。
「今晩、ついて来るなら、そこで全部分かるよ」
「見知らぬ薮に入りたくないから訊いてんだけどな」
 尤もな話だ。手伝わそうと言うのに、事前情報が無ければ納得出来ないだろう。
 ただ、自分の口からは言いたくない。
「人、殺す仕事?」
 刺さる視線は、明らかに僕を見下している。
 自分だって他人の事は言えないのだろうに。
「…そうかもね」
「嫌なんだろ。そういうガラじゃなさそうだもん」
「まあね」
「だから俺に押し付けたい」
「…そうなるね。君は?嫌?」
 子供離れした眼光。
 “ヒトゴロシの眼”。
 何度となく、何人となく、見てきた。
 ただし、僕にはそれが宿らなかった。
 僕の目は、いつだって、“臆病者の眼”。
「その為に産まれてきた存在だから」
「――」
「そう、言いたいんだろ。お前ら大人は。それが俺の利用価値だと」
「否定したい?」
 訊けば、顔を背けられた。
 否定したくても出来ないだろう。それ以上の価値を己に見出ださない限り。
 だけど、本当は――そんなもの考えなくたって良い、筈だ。
 ただ、クローンとして産まれてきた、それだけの運命の狂いで。
 それとも、クローンとして『有る筈の無いもの』に産まれてしまった以上、それだけの十字架を背負うべきなのだろうか?
「好きにすれば良いよ。僕が君の自由を奪う権利は無いんだから」
 戻ってきた視線は、驚きを孕んでいる。
「やりたい事とか、無いの?」
「やりたい事…」
 再び背けられた眼。
 手に入るとは思ってなかっただろう。自由など。
 僕だって檻から出されるまで、自由という言葉すら知らなかった。
 そして世界の広さを知り、戸惑う。
 手足に枷の無い事に、不安を覚える。
「…アンタに教える義理は無いな」
「有るんだ?」
 窓の向こうを睨んだまま、首は縦に振られる。
「良い事だよ」
 それが何であれ、広い世界で道を、己を見失う心配は無いという事だ。
「それが今すぐ出来るなら、気にせず行けばいい。…まあ、焦る事は無いと思うけどね」
「ああ。分かってる…だから」
 強い、決意を孕んだ、表情。
 いつかの彼に、だぶる。
「お前の仕事とやらには手を貸してやる。その代わりここに居させろ」
 無論、最初からそのつもりだった。
「喜んで」
「だけど、俺のせいでお前がヤバい目にあっても、俺は知らねぇからな。見捨てられると思っておけ」
「……」
 痛烈な一言に、僕は苦い笑いを返すしか無かった。





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