The last crime
3 BO TTO M IN BAR
「どこ行くんだよ?」
疑問に答える事無く歩みを進める。
答えてはいけない。それは基本的なルール。
どこに、誰の耳があるか判らない。壁に耳在りとはよく言ったものだ。
目指すは夜の街。
酒と暴力と淫乱が蔓延る、浮世離れしたバビロン。
そこに、答えはある。
僕と、今日出逢った少年の、疑問の答えが。
そこは入り組んだ路地の向こうにある、ビルの地下。
人知れず経営するバー。
バーとしての純粋な収益だけで経営が成り立っているのかは甚だ怪しいところだ。
カラン、と鐘の音。
開いた扉の向こうから、低いざわめきが聞こえる。
ごく限られた客しか入れない店。
その客は、今日は五、六人ばかり。
なんとなく顔馴染みになってはいるが、互いに介入しない。面倒なだけだと解っているから。
いつか介入する事もあるかも知れない。
それは、ビジネスかも知れないし、情報の交換か、サツに突き出されるか。
殺し、殺されるか。
そんな間柄だから、深く関わらない方が得策だ。
「来たな」
不敵な笑みで迎えた、店の主人。
雑事を従業員に任せ、カウンターの端に座り、頬杖をついてこちらを見ている。
後ろで鋭く息を呑む音がした。
それはそうだろう。美人と評判で、男から自在に欲しい情報を引き出す(この店の収益は情報料で成り立っていると僕は踏んでいる)この女主の顔。
少年とそっくりだ―否、理屈上は同じだと言っても良いだろう。
「裏、行こうか」
店内は薄暗く、人の顔を見るのは困難になっているとは言え、流石に他人にこれを見られては面倒だろう。
不敵な笑みを崩さぬまま出された彼女の提案に頷いて、少年を伴ってカウンターを回る。
通された扉の向こうには狭い路地を挟んで二つの扉があり、一つは店の貯蔵室、もう一つは彼女の住居となっている。
住居側に僕らは通された。
人目が無くなる。
「アンタは…?クローン…?」
随分と困惑した声。
「まあね。俺は中島薫。カオルでいいよ、偽名だし」
彼女は艶やかな笑みを口元に宿して名乗った。
僕が初めて出会った時、彼女の名前は“シオリ”だった。
「坊ちゃんは名前、あるのかな?」
“坊ちゃん”呼ばわりに、少年の眉間に一瞬皴が寄ったのを、僕は見逃さなかった。
「零(レイ)…って呼ばれてる」
「成程な。軍の奴らが遊びで付けた名前だろう?お前のコードがA-00だから」
見開いた目が、その情報の確かさを物語っている。
当然、外部の人間が容易に手に入れられる情報ではないだろう。
「あんた…一体…」
「お前の姉貴分ってとこかな?兄貴でも可」
戸惑う顔に笑って見せてから、薫は僕の方を向いた。
「昔のお前を見るようだな、尭冶。それで?お前は誰が犯人か判ったからここに来たんだろ?」
「あの人、でしょう?何か伝言無い?」
名前を言おうにも僕は知らない。薫同様、ころころ変わるものだから面倒になって覚えなくなった。
それでも“あの人”で通るから、不自由は無い。
「ちゃんと承ってますぜ?」
おどけて言いながら、薫は携帯を僕に向ける。
画面を見れば、一通のメールが表示されている。
件名に、『尭冶に見せろ』。
『そいつに仕事を手伝わせろ。GPSチップは抜いてあると、本人に伝えておけ』
「GPSチップ?」
今度は僕が眉間に皴を寄せる。
聞くだに危なそうな物ではないか。居所を他人に知られたくない僕達にとっては。
「ああ、俺のどこかに埋めてある」
あっけらかんと言ってくれる。
「…抜いてあるってさ」
「そっか。誰も追いかけてこないから、火事の熱で壊れたのかと思ってた。…て事は、俺の知らないうちに誰かが…」
あまり良くない想像をしたのだろう。言葉を途切れさせたきり零は黙り込んだ。
察するに、チップは彼の体のどこかに埋め込まれていたのを、あの人の指示で誰かが取り出したのだろう。
理由が理由だが、他人に体を探られるのは気分の良いものではない。
零には悪いが、こちらは助かった。
自分の居場所を触れて回るような少年と、そうと知らずに歩いていたら堪らない。
「仕事の方の話は?」
手伝わせると言っても、こんな子供に、何を。
「要るだろ?ボディーガード兼殺し屋」
ぬけぬけと薫は言い放った。
子供にやらせる事ではない。…勿論、それ以前の問題もあるが。
「腕は確かだろうぜ?なんせ生体兵器って名称付いてるくらいだもん、な?」
語尾は当の少年へ。
そこでやっと自分の話題だと気付いたらしい。
「俺が?あんたを守れって?はあ?」
馬鹿馬鹿しいと言外に言っている。
生憎、こちらも同じ気分だ。
「それ、命令?やらせなきゃいけない?」
「さあ?ただ、アイツが法外な金ふっかけてくるから兄貴も考えたんじゃね?」
心当たりのある僕は、思わず唸ってしまう。
「うーん…向こうに話つけてもダメ?」
「好きにしろよ。…ま、言うこと聞いた方が利口だと思うけどね。それに、お前が飼ってやらねぇ限り、野垂れ死ぬか、元の鞘に戻るか…どっちかだぜ、そのガキ」
「元に戻った方が良いんじゃ…」
言いながら振り向けば、虚ろな瞳があった。
「それは、嫌…だろ?」
薫の言葉に、零は微かに頷く。
握り締めた手が、震えていた。
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