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The last crime
1 BEHIND DOOR


 夢を見た。
 闇を裂く火炎の夢を。
 その中心で焼け焦げてゆく。徐々に、浸食される様に。
 熱い筈だ。痛い程に。
 だがそれを感じる事は無く、ただこのままだと灰と化すという恐怖だけが――
「ッ!!」
 そこには火炎など無く、見慣れた天井があった。
 息をゆるゆると吐く。安堵とも、不安ともつかない息を。
 体中が汗で濡れ、冷たく気持ちが悪かった。
 起き上がりながら、既に正午を過ぎている事を確認する。
 夜中に動く仕事だ。こんな事はざらである。
 身なりを整えながら、先程見た夢を反芻する。
 思い出したいものではないが、それでも脳裡に浮かぶ。
 あの光景を、知っている。
 それは六年前に、実際目にした光景で。
 だがその中心に居た――燃えていたのは勿論自分ではない。
 これは想像力の恐ろしさだ。自分に置き換えてこんな映像を見るとは。
 ある人に、何度もこんな夢を見るのだと話したら、お前は優し過ぎると言われた。
 同情するからだろう、と。
 自分ではそうとは思えない。少なくとも、今は。
 あの時から、それまでの『僕』は、変わった。
 そして、今はあの頃の欠片すら見つからない。
 全て、あの炎と闇の中に葬ったのだろう。
 生きてゆく為に。


 突然の呼び鈴。
 小心者の僕は、唐突に響いた音に身をすくませた。
 この家を訪ねてくる者など、居ない。
 居るとすれば大抵は、招かれざる客だ。
 その場に固まったまま、対応を考える。
 こんな昼日中に来るとしたら――少なくとも荒事にはならない。そう思いたい。
 ベッドの脇に置かれたナイフから視線を外し、玄関へと向かった。
 気配を消して、扉の横に立つ。
 扉と壁の隙間から、外を窺い見る。
 だがそこには人気が無い。集合住宅独特の、通路と手摺があるだけだ。
 首を捻って、子供の悪戯だろうかと思いながら、ノブに手を伸ばした時。
 扉に、重みのある何かが、ぶつかった。
 その音に再度肩を震わせ、ノブを持ったまま固まる。
 ずる、と。
 扉の向こう側に接したまま、何かがずり落ちてゆく。
 もう訳が分からない。
 埒が明かないと思い直し、恐る恐る扉を開けた。
 だが扉を押す力は予想以上に強く、ノブを回した途端、手の意思には無い勢いで扉は開かれた。
 驚いたが、同時に納得した。
 そこには、人が寄り掛かっていたのだから。
 扉という抑止力を無くした事で、その体はだらしなく玄関に転がる。
「誰…」
 呆れ混じりに顔を覗く。こんな昼間から酔っ払って家を間違えたのかと思った。
 だがそれは違うと、すぐに気付いた。
 その顔は子供で、昨夜の雨のせいだろうか、泥水にまみれていた。
 何より、その顔は。
 見覚えがあった。
 今、存在するには、有り得ない顔が。





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