短篇集
5
そこには同じく信号待ちの、おばあさんが居た。
「寒いですね」
思わず、言葉を返す。
おばあさんの言葉は聞き取りづらかったが、どうやら病院帰りである事を私に告げた。
『いつもお世話になっとります』と言われ、私は笑顔で返すより無い。看護士さんか何かと勘違いされているのだろう。
確かにこんな時間帯、こんな場所を若い人間がうろつく事など無いだろうから。
信号が青になった。
朝は雪が強かった事をおばあさんは言った。
横断歩道を渡りながら、風邪引かんようにして下さいね、と私は言った。
あんたも気をつけんさいよ、と返された。
二言、三言、言葉を交わして。
おばあさんと別れた。
雪が降るほど、寒い日。
何を求めて私はこんなに歩いたのだろう。
人と出合った。
それだけの事だけど。
それに満足して、私は、道を引き返した。
雪が降るほど、寒い日。
言い知れぬ温かさを抱いて。
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