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RAPTORS 外伝
狼達の栖(未完結) 壱

「また派手にやってきたな」
 紫だの赤だの色とりどりに腫れ上がった顔を抑えながら、青年は面白くもない相棒の嘲笑を見た。
「一人で猛進しても多勢に無勢となるだけだろう。もう少し考えたらどうだ?」
 忠告されても、はいそうですねと聞く気にはならない。
 相手も青年の悪癖はよく承知している。更に面白くない言葉で見切りをつけられた。
「ま、そんな頭脳があれば喧嘩などする前に無益と判るか」
「…お前な」
 流石に黙っていられず口を開きかけるが、必殺の一瞥を喰らい、言葉を呑んだ。
 この相棒、朋蔓には敵わない。
 青年の名は董凱。東軍総長の一番弟子であり、次期総長筆頭候補である。
 が、昼間から仲間との喧嘩でこの有様だ。朋蔓が呆れるのも無理は無い。
「で?総長に報告するか?」
 事務的に朋蔓は問う。軍内での喧嘩沙汰はもちろん規律違反だ。
「お前正気か!?説教されるのは俺なんだぞ!?」
 董凱は顔色を変えて反論するが。
「…正気を疑いたいのはこっちだ…」
 大きな溜息。言う事は尤もである。
「喧嘩が許されるのは十四五六の子供までだ」
 因みに董凱は今年十九になる。喧嘩などして良い歳ではない。
「全く…お前がそれじゃ旦毘に示しが付かん」
「んあ?旦毘がなんかやらかしたか?」
「お前の真似してアザを作りまくっている」
「へ?どこかぶつけて?」
「阿呆!お前の真似して悪ガキ集団に喧嘩ふっかけてんだ!!」
「へぇー」
 感心していると当然また怒鳴られる。
 一応、朋蔓の方が年下なのだが全くそうは見えない。
 旦毘とは朋蔓の兄の子供、つまり甥である。戦場で散った兄の忘れ形見だ。
 今年で四歳、悪い見本に倣って暴れ盛りである。
「…もういい。お前は旦毘の目の届かない所に居ろ。で、喧嘩の原因は何だ」
「え?だからな、ほら…なんだっけ」
「……おい」
 朋蔓の声がまた一段低くなる。董凱は慌てて記憶を掘り起こした。
「いや、悪いのは奴らなんだ!因縁ふっかけてきてさ!!」
「…乗ったのか」
「乗らなくてどうするんだよ!?」
「……」
 もういいと言わんばかりに朋蔓は他所を向いた。視線の先には旦毘が平和に昼寝をしている。
 本当ならこの子の父親が、総長の一番弟子であり、次に東軍を纏めてゆく存在だった。
 四年前――この子が産まれる直前の事だ――率いた伏兵部隊が敵に看破されていなければ。
 変わり果てた姿となって帰還した兄を前に、朋蔓は誓った。
 産まれてくる子供を、自らの手で育てると。
 引き替えに、周囲に勧められた次期総長という兄の座を断り、代わりに総長の二番弟子だった董凱を推奨した。
 己の能力を弁え、また董凱の才、人柄を信じての事だったが。
 少し朋蔓は後悔し始めている。
 元々持つ人徳を、この人は自ら放り投げているようにしか見えない。
「…なぁ」
 話し掛けられて、朋蔓は億劫そうに視線を戻した。
「お前の兄さんってさ、あの連中とも仲良くやってたんだろ?」
 似合わず真剣な口調で董凱は訊いた。
「…少なくとも、お前の様に下らん喧嘩は一切していないのは確かだ」
「そりゃ…そうだろうけどさ」
 あの連中とは今し方董凱が殴り合ってきた相手だ。
 副総長を支持する一派の若者で、次期総長が董凱になる事が面白くないらしく、何かにつけ難癖をつけて喧嘩となる。
 が、朋蔓の目から見れば董凱の方から突っ掛かっている事も少なくない。
 その一派をも纏め上げていた兄に比べれば…朋蔓はまた溜息が出る思いになる。
「それがどうした?少しは見習ってみる気があるのか?」
 念のため訊いた。そんな希望的観測は持ち合わせていないけれども。
「いんや。全然」
 全否定にも落胆する余地は無い。既に底はついている。
 説教しようと開きかけた口を閉じさせるべく、董凱は慌てて話題転換した。
「そう言えば最近敵さんが煩くねぇか?」
「…え?」
 逃げである事は明白だが、乗らざるを得ない話題を出されて、朋蔓は多少憮然とした。
 敵とは、この国を支配する天の軍の事に他ならない。
「まあ…確かに」
「この一年で偵察を五度は引っ捕らえた。多過ぎるだろう」
「近々攻めてくるやもな」
「ああ。奴らの尻尾、踏んでやらなきゃな」
 どういう意味かと朋蔓は董凱を見返す。
 彼は意味深に片頬で笑った。
 その頬が紫に腫れているのが、痛々しくもあり、間抜けた感も無くは無かったが。



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あきゅろす。
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