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RAPTORS 外伝
血の刻印-2-

 周囲の予想通り、そして周囲の期待を裏切り、刺青は一部彫られただけで止まってしまった。

 それも、痛みのあまり大暴れした揚句、取り押さえようとした家臣に噛み付き、物を投げて怪我をさせ、とにかく散々な有り様だった。

 男の子ならこのくらい良いだろ!?と、本人に反省の色は無い。


「やはり、最初から無茶だったのです!!姫を、皇太子にするなど…」
 披露まであと三日と迫った。
 民への告知は既に出回っている。変更は効かない。
 そんな日、困り果てた皇后は王に陳言していた。

「あの日以来、素行は粗野になるばかり。王族の品格など欠片も無い…。母には口も利きません」
「問題は、刺青か…」
 王は考える素振りを見せる。
「もう刺青だけの問題ではありません。王となる運命は、あの娘には重過ぎるのです」
「致し方ない。王家の血ではないのだから」
「陛下…!!」
 怒りと悲しみを孕んだ声。
「…済まない。…詫びに、私が直接、あの子と話をしよう」
 言って、王は立った。




 木の上にある姿は、どう見ても王家の子供ではない。
 農民の子の様に破れかぶれの服。汚れた肌は傷も多い。艶やかだった黒髪は、あちこちに跳び跳ねている。
 それでいて、顔は厳しい。子供離れした眼光を持っている。
「降りなさい」
 父である王は、頭上に居る娘にそう命じた。
 枝の上で、父親の姿を認め、微かに肩を震わせる。
 だが、動かない。
「…まるで本当に鷹のようだな」
 見下ろす眼光の鋭さに舌を巻く。
 東軍総長の血は伊達ではないと言う事か――
「そのままで良い。聞きなさい」
 動く気配の無さに諦めも込めて、王は言った。
「刺青がもう嫌だと言うのなら、別の方法を考えよう。そなたの様な幼子にあの仕打ちは酷かった。父は詫びるから、どうか許して欲しい。…ただ」
 あの痛みをもう味合わなくて良い事に、目の鋭さが和らいだ。
 それを感じ取りながら、王は続ける。
「そなたは王とならねばならん。その為には三日の後、民の前にそなたを皇太子だと告げねばならぬ。…解るか?王族に見あった振る舞いが必要になるのだぞ?」
 今度は手応えが無くなった。
 手元の葉っぱを引きちぎって遊んでいる。
――叱り付けたら、負けだ。
 この子は王族である事を恨み生きてゆく事になる――
「兄は、何と言うかな」
 ぴくり、と。
 視線が浮いた。
「そなたは兄の分まで生き、民の為に尽くさねばならん。それが兄の――峻鴛の願いだ」
 はらはらと、千切られた葉が落ちた。
 そして、鷹の眼光を潜めた娘も、降りてきた。
「…お言葉に従えばよいのでしょう?父上――」



 結局披露は墨を顔に付けて行われた。
 それでも両親は、一応満足していた。



 正式な刺青は彫られぬまま、月日は過ぎた。
 皇后は懇意にしている司祭の元に赴いた。
 どうしても、叶えたい願いがある。
 孤児院の役割をも果たす寺院で、司祭の歓迎を受ける。
 無邪気に遊び回る子供達の姿に微笑み、挨拶もそこそこに本題を切り出した。
「時に隼はどうしていますか?」
 五年前に自ら名を付けた子供。
 我が子と同じ、鳥の名。
 自由と和平の願いが込められた名。
「今は出ております。お呼び致しましょうか?」
 司祭が気を遣うが、皇后は静かに首を振った。
「元気になって何よりです。外出など出来なかったのに」
「…いえ、それが…」
 司祭は眉間に皺を寄せて声を潜める。
「毎日の様に、森の中に佇み、日中はずっとそこで塞ぎ込んでおります」
「…まぁ」
「そうでなければ、そこで密かに木刀を振るっておる様で…。元々性格に難しい所はありましたが、益々それが強くなり、手の付けようが無く…」
 皇后は少し何かを考える素振りを見せる。
 そして、微笑んだ。
「今日こちらに参ったのは、他でもありません。お願いがあるのです」
「は…、皇后様のお言い付けとあれば、何なりと」
 彼女は短く礼を言うと、司祭の言葉を覆した。
「しかし無理は言いません。…いえ、無理に叶えられては意味が無いのです」
「は…?」
「隼へのお願いなのですよ」
 皇后は日溜まりの様な笑みを浮かべた。






 その数ヵ月後、黒鷹と隼は出会った。主従として。
 異国の捨て子である隼の顔には刺青は無く、黒鷹には偽りの刺青が描かれたまま。


 邂逅は、二人の中の蟠りを溶かしていった――

 更にはこの国の運命をも左右するが、それはまだ先の話。



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あきゅろす。
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