RAPTORS 外伝 血の刻印-1- (本編第10章) 地に産まれた男児は、習わしとして顔に刺青を刻む。 その形は人それぞれで、個を識別する印にもなる。 何より、三国の中間として望まずとも戦の多いこの国の、連帯と誇りを示す為に。 地の民として、生き、戦う、証。 その刺青を巡る、二人の子供の話―― 密やかに、内密に行われた葬儀。 王家の、それも直系の者の葬儀が、これ程までに地味に開かれた事など、かつて無いだろう。 皇后は息子の小さな亡骸に、申し訳なく思った。 大人達の思惑。何より、国の為に。 天に気付かれてはならない、と。 正式な世継ぎが居なくなれば、必ず内部で騒動が起こる。 そこを狙われて戦を仕掛けられようものなら、一気にこの国は崩壊する。 だからこそ、彼の死は隠さねばならない。自国の民にさえ。 「――ははうえ」 幼い声に振り向く。 葬儀に伴う儀式を全て終え、ごく少数で遺骨を墓に葬った、その夜。 自室で物思いに沈む所に現れた、もう一人の子。 「鶫(つぐみ)ですか。どうしました?」 鶫と呼ばれたその子は、名前の通り小鳥の様な愛らしい女児だ。 今年で四歳。二年前に養子として迎え入れた。 亡くなった息子、峻鴛(しゅんえん)の仲の良い妹として育った。 だからこそ――可哀想で。 「あにうえが、居ないんです…」 胸を締め付けられる様な感覚に襲われながら、その子を抱き締め、頭を撫でる。 墓の下に埋められたものを見ても、それが兄だとは認められなかったのだろう。 泣きじゃくる娘を、無言で、精一杯抱き締めた―― しかし、運命は悲しみに暮れる事を許してはくれない。 鶫の存在は殆んど外部に隠されてきた。 それも全て、この時の為。 病で、早くに亡くなると診断されてきた皇太子への策略として。 そう、兄が亡くなる事を見越して連れて来られた子供なのだから。 「…鶫、お話があります」 喪が開けて早々、皇后である母に呼ばれた鶫。 素直に御前に座しているが、その表情には感情が殺げ落ちている。 幼児とは思えない、ただならぬ気配が漂っていた。 「あなたは王家の子です。王家の子は、国の為、民の為、生きていかなければなりません」 「――はい」 「あなたの兄が亡くなった事で、この国は大きな混乱を迎えるでしょう。…それを避けられるのは、あなただけです」 難しかったのだろう、見上げる顔が必死に考えている。 「…あなたは沢山の人を救わねばならないのですよ」 微笑して、しかし厳しさも含む声で、解りやすく言い直す。 「…どうやってですか?」 当惑し、訊く声。当然だろう。 しかし皇后は躊躇う。 あまりにも、酷で。 しかし、告げねばならない。 それが、王家の子となったこの子の使命なのだから。 「あなたは、鶫ではなくなります――」 首を傾げる。 「ははうえ、鶫は鶫でなくなれば、何なのですか?」 「兄の様に、皇太子になるのです」 「あにうえになるのですか?鶫が、あにうえに?」 皇后は、娘の肩を抱き、しっかりと正面を向けさせた。 言い聞かせる様に、一言一言、言葉を押し出す。 「いいですか?あなたの名前は、今日から黒鷹です。立派な皇太子となるように、そしてゆくゆくは立派な王となるように、育たなければなりませんよ?良いですね?」 じっ、と見つめる大きな目。 「鶫は男の子になるのですね?」 「ええ。しかしあなたの名前はもう鶫ではありません」 「あにうえの様に、男の子みたいに遊んでも良いのですか?」 「ええ、もう木登りも、打ち合いごっこも叱りません。…でも、兄は…」 一緒に遊んでいた兄は、もう居ないのだと。 言えなかった。 言う前に、弾かれた様に鶫が大声で泣き出した。 「やだあぁぁ!!そんなの嫌だよぉ!!鶫は鶫のままが良いよぉ…!!」 痛い。 焼ける様に、胸が痛い。 「甘えてはなりません!!」 母の、叱る声に、鶫は声を潜めた。 「それを嫌がったら、あなたは父と母の元に置けません。それでも良いのですか?」 それで良いと言われても。 仕方ないと、思った。 「…嫌です!!ははうえ、鶫を捨てないでください…!!」 優しく、これ以上無いくらい優しく、母は笑んだ。 「母だって、あなたから離れたくはありません。分かって、くれますね?」 頷く顔から、雫が溢れた。 それでも。 その後、鶫――黒鷹の顔からは、笑顔も涙も消えた。 幼子に自らの過酷な運命が納得など出来よう筈も無いと、皇后も分かっていた。 「刺青…?」 侍女から告げれた言葉に、黒鷹は目を丸くした。 「陛下からのお達しでございます。お顔に、刺青を入れるように、と」 「父上が…」 すべすべとした顔に触れる。 柔らかい頬は、白い。 意味なら何となく分かる。 “男の子”になるには、刺青をしなければならないと。 そして大人達にとってはそれが、黒鷹の存在を民へ示す日が近い事を示している。 「…父上が言い付けられるのなら、早くしよう」 「畏まりました。ご用意致します」 だが、黒鷹は知らない。 本来なら刺青は、産まれて数ヵ月も経たないうちに彫られる。 物心ついた後では、痛みに耐えられない故に―― [*前へ][次へ#] [戻る] |