RAPTORS 6 器の中に波打つ赤い液体。 それを焦点の定まらぬ目で見ながら、隼は荒い息と咳を繰り返していた。 日に日に、刻々と、空気は悪くなっている。 特に昨日辺りから、鉄と火薬の匂いが鼻をついて離れない。 「苦しそうだな」 緑葉が天幕に入ってきた。手には新しい器。 縷紅に頼まれて、隼の様子を見ている。 これで緑葉に見張りを付ける必要も無くなるし、何より隼一人では気も滅入るだろうという考えだ。 「…緑葉」 何とか落ち着かせた息で、言葉を発する。 「天は何をしようとしている…?」 いくら何でも、この急激な空気の悪化は異常だ。 そして、隼だけが気付いた火薬の匂い。 「俺にはよく分からない。見習いでしかなかったし」 血の入った器を受け取りながら、緑葉は応えた。 「ただ、新兵器の開発をしているとは聞いた事がある」 「新兵器って…一体…」 「判らない。かなり極秘に行われていたらしいから」 「そうか…」 溜息混じりに言って、隼は布団の掛かった膝の上に顔を埋めた。 目眩がして、物を見ている事すら厳しい。 「根に行けば良かったのに」 そんな様子を見ていると、あまり事情をよく知らない緑葉も、つい言ってしまう。 白く長い髪が揺れた。 「悪い、あんまり苦しそうだから…」 軽口を反省して詫びる。 「いや…こっちこそ済まない。付き合わせて」 額と目を手で覆いながら、顔を上げた隼が言った。 「らしくない」 詫び返された照れ隠しに緑葉が言い返せば。 「ああ…全くだ」 隼も微かな苦笑いを浮かべる。 「治る…のか?」 「運が良ければ少しは体が慣れるかもしれない。…でも多分、ダメだろうな」 ごろりと、仰向けに寝る。 「ダメって…」 「どうせなら刀握って死にてぇな…」 「死ぬ…のか…?」 「これが治る病に見えるか?」 思わず、今受け取った器に目を落とす。 戦場で見る流血なら多少は慣れている。だがこれは… 「怖くないのか…?」 「旦毘に言われたよ。死が目前にあるのは俺だけじゃねぇって。皆命懸けで戦ってるんだって…。お前だって一度は覚悟しただろう?」 縷紅と対峙した時、何よりも身に迫った“死”。 「俺は…怖かったよ。覚悟なんて本当は無かった。何も見えてなかったんだ、あの時は」 復讐だけに目を奪われていて。 「でもお前が助けてくれて…感謝、してる」 口ごもりながら言う。 聞いた隼は静かに笑った。 「違うな。全部姶良のお陰だ。俺はあの人に恥じる生き方はしたくない」 緑葉も、少し寂しい笑みを浮かべる。 「戦場では皆、生きたいから刀振るうんだ。誰も本当は死を直視出来ていないと思う」 「…そうかもな」 自分で栄魅に言った。“生きていたいから戦う”と。 その両方を奪われた今は―― 「やっぱり…怖いのかもしれない…」 「皆そうだよ。でもまだ決まった事じゃない」 「……」 「“生きるんだ”って思えよ。でないと、心から先に死んじまう」 隼は目を開いた。 微笑む緑葉が居る。 「姶良みたいだな、お前。やっぱ弟だ」 一緒に居るだけで安らげる。心強くなる。 そんな存在。 同じものを黒鷹にも見ていた。 「少しは借りも返さなきゃな?」 「貸したつもりは無ぇよ」 お互いに笑みを交わして、隼は目を閉じた。 久しぶりに、安心して眠れそうな気がする。 緑葉もそれを察して天幕を出ようとした。 ――だが。 地響き。 爆音。 「何だ…!?」 爆音は数度響き渡り、余韻を残しながら止んだ。 「っ……」 隼を見れば、手で押さえた口元から血が流れている。 「大丈夫か!?」 駆け寄って背中を擦る。このくらいしか出来ない。 「…“新兵器”か…」 「えっ?」 荒い息の中で、隼が囁いた。 「縷紅…」 白い布が、紅く染まってゆく。 [*前へ][次へ#] [戻る] |