RAPTORS 4 光爛の元に届いた報せとは、根から物資を運んでいた補給部隊が襲われたというものだった。 犯人はかなりの数の集団で、どうやら反総帥派の残党らしいとの事。 自国の不穏な動きを対処する為、光爛は軍からいくつかの部隊を根に戻した。 それと同時に、近いうちに攻め来るであろう天に居座る場所を与えない為に、全体の戦力のうち半数近くをかつて天が陣を敷いていた場所に移した。 黒鷹もそちらに移る事を望み、長く過ごしたこの本陣を後にする。 その前に鶸と揃って、慂兎に別れを告げようという事になった。 いつもの様に城跡の宿営地から慂兎を誘い出し、いつもの様に調度良い木の枝を見繕って。 いつもの様に、打ち合いが始まる。 「お前が一番強いって言うならさ」 鶸が枝を肩で担いで弄びながら言った。 「俺と慂兎、二人で掛かれば調度良いんじゃねぇ?」 「え?それって…」 不公平なんじゃ…と言わせては貰えなかった。 鶸はニヤリと慂兎に笑いかけると、ぱっと黒鷹に襲い掛かった。 慂兎は横から隙を突く。 「ちょ、待っ――!!」 黒鷹は叫びながらも何とか慂兎の攻撃を躱し、鶸の枝を枝で受け止める。 それを払うと息つく間も無く、慂兎の二撃を受け止め、横目に本気で楽しむ鶸の顔と振り下ろされる枝を確認し―― かつん、と。 枝は頭上で鳴った。 黒鷹はきょとんと鶸を見る。まだ慂兎の攻撃を払った訳ではない。 鶸も鶸で間抜けな表情を曝して、黒鷹の少し上を見ていた。 鶸の視線を追って、振り返ると。 「二対一じゃ面白くねぇだろ」 太陽の光が反射していて、眩しくて眼が開けられなかった。 眼を細めて、その声を聞いて。 やっと、片手に枝を持って鶸の攻撃を受け止めている隼が居ると、気付いた。 そのまま隼は手首で枝を回し、鶸の得物を捻らせ、彼の手から落とした。 「ああっ!!…狡い!!」 鶸は慌てて枝を拾う。 「狡いはこっちの台詞だよ!!酷いよ二対一って!!それも不意打ち!!」 黒鷹がまくし立てるが、鶸も言い分は有る様だ。 「お前は一番強いんだろうが!?それなら俺と慂兎で組むしか勝つ方法無ぇじゃん!!大体、隼とお前が組んだらそれこそ狡いっての!!何だよその最強コンビは!!俺ら手が出ねぇじゃん!!」 「お前にそこまで褒められるとは心外だな」 隼は半笑いで言う。本心からそう思っている。 「だけど病人相手に褒め過ぎだ鶸。今の俺はお前程じゃない」 「んな事無ぇよ。腐っても鯛だし弱っても隼。お前にゃ勝てる気がしない」 新しい諺まで作って誉めそやす鶸。 別に隼を持ち上げるつもりではない。鶸は嘘はつかないのだ。 「それにしても、自分で病人呼ばわりする割にはこんな所にしゃしゃり出てて良いんですかー?」 黒鷹が嫌味っぽく訊けば、隼は刀ならぬ枝を引いた。 「お前が二人にイジメられても良いなら帰る」 しれっと言われた一言。途端に黒鷹は顔色を変えた。 「うわっ…間に受けるなよ!?来てくれて嬉しいんだって!!ほらほら遊ぼうよぉ!!」 「じゃ隼は俺と組む、クロは慂兎とな!!それで開始っ!!」 てきぱきとチームは決められ、第二試合は始まった。 間も無く、それは黒鷹と鶸の喧嘩と化していったので、隼はさっさとその場を抜け出したのだが。 横に流れる小川の川べりに座ると、慂兎も並んで腰掛けた。 「悪いな、あんな餓鬼共に付き合わせて」 隼が慂兎に言ってやると、彼は笑いながら首を振った。 それから二人共口を利かずに、しばらく小川の流れに目を落としていた。 水の形は常に留まらず変化する。 しかし流れは不変で絶え間無い。 「あの、隼さん」 「ん?」 慂兎が怖ず怖ずと訊いてきた。 「こうやって皆と遊ぶの…今日が最後なんですよね?お母さんが言ってました、また戦が始まるからって」 隼は流れに目をやったまま、ああ、と低く答えた。 そして訊いた。 「嫌なのか?」 慂兎は項垂れる様にゆっくりと頷き、ぱっと顔を上げた。 「だけど仕方ないですよね?楽しい事に終わりが有るから、苦しい事にも終わりが来るんだって…」 「お袋さんが言ったか」 慂兎は深く頷いた。 苦しい事とは戦の事だろう。確かにいつかは終わる。今は見えなくとも。 隼は民がまだ希望を持って待っていてくれている事に、安心した。 未来は、確かに有る。 いつか誰かの元に必ず訪れる、あした。 「お前は軍に入りたいんだよな?」 慂兎に問えば、間髪入れずに彼は大きく頷いた。 「でも…お前の夢を壊す気は無いが、お前が大人になる頃には戦は無くなって、きっと軍も無くなってると思う。それが俺の夢だ。その為に今、戦ってる」 純真な子供の目が、くるりと丸くなる。 「僕は兵隊さんになれないの?」 隼は柔らかく笑って、首を振った。 「いや、なれる…と言うより、俺からの頼みだ。なって欲しい」 後ろへ、そっと視線を配る。 「兵隊は兵隊でも、近衛兵ってモノが有るんだ」 「このえへい?」 「ああ。王様を守る兵隊だ。それなら多分、戦が無くなっても残るだろう」 国が安定しないうちは、王の命を狙う輩も少なくは無いだろう。 「兵隊になって…アイツ…黒鷹を守ってやってくれ。俺の代わりに」 喧嘩状態だった二人はいい加減疲れたらしく、その場に座り込んでいた。 黒鷹が川辺の二人に気付き、手を振って立ち上がった。 のんびりと、近付いてくる。 「分かりました。僕、このえ兵になります」 慂兎の宣言に、隼は頷いた。 「頼んだぞ」 小川はさらさらと絶え間無く流れて。 いつか来る明日も、この光景が変わらない事を。 隼は祈っていた。 翌朝、鈴寧が隼の天幕を訪れた。いつもの様に。 扉を開ける。ここ最近、調子が良くなってからは、寝台から出て作業をしている事が多い。 それでも外の空気を吸わない様に、大人しく天幕内に収まってはいるのだ。 それが、今朝は。 「…崔欄!」 かつての隼の名前を呼んで、姉は急いで母親の元に向かった。 「母上!崔欄が!!」 「どうした…!?」 ただならぬ様子に光欄の顔色が変わる。 「天幕に居ないのです!」 はたと、光欄は考えて。 「…まさか」 これ以上無く険しい顔をしたかと思うと、側近に怒鳴る様に命じた。 「陣中を探させろ!あと、黒鷹に使者を出す!」 黒鷹は天が陣地にしていた小高い丘に移った。 既に根と地の兵達が陣を作っており、いつ天が攻めて来ても良いようになっている。 戦が始まればここは前線となる。 そこに王が居る事で味方の戦意を鼓舞するのだ。 鶸も付いて来た。そして。 「遅い」 着いて早々、黒鷹は絶句した。 隼がそこに居る。居てはならない人が。 切株に座って、刀の手入れをしている。 「…なんで」 「それはこっちの台詞だ。お前達より後に出たのに、何で俺のが先に着くんだよ」 それでもまだぽかんとしていると、光欄の使者が息せき切らせてやって来た。 書簡を受け取って開けば、震える字でこう書いてあった。 『隼はそちらに行った可能性が高い。後の事は頼む』 「…母上、お怒りだぞ?」 黒鷹は苦笑いで言った。 「知った事か」 素っ気なく言って、気にも留めない。 光欄も、連れ戻せと言わなくなった辺り、隼の事を解ってきたなぁと黒鷹は変な所で感心してまた苦笑する。 「ったく、ガキの頃のまんまだな。人目盗んで抜け出して来るなんて」 かつては城だっただけに、壁も堀も無い陣の脱出など朝飯前と言った所か。 「お前にガキ呼ばわりされたかない」 「別にそういう意味じゃねぇよ。…にしても、どうして来ちゃうかなぁ」 「俺を誰だと思ってんだ」 「いい加減大人しくいい子して寝てないといけない隼さん」 「…切れ味試して良いか?」 研いだ刀の刃をキラリと光らせる。 ひいー、と黒鷹はのけ反った。 「俺も側近に試し切りに使われるようになっちゃオシマイだな」 「解ってんじゃんよ。側近って」 隼は再び俯いて刀を研ぐ。 黒鷹は肩の前に垂れる白い髪を見詰めていた。 「…もう側近とか臣下とか…そういうモノだとは考えてないけどさ」 「俺は考えてる」 「任を解いたら…お前、戻る?」 隼は手を止める事も無ければ、黒鷹の顔を見もしなかった。 「俺は死ぬまで黒鷹の側近だ。お前が任を解こうがどうしようとな」 揺らぎも迷いも無い。 「…開き直っちまったな、お前」 「他にどうしろって言うんだ」 刀を持ち上げ、目元に持って来て研ぎ具合を見る。 「他に生き方知らねぇんだよ。どれだけ残り少なくとも、お前の側近じゃない俺は存在出来ない。一秒だって」 軽い音を発てて、研ぎ澄まされた刃は鞘に収められた。 「…好きにしろよ」 黒鷹は呆れこ込めた笑みを浮かべて言った。 ぱたぱたと、鶸が駆け寄る。 「おい!!帰って来たぞ!!」 黒鷹はまだ近いとは言えない距離の鶸に顔をしかめた。 「お前、どっか行ってたのか?」 ぶるんぶるんと走りながら鶸は首を振る。 「違う、俺じゃなくて…。旦毘だよ!!帰って来たぞ!!」 隼も立ち上がった。 「今何処に居る!?」 「ここに来てるよ!!あのへん!!」 言いながら鶸は親指で後ろを指差す。 黒鷹は駆けて行こうとして、思い留まった。 どうせ旦毘はこちらに向かっているのだ。無駄に駆ける事は無い。 自分が行けば、隼も動かす事になる。それは余計に空気を吸わせて、死期を早めるかも知れない。 黒鷹はその場で待った。 程無く、待ち侘びた顔が現れた。 旦毘は疲れた様子も無く、以前と全く変わっていない。 少し髪が伸びたのだろうか、結わえて垂らしていた髪を、頭の上で団子状にしている事が唯一の違いだった。 だが大きな違いが有るとすれば、共に居るべき人物が居ない事だろう。 「お帰り!長い間ご苦労様!」 黒鷹が笑顔で迎える。旦毘もからっと笑った。 「予想外に長旅になっちまったな」 隼に目を向ける。 「お、ちょっと見ねぇうちに復活した?」 「見せ掛けだけだ。…それよりも、お前が探してたヤツ、どうなった?」 黒鷹と鶸も、いくばくか緊張した面持ちに変えて旦毘の回答を待つ。 彼が探していた筈の縷紅が居ない。それがどういう事か。 「…縷紅は、居るべき所へ戻った」 ぽつりと、旦毘は言った。 感情を窺わせない口調で。 「どういう…事だ」 「元の鞘に戻ったんだよ。古巣へな。…緇宗の下がアイツの居場所なんだ」 三人とも絶句して、旦毘を見た。 何の悪い冗談か、信じられないと言う様に。 「…本当、なのか…!?」 「ああ」 「何で…!?どうして!?」 「真意は知らねぇが…だが目的は変わってない筈だ」 「目的?」 「敵無き世を作る、世界を変えるっていう、俺達の最終目的」 三人はそれぞれの感慨を抱いて黙り込む。 隼は皮肉な笑みを浮かべて言った。 「敵無き世の為に…てめぇが敵になったって事か」 何考えてんだよ、と毒づく。 再び重苦しい沈黙。 黒鷹がそっと言った。 「何か…理由が有るんだろ」 旦毘も頷く。 「俺には分からんが、アイツにはアイツの考えが有る筈だ。俺はそれを信じる事にした」 「うん、俺もそう思う」 鶸も同調する。 だが、隼は険しい表情を和らげない。 「考えだと…?奴は天秤に架けただけだ」 「何だよそれ」 黒鷹が訝しむ。 「どっちに付けば有利かって事だよ」 「……」 「天と地、どっちが勝つかなんて、奴には火を見るより明らかな事だろ」 鶸が肩を落として小さく言った。 「勝つ方を選んだってだけなのか」 隼は応えず、己の刀を睨んでいた。 「…なあ」 旦毘が一同に問う。 「この戦、勝つのはどっちだ?」 「え?」 虚を突かれた様に三人は旦毘を見上げた。 「俺達が勝つのか、あちらさんが勝つのか」 「それは…」 口ごもる黒鷹。目を逸らす隼。 鶸だけが明々と答えた。 「勝つのは俺達だよ!当たり前だろ!?」 旦毘は鶸に笑顔を向ける。 「本っ当に優良児だなぁお前さんは」 「えへへー」 「馬鹿にされてるって気付け鶸」 子供の様に褒められて心地好さそうに笑う鶸。隼の冷めたツッコミ。 「大体、今その口で“勝つ方選んだ”っつったろうが」 「勝てそうな方って事だよ。実際勝つのは俺達なの。正義は勝つ、ジャンケンポン!」 言葉に合わせて鶸はチョキを出す。 不意打ちに慌てた隼はパーしか出せず。 「ほらな?正義は勝つんだぜ?」 …一瞬、隼は得意げに笑う鶸をシメてやろうかと殺気立ったが止めておいた。 「でも俺達って正義なのかな?」 「…は?」 黒鷹のぼやきに鶸はア然とした。 「いや、そりゃあ俺達は民を守る為に戦しなきゃだけど。…天は…と言うより緇宗は、どうして戦するんだと思う?大義名分って言うか」 「何だよぅ…難しい言葉使うなよぅ…」 自信満々だった鶸もいくらか弱気になって腕を組む。 「…だって今まで戦してたし」 「今までの続き?ただ単に?」 「そりゃ始めた以上は終わらさないと…」 「その為に人も物も無駄遣いするのか?天だって戦はタダじゃ出来ないと思うぜ?」 黒鷹の追及に鶸はついに頭を掻きむしって降参した。 「だあぁもう!!俺に難しい事訊くなっ!!」 白旗を大仰に振られても、黒鷹は続けた。 「いいか鶸。天の王は変わったんだ。前の王ならともかく、今は緇宗だ。あの人は無駄に搾取する様な、頭の悪い人じゃないと俺は思う。だって縷紅の師匠なんだぜ?」 鶸はうーんと考え、素直にうんと頷いた。 「そんな人が王になって、戦を続けますって言ってんだ。王は民の為に動くモンだろ?じゃあ地を攻めるのも天の民の為にしなきゃいけないんだ。それは俺達と同じだろ?民の為にっていう、正義」 鶸はまだ飲み込めない様子でうーんと唸る。 「正義なんざ後付けだ、鶸。勝った方が何とでも言えるんだ」 隼が淡々と言った。 それでも鶸はまだ唸って、 「でも俺達は正しいだろ?間違ってないっつーか」 黒鷹は微笑した。 「ああ。間違ってなんか無い。俺達には俺達の正義がある」 「ん。なら良い」 鶸はやっとすっきりとした顔で言った。 「でも勝つかどうかは別問題だ」 隼が言い放つと、鶸はまた不安げな顔になった。 「勝てねぇの?俺達」 隼は答えず、旦毘に視線を向けた。 「…やれるだけの事をやるだけだ」 静かな口調で旦毘は言った。 でも、と続ける。 「勝てると…信じる事からだろ」 鶸は頷いた。満面の笑みで。 「それなら俺、自信ある!」 隼はちらと黒鷹の顔を窺い見た。 鶸とは対照的に、その表情は、沈んでいた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |