[携帯モード] [URL送信]

RAPTORS
10

 探す、と簡単に言っては見たが。
 現実は焼け跡に佇むより無かった。
 ここに居てはいけないのだ。ここで見付けては。
 だが、この焼け跡に居ないとしたら――
 皆目見当が付かない。
 とにかく焼け崩れた邸宅の残骸を足で蹴りながら探してみたが、それらしき物は無かった。
 安心はする。が、困り果てた。
「ったく、どこ行ったんだよ…」
 旦毘は庭だった場所に座り込み、天を仰いだ。
 朝焼けの色がまだ幕を引ききっていない。
 早朝だ。
 人気が無くて明るい時間は今だけだ。
 この限られた数時間に賭けて来てはみたのだが。
 来てみて気付いた。これは矛盾している。
 縷紅が――燃え盛るこの場所で別れた弟が、生きていると信じているのだ。
 だがここに来ては――死を認める様なものではないか。
 しかし旦毘には他に探せる場所が無い。
 他に思い当たる場所があるとすれば。
 空に向けていた視線を少し落とす。
 聳え立つ、王宮。
 あの中だ。それも恐らく、牢の様な場所。
 だがあの状況でどうやって逃げ出した、或は捕まったと言うのだろう。
 緇宗の姿は既に無かった。戻って来たとは考えにくい。
 また、縷紅が何らかの方法で脱出したなら、庭に居た自分達に気付かない筈が無い。
 一体何がどうなったのか。
 そもそもあの火災はどうして起こったのか。
 自然な出火とは思えない。
 ならば緇宗が仕組んだか、別の誰かが放火したか。
 分からない。とにかく縷紅を探す事だ。
 思い直して旦毘は立ち上がった。
 その刹那。
 旦毘は刀の柄に手をやった。
 気配を感じた――気がした。
 腰を落としたまま、辺りに視線を巡らせる。
 人影は無い。
 やはり気の所為かと、姿勢を崩そうとして。
 ふと、思い出した。
 この気配、この無いようで有る気配を、前にも感じた事がある――
 あれは、地で、縷紅が負傷した時。
「…久しぶりだな」
 旦毘は何処へともなく声を掛けた。
 その瞬間、明確な人の気配が現れた。
「俺の事覚えてるだろ?悪趣味な弓の使い手さん」
「そんな覚えられ方されてるのか。参ったな」
 背後で笑い声がした。
 さっと構えたまま振り向く。
 数歩も歩かない所に、男は立っていた。
「名前なんざ覚えてねぇからな」
 依然として旦毘は刀をいつでも抜ける体勢だ。
「名乗った覚えは無いが」
 対してその男は、知り合いと立ち話でもしているかの様な、力の抜けた立ち方をしている。
 隙だらけだが却って狙い難い。
「縷紅に聞いたんだよ。でも全ッ然覚えてねぇんだ、コレが」
「そんなに強調して言わなくともなぁ…」
 苦笑いして漸く名乗った。
「楜梛だ。以後よろしく」
「よろしくされる筋合いは無ぇがな」
「へぇ?良いのか?」
 意外な返しに旦毘は眉を潜める。
「何が」
「縷紅の居場所、知りたいんじゃないのか?」
 旦毘は眉を潜めたまま、しばらく固まった。
 そしてこれは考えても仕方ないと気付き、一言、
「知ってんのか?」
 問えば、楜梛は頷いた。
「知ってるも何も、アイツを助けて保護してんのは俺だ」
「…な…!?」
「案内してやる。断る理由は無いよな?」
 目も口も開けたまま、旦毘は何度も頷いた。
 満足そうに笑って、楜梛は踵を返す。
 何歩も行かないうちに立ち止まった。
「…何だ?」
 まだ何か言う事があるのかと、旦毘は訊く。
 しかし楜梛は旦毘に視線もくれず、瓦礫を足で退かし始めた。
「何やって…」
「いいから手伝えよ」
 訝しさを混じらせながら、敵軍の要職である男を睨む。
 しかし本意は分からず、仕方ないので同じ事を始めた。
 やがて、地面が現れた――否。
「扉…?」
 焦げてはいるが、それは床の一部分。そこに引き手が付いている。
 旦毘は知る由も無いが、燃える前この場所は納屋だった。緇宗が姿を消した場所だ。
「開けてみろ」
 楜梛が顎でしゃくって言う。
「ここに…居るのか?」
 問いに頷かれ、旦毘は屈んで引き手に手を伸ばした。
 蝶番が焦げた所為だろう、人が一人入れる程の大きさの扉は、やたらと重く感じた。
 灰が舞う。
「抜け穴って事か」
 焼け跡に開いた穴には、梯子の先に階段が黒々とした闇に吸い込まれていた。
 緇宗という男の地位を考えれば、自宅にこのくらいのからくりを備えていてもおかしくはない。
「本当にここに居るんだな?」
「ああ」
 それでも旦毘は動かない。
 代わりにじっと楜梛を睨んでいる。
「…ああ、先に行けって?」
「当然だろ」
 漸く楜梛が旦毘の視線の意味を汲んで苦笑いした。
「閉じ込めたりしねぇよ」
 笑いながら自ら梯子に足を掛ける。
 楜梛が梯子を下り終え、階段部分に降り立ったのを見届けてから、旦毘もそれに従った。
「蓋、閉めておけよ」
 足元で楜梛の声がする。
「何で」
「俺は闇に紛れて襲ったりしない。それより他の奴らにここが割れる方が厄介だ。だろ?」
「隠れてなきゃいけない状況だって事か」
 旦毘は扉の内側から伸びている紐を引っ張った。
 蝶番が嫌な音を発てて、蓋がされる。
 真っ暗になるかと思ったが、意外に薄ぼんやりとした明かりがある。
 階段の先に灯りがあるようだ。
 梯子を降り、楜梛に問うた。
「隠れなきゃならねぇって事は…アイツは無事じゃねぇんだな?」
 楜梛は階段を下り始める。旦毘も後を追った。
「昨日まで死ぬかと思っていたが…まぁ山は越えたよ」
「そんなに深手なのか!?…いや、炎に巻かれたのか!?」
「前者だ。焼かれる前に俺がここに放った」
「放ったのかよ」
 前を歩く楜梛には見えないが、旦毘は苦い顔をしている。
 一命を救って貰ったとは言え、ぞんざいな扱いが目に浮かぶ様だ。
 だが以前にも目にした様に、この男の医療技術は素人技ではない。
 この男が付いてなかったら――縷紅も今頃亡き者となっていただろう。
 感謝より、その意図が掴めない。
 敵なのに。
「俺が見た時も手負いだった様だが…そこまで深くは見えなかった。立ち上がれたし」
「緇宗は鞘で殴っただけだ。それで奴はここから抜け出したんだな」
「…じゃあ誰が」
「数日前まで将軍だった男さ。名は赤斗と言う」
「セキト…?」
「縷紅と同じ、禁忌の色を持つ者だよ。その所為か、人一倍妬み、憎しみ、縷紅を消す事に執着していた」
「そんな奴が居た様には見えなかったが…」
 階段を下り切った。
 そこは少し広い、部屋の様だ。
 正面にはまた昇り階段が見える。
 そして、部屋の奥に簡素な寝台があり、その上に。
「縷紅っ!!」
 旦毘が駆け寄った。
 反応は無い。瞼が閉じられている。
 弱々しいが、呼吸はしている。
「あまり脇で騒ぐなよ。一応、死の淵から生還したばかりだからな」
「…分かってるよ」
 上の空で返しながら、改めてその顔を見詰めた。
 左頬に刀傷。跡は残りそうだが、そう深くはない。
 下から斬り上げられた様だ。
 毛布から出ている腕には火傷が点々と見える。
 一瞬躊躇い、毛布をめくる。
 楜梛の処置であろう包帯が上半身の殆どを覆っている。
 それでも滲む血糊から傷の場所は分かった。
 左胸から肩にかけて。これは頬の傷と繋がっているのだろう。全体的に致命傷となる程、凶刃は深く入らなかった様だ。
 もう一箇所、右の脇。こちらは血の滲んでいる範囲が広い。
「出血が多くてな」
 後ろで楜梛が言った。
「そこ斬られた後に更に動いてるから余計に出たんだろう。正に血の気も無い状態だったが」
 確かに今も白い顔をしている。それでも。
「…生きたかったんだろうよ」
 旦毘は頷いた。
 あの時、待っていると言った。
 待っている人間を差し置いて、先に逝く様な薄情な奴ではない。
 何より――成すべき事は、まだまだ有る。
「まあ、刀傷もあり緇宗のお陰で骨もヒビいってる様だし、寝込んでくれるのは好都合だ」
 思わず旦毘は笑った。
「痛み押して動き回って悪化させる馬鹿だもんな。っとに、しばらく寝させてやらねぇと…」
 幼い頃、董凱に代わって縷紅を寝かしつけていた事を思い出し、少し懐かしい気分になった。
「…そうだ、コイツ斬った奴、何処に居たんだ?そもそも何故あの場に?」
 打ち切った話を思い出し、再び疑問にして問う。
「呼ばれたんだよ、俺もアイツも。この抜け穴のある部屋に居たんだがな、赤斗は火をつけに一度出て行った」
「火を?」
「奴の故郷は縷紅に焼かれたんだ、無論王の命令だったんだが。その報復なんだろう」
 へぇ、と旦毘は低く漏らす。
 縷紅が軍に居た時の顔を旦毘は知らない。
「で、そいつはこの抜け穴を通って逃げたのか?留めを差さずに?」
 楜梛は首を横に振る。
「奴は己の炎に焼かれる事を選んだ」
「…え?」
「縷紅と相打ちで重傷を負っていたが、俺が出てきた時まだ意識はあった。素直に助けを乞えば良かったものを、奴は放っとけの一点張りだった。仕方ないからそのままにして来た…」
 語る楜梛の顔には悲哀も悔いも無い。
 味方なのに――否、敵は助けているのだ。この男は。
「焼け死んだのか、結局そいつは」
「さあな、消息不明だよ」
 言って、溜息だけ零した。
「奴に、生きる気は無かった様だからな」
 運命の明暗を分ける境界線。
 縷紅と赤斗、二人の明暗はここではっきりと分かれた。
「なあ、一番肝心な質問」
 旦毘は寝台の前に置かれた椅子に反対から座って楜梛と向き合った。
 背もたれの上の顔を、ぐっと近付ける。
「何で縷紅を助けた?」
「…答えるべき事か?」
「敵だろ?俺は罠と疑わなきゃいけねぇ。コイツを死なせない為に」
「ま、正論だな」
 楜梛も座っている。
 座ったまま背もたれに頭を置き、石の天井を仰いだ。
「緇宗は俺が縷紅を救うと分かってて…いや、期待して俺をあの場へ呼んだ」
「緇宗が?」
 楜梛は頷く。
「自分で撒いた種は自分で刈る、その為さ。だが赤斗も煩い。それで、二人を利用した」
「利用って…王権を掠め取る為にか」
「赤斗は王の犬でな、近衛兵まがいの事もしていたが…まあ奴を放っておけば後々面倒だ」
「だから誘いを掛け、縷紅に斬らせた…」
 言葉の後を引き継ぎ、納得しかけた旦毘だが、大事な事ははぐらかされたままだ。
「緇宗はあんたに縷紅を助けろと命じた訳じゃないんだろ?結局、あんたには何か魂胆が有る筈だ」
「…無いと言っても信じて貰えそうに無いな…」
 真実を射抜こうとする旦毘の目の鋭さに、楜梛は苦笑いを零した。
「まさか、トモダチを殺すのが惜しかったとか言うつもりじゃねぇだろうな」
「事実そうだとしたら?」
 旦毘は言葉に詰まる。
 今は敵だからそんな馬鹿げた話は無い、とは言えなかった。
 かつて敵対していたのは、自分達の方だ。それでも縷紅が東軍に帰って来た時、無条件で受け入れた。
 敵、味方すら時に越えてしまう――そんな“馬鹿げた”話は、有る。
「…それなら、咎めようが無い」
 呟いて、顔を背けた。
 ちょっと何かに負けた感じがした。
 楜梛は笑って、それ以上は何も語らなかった。





[*前へ][次へ#]

10/15ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!