RAPTORS 6 天幕に着き、一行はその中に入った。 隼を寝台に下ろし、その周りを囲む。 「なぁ、変だと思わねぇか?地に入ってもう二日経つのに、全然目ぇ覚めねぇの…」 黒鷹が深刻な顔をして茘枝に言った。 「それどころか、喀血も続いているし、熱も下がらない。天に居た時より症状が悪化している気がするのだが…」 朋蔓が付け加えた。 「どういう事…?根の時はそんなに酷くなかったのに…」 茘枝も戸惑って言う。 それを聞いていた栄魅が口を開いた。 「それだけ天の空気が悪しき物だって事よ」 「軍事大国ですからね…天は…」 縷紅が呟く。 「それに、忘れたの?地の空気も決して清浄ではないのよ。今の彼は完全に清浄な空気じゃいと生きられない」 「…じゃあ、このままだと…」 「――命を落とすかもしれないわ」 「嘘だろ…」 愕然とする黒鷹の横で、鶸が椅子を蹴った。 「死ぬなんて言ってんじゃねえよ!!こんな事で死ぬ程コイツは弱かねぇ!簡単にそんな事言うな!」 「私だって――!!」 「落ち着け、鶸。栄魅は事実を教えてくれたんだ」 横から黒鷹が鶸の服を掴んで押さえた。 「…事実だと…!?」 「ああ。現実逃避しても仕方ないだろ。…隼は、助けなきゃいけない」 「そりゃ、そうだけど…」 「私だって…助けたいの、彼を。悔しいのよ…こんな事態になるのを止められなくて。だから…」 栄魅が言いかけた心情を吐露すると、黒鷹も頷く。 「俺も同じだ。こうなったのは俺に責任がある。だから、何とかしないと」 「でも、どうするんだよ!?清浄な空気なんざ、今どの国にも無いだろ!?」 「栄魅…心当たり無いか?今でも空気がきれいな所」 「…そんな事言っても…私も長く根を離れているから現状を知らないし…」 「どこかある筈だ…。でないと、隼が…」 言って、はっと黒鷹は気付いた。 「根の王宮…!あそこなら…!」 「そうよ!!」 栄魅も黒鷹の言葉に手を叩いた。 「根の王宮の敷地内に、光及(こうきゅう)の森というのがあるわ。そこは空気の源泉と聞いた事がある…王宮の空気が清浄なのはその為よ。そこに行けば…!」 「空気の源泉か…!さっすが栄魅!」 黒鷹と鶸は、大喜びで互いに手を叩いた。 感心して朋蔓は問う。 「やけに根の事に詳しいな。増してや、王宮の内部の事まで」 栄魅は得意そうに微笑んで答える。 「だって、私の家ですもの!」 「そりゃそーだ、栄魅は本当なら根のお姫様だもんな」 安泰な雰囲気に包まれる中、栄魅はふと重要な事に気付いた。 「…ただ…」 「え?何?」 「その森は王宮の裏庭みたいな物で、王宮の中を通らないと行けないんだけど…。隼とあの女はケンカしたって聞いたわ」 「…ケンカどころじゃねぇよ…」 苦々しい顔に戻った黒鷹。 「へぇ?根に行ったんだ?」 旦毘は興味津々といった顔で訊いてきた。 そこで黒鷹は、栄魅が根を追放された理由と、同盟を結ぶ為隼と二人で根に行った話をした。 「…複雑やねぇ…」 以上、説明を聞いた旦毘の感想。 「なら、どうするのだ?」 朋蔓が訊いた。 「行くっきゃねぇだろ。それしか隼の助かる道が無いなら。…自分の子供が死にそうだってのに、わざわざ邪魔する馬鹿はいねぇだろ」 黒鷹は確信を持って言い切った。 「ならば我々も手を貸そう。旦毘を連れて行くといい。私はこちらを守ろう」 「俺の半身だもんな。任せときな」 「私も行かせて頂けませんか」 旦毘に次いで名乗りを上げたのは縷紅。 「いいけど…怪我は大丈夫なのか?」 「ええ。隼にはいろいろ迷惑をかけてますからね、せめてこのくらいお役に立てればと思いまして」 「いやー、迷惑かけてんのは隼の方だと思うんだけどなー。ま、来てくれるなら心強いや」 この台詞も本人が聞いていたら、激怒する事間違いなし。 「私も行くわ。王宮の中に詳しい人間が必要でしょ?」 縷紅が承諾された事を受けて、栄魅も手を挙げた。 しかし、黒鷹の態度は曖昧だ。 「…そうだけど…。復讐するのか?光爛に」 「そのつもりよ。願っても無い機会じゃない?」 「待ってくれないか?せめて隼と光爛がもう一度ちゃんと話すまで。今はあんなだけど、血の繋がった肉親だ。俺は二人の仲を取り戻したい」 黒鷹の願いは、溜め息に掻き消された。 「この件であなたの指図は受けないわ。それに、無理だと思う。最近まで赤の他人で、今は敵。甘いのよ、黒鷹。光爛は体温を持った人間じゃないわ。隼だって、あの女の子供だし――」 「隼は冷たい奴じゃない」 栄魅の言葉を遮って、黒鷹はきっぱりと言った。 「俺はずっとコイツの横に居るんだ。自分で言ってる程、本当は冷血じゃないんだよ。…だから、光爛も、多分」 「でも私の親を殺したのよ!?黙って見過ごせないわ!」 「…俺は、復讐は認めない。俺だって、この戦が父上の復讐になるかもしれない。でも、俺はそんな事の為に戦っているんじゃない。――今生きている、民のみんなの為に戦いたいんだ」 「…悔しくないの?憎くないの…殺した相手が…」 彼は首をゆっくり横に振った。 「憎い。殺したい気持ちは分かる。でも、今すべき事はそれじゃねぇんだよ。復讐して誰かを殺したって、誰も救われはしない。…自分も」 「…」 「――隼にもこう言って説得すれば良かったのかなぁ…。そしたら今頃こんな…」 しかし、それでも変わらなかったとも思う。 隼が自分の意見を素直に聞いてはくれない事は重々分かっている。それに憎しみも人並みではない。 それは、黒鷹が一番よく知っている。 「…分かった。一応、隼と一緒に仇は討つ」 黒鷹は「ありがとう」を言う代わりに頷いた。 「じゃ、根強行軍は旦毘と縷紅と栄魅と俺で決まりな」 「ちょぉっと待ったぁぁぁ!!」 出し抜けにハモッた二人の声。 黒鷹は旧知の二人の顔をしばし見て、 「ちょ・っ・と、はい待ったよ〜。行こー!」 子供がよくやるテを使って、すたすたと歩き始めた。 「阿呆か!!お前が行くなら{俺・私}も連れて行け!!」 二本の左手が黒鷹の両肩をがっしと掴む。 凄まじい力で捕らえられて、仕方なく黒鷹は振り向く。 「そんな大人数だと隠密行動できねーじゃん。こっちの守りだって手薄になるし」 「だからアンタは行かなくていいでしょ」 「て言うか、行くな」 「でもさぁ」 一度言葉を切って、理由を探す。 「隼が目ェ覚めた時に俺が居なかったら悲しむだろぉ?」 「…その台詞本人に言ったらなんて言うでしょうね」 茘枝、脅迫の笑み。 「ま、いいじゃん。王サマは俺らが守るからさ」 旦毘が軽く言う。 「やだぁぁ!!俺これじゃあ完全にお留守番キャラじゃん!!」 鶸の駄々が復活。 「そうでもねぇよ、鶸」 「え?」 鶸の目に希望の光が宿る。 「北帰島だ。羅沙達を呼んで来い。俺が帰ったら戦だ」 「――そうか、北帰島な。分かった」 意外と素直に鶸が頷く。そこまでお留守番が嫌らしい。 そして、もう一方は。 「茘枝には最後に天に行ってほしい。向こうが動き出したらすぐに地に知らせられるように」 「…そこまでして根に行きたいわけ?」 黒鷹は当然と言わんばかりに首をタテに振った。 「…いいわ。好きにしなさい。地はちゃんと守るから」 「ありがとう」 茘枝に微笑んで、周囲に告げた。 「明日出発しよう。今日はゆっくり休んでくれ」 「俺らは床でな」 鶸が付け加えた言葉に、黒鷹は苦々しく笑った。 [*前へ][次へ#] [戻る] |