RAPTORS 8 草原に闇と細い月明かりが下りている。 夜――草の中で眠る栄魅を横に、隼は番をしていた。 細く降りる月明かりに、過去の記憶を重ね合わせながら。 あの夜――彼女を救う事は愚か、己の身を守る事さえ出来なかったあの夜でさえ、過去と思えば一夜の夢と変わりない。 何度もあれは夢だったと己に言い聞かせてきた。でも、忘れられない。 怒りが、虚しさが、込み上げて。 それは憎しみという、自分でもどうしようも出来ない大きな負の感情となった。 ――俺は彼女の為…否、自分のこの憎しみを少しでも消したい、和らげたいが為に、皆を使って戦を仕掛けたんだ。 知らず、自嘲して。 ――最悪だな。 己が欲得の為、権力を奪い、民を使い、戦をする。 蛙の子は蛙という事だ。あの母親と同じ事を、俺はしていた―― 溜息。憔悴し切った眼を、遠くに投げる。 「クロ…逃げろ…」 天の軍勢からだけではない。 無意識に己の復讐に利用しようとする、隼自身から。 出来るだけ遠くに行って欲しい、と。 彼は立ち上がった。 何か異質の気配を感じて。 足元で眠っている栄魅を軽く蹴る。 「何すんの…」 乱暴な起こされ方に当然、不機嫌な栄魅。 「いつまでも寝てんじゃねぇよ。待ち人がおいでになった」 「敵?でもどこに…」 やがて気配は微かな音となった。 「――騎馬隊か」 低く、隼は言った。 「隼…剣は?」 武器など何も持っていないように見える。 「ここにある」 右手を差し出す。 「…無いじゃん」 装飾のなされた黒いグローブを付けてはいるが、武器には思えない。 と、突然栄魅の目の前にあった草の先が切れた。 「――鋼糸だ。“霧雨”という」 「いつの間にそんなものを…」 「出立前に黒鷹がくれた。王家の宝らしい」 顔色一つ変えず、淡々と喋る。 「宝…て、いいの!?そんな易々と貰ったりして」 「宝以前に武器だからな」 「…ああ、そう」 彼らにとっては、宝としての価値など一文も無いらしい。 草原の彼方に、黒い塊が見えた。 暗く細く長い一本道をどれだけ走ったか。 ようやく終点が見えた。 「あと少しだ鶸!あの階段を昇れば地上に出られる!」 「俺もぉ限界ぃぃ〜…」 「じゃ、ここで待っておくか?」 「冗談じゃねぇ!…でも上はもう終わってないか?」 「確かにミョーに静かだ」 「終わってたら走り損じゃんよ!どーしてくれるんだお前!」 「俺に言われても困るって…。とにかく行かなきゃ分かんねぇだろ」 薄暗い階段を昇り、扉を押し上げた。 刀を抜いて勢い良く飛び出す。 ――しかし、人の気配は全く無い。 「うぁ〜!やっぱり走り損だった〜!!」 悔し紛れの悲鳴をあげる鶸をよそに、黒鷹は二、三歩んで止まった。 屍――と言うより肉片に近い。 天の兵のものだ。 黒鷹は顔をしかめつつ、それを見渡した。 肉片となっているのはその付近だけで、あとは切り傷のある死体だ。 「この辺でだいぶ余裕の無い戦い方してやがる…」 嫌な予感。 「――隼は?」 当の隼の姿は無い。 …何かあったのか。ここで。 そう考えてかぶりを振った。 「探してみよう」 言った時だった。 足音に気付いて、二人は身構えつつ振り返る。 構えた刀は、やがて下ろされた。 近付いて来たのは二人。 一人は彼らの見知った顔。 「…栄魅?」 足を引きずっている。 黒鷹が駆け寄った。 「大丈夫か!?どうしてここに…」 右足に鋭い傷がある。そのせいか、表情は固い。 「隼が…」 言いかけて彼女は、止められず泣き崩れた。 「おい!?どうしたんだよ!?」 一方、鶸はもう一人の人物に目を向けた。 「アンタは?」 その男は一礼して名乗る。 「私は東軍の朋蔓という者です。縷紅の代わりに助太刀に参りました」 「縷紅!?アイツ今何やってんだ!?ここを出てもう二週間も帰ってない…」 「実は――天の間者に襲撃されて…」 「ええっ!?」 黒鷹と鶸の驚愕の声が重なる。 「と、とにかく地下で話そう。隼の事が先だ」 狼狽しながらも、黒鷹はそう言って立ち上がった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |