RAPTORS 6 翌朝、生き残った民に会う為に三人は出向いた。 小一時間ほど歩いただろうか、高い柵が見えてきた。更に近付くと、柵に囲まれた中には、箱のような、質素な家が並んでいる。 「どうやって中へ?」 黒鷹は司祭に訊いた。 出入口には、鍵がかかっている。 「中には入れないのですよ」 司祭の言葉に、隼が付け足す。 「今はこの柵ごしに話をするのがやっと。常に彼らには見張りが居る。このままじゃ自由になれないんだ…」 黒鷹は難しい顔で俯き、昨夜の隼の言葉を反芻した。 「…反乱を、やれと?」 「いや、違う。革命だ」 「革命…」 「彼らの…俺達の自由の為に」 隼は、真っ直ぐ黒鷹の目を捕らえて言った。 「彼らの中にも戦いたいと言う者も居るんだ。鍵を開けても隠れて生活するんじゃ意味無いだろ?」 「自由…か」 黒鷹は再び柵の中を見た。 人の気配はあるが、見当たらない。 家の中で、息を殺して暮らしている。 「牢だな…これ…」 数日前までの自分と同じ状況。 だから、彼らの気持ちはよく解る。 息をするのもままならなかった五年間。 外の世界を――自由を、夢見ながら。 いつか殺されるのを知っていながら。 「行きましょう。見つかってしまう」 司祭の声で我に返る。 一行はその場を後にした。 「隼」 帰り道、呟くように黒鷹は言った。 「俺、やってはみるけどさ…」 「やって…くれるか?」 「失敗前提だよな、これって」 賭けだ。 少ない確率で自由を得るか、失敗して全員殺されるか。 だが目の前で殺されていくのを、見過ごす訳にはいかない。 「ま、誰も現状維持を望んじゃいないさ。戦って皆で逝くなら怖くないし?」 「そんなもんか?」 「王も居る事だし、あの世で国でも作ればいいんじゃないか?」 「はぁ!?」 隼は笑った。黒鷹は不服そうにそんな隼を見る。 「責任を人に押し付けておいて、そんな事言うかぁ!?」 「期待してるぜ、黒鷹サマ」 「……」 笑う隼に、黒鷹は言葉を失っていた。 途中で司祭と別れ、その足で城跡地の基地に戻る。 荒れ果てた空地。二人は足を止めた。 「…ここに城があった…」 隼がぽつりと言った。 「……ああ」 黒鷹も、感情の無い声で応えた。 自分が育ち、隼と出会い、鶸と遊び、闘い、そして父が殺された場所―― 今は乾いた風が吹きすさぶだけだ。 それとも、あの日々は、夢でしかなかったのだろうか。 「ここに基地が?」 見た所、建物は何も無いが。 「こっちだ」 隼が案内した場所の足元に、雑草に紛れて取っ手のような物がある。 それを引くと、地面が口を開いた。 「…地下道か」 「ああ」 中に入り、戸を閉じると、辺り一面闇となった。 視界を奪われ戸惑っていると、何かが腕に触れた。 隼の手だ。 腕を掴まれて、歩きだした。 「足元、気をつけろよ」 「気をつけろって言ったって見えねぇし…」 隼は夜目がよく効いた。 黒鷹の腕を引き、どんどん奥に入る。 「なんか、恋人みたいだな」 「…せめて兄弟にしてくれ」 隼はこの上なく苦い顔をして言った。 「それにしても、お前ら五年もモグラ生活してたワケ?」 「俺は落ち着く」 「…成程」 やがて、ぼんやりとした明かりが見えた。 「着いた」 そう言って角を曲がろうとした時。 「誰だ!?」 鋭い隼の声に、黒鷹ははっと視線を巡らした。 蝋燭の明かりの中に、人影が現れる。 隼が刀を抜き放つ。灯に反射して鈍く光る。 その光で、やっと姿が見えた。 正確には、影の中に沈んでいた、その見覚えのあり過ぎる色が。 「…縷紅…!?」 黒鷹が驚きを隠せない声でその名を呼んだ。 赤毛で長髪の、涼しい顔をした青年。間違いなく縷紅その人だった。 「知り合いか?」 どこかで聞いた名前だと思いつつ、隼は安心して刀を納めようとしていた。 だが、代わりに黒鷹が刀を抜く。 「やっぱり残党を片付ける気だったんだな…!?」 黒鷹は縷紅にじりじりと近寄る。 縷紅は言葉も表情も無く、黒鷹を見ている。 「私が連れて来たのよ」 黒鷹、隼の背後から、女の声がした。 「彼はもう将軍じゃない――天の人でもない」 「茘枝…!」 「私達の味方よ」 闇の中から姿を現した茘枝は、黒鷹に微笑した。 「お帰り、黒ちゃん」 「相変わらず“ちゃん付け”ですか…」 「黒くんは言いにくいじゃない。やっぱ黒ちゃんは黒ちゃんよね」 「そんな問題じゃなくって…」 茘枝は隼の方を向いた。 隼は“訳わからない”という顔をしている。 「あー、こちら縷紅。こっち隼。はい握手」 「なんでやねん」 隼はさりげなくツッコミを入れるが、茘枝の強制的な笑みによって二人は手を取る事になった。 「………」 その間、無言でお互い探り合っている。 端から見れば、ガラの悪い事この上ない。 「ちょっと、よろしくぐらい言ったらどうよ?」 「よろしく」 棒読み。 「ああ、悪いね縷紅、隼ってこう見えて人見知りだから…」 「黙っとけ」 「ひでぇ」 黒鷹は大仰に首を竦め、今度は縷紅に向いた。 「さっきは悪かったな。お前の事疑った」 「いえ、その位は覚悟していました」 笑顔で応えた縷紅の前で、隼はますますムッとしている。 「…何かあったか?」 腹にどんな計画があろうと、この場にいるのは不自然な人物だ。 「いえ、お話するような事は、何も」 「うそつけ」 見兼ねた茘枝が口を挟んだ。 「アンタ逃がしたから捕まったのよ。そのくらい分かりなさい」 「悪かったな鈍感で」 「もうすぐアンタの身代わりになるところを、私が助けてあげた訳よ。ね、縷紅?」 「…はい」 「お宅ら、どういう関係?」 仲良さげな二人に、隼は冷めた視線を送る。 「ところで黒ちゃん」 隼の言葉をさらりと無視し、茘枝が言った。 「鶸に会いたくない?」 「えっ?」 黒鷹と隼の声が重なる。 「鶸って…その、鳥じゃなくて?」 「アンタの従兄弟は鳥か」 「……まじ?」 「まじ。お姉さんが黒ちゃんの帰還祝いにちょちょっと捜したら見つかったの」 「それはウソだろ」 「ま、半分くらい。会いたい?」 「会いたくねぇけどブン殴りたい!」 「よし、それなら会いに行きましょ」 「おう!」 元気よく歩き出した黒鷹と茘枝。 隼はそれを見送った。 「……おい」 隼とて見送るつもりは無かったのだが。 「どういうつもりだ?」 背にあてられた鋭い刃。 「あなたこそ――隼さん。」 「分かんねぇな、何が言いたい?」 縷紅は硬い声で言った。 「あなたは本当に地の国の人ですか?」 闇の中に、静かに響く。 「…俺がいつ、この国の出身だと言った?」 「やはり、違いますね。あなたは根の国の人でしょう?私も文書でしか読んだ事がないが、特徴が全て当て嵌まる」 「へぇ?何て書いてあった?」 「根の国の者は、日に当たらぬ故に肌、そして頭髪の色が抜けている。瞳は緑色が多く、闇での生活が多い為に夜目が効く。そして、気性は好戦的で、短気かつ疑い深い。他民族を全く信用しない――と」 「酷い言われようだな」 「何年か前、根の国が地の国を侵略する計画を聞いた事があります。また、両国はその歴史故、憎み合っているとも」 縷紅からは見えないが、隼は口の端を吊り上げた。 「じゃあ、天の国の将軍さんよ、俺が根の者だとして、何故地に居るのか、アンタの推測は?それと、俺に剣を向ける理由は何だ?」 「…根の人間は信用出来ない。その容姿以上に、冷血らしいから」 「俺は天の奴らが信用出来ないな。私欲に取り付かれて和平を崩し、他民族を人と思わない、最低な奴らだ」 「今はそうです。しかし――」 「アンタは天の名を捨てたんだろ?少なくともそのつもりなんだろ?」 「…そうです」 「俺は地の民だ。この姿以外はな」 「…血は根のものなんでしょう?」 「お互い地の国を――王子を滅ぼす間者と思っているが…。これじゃ埒が開かない。腹の探り合いは付き合っていく上でしようぜ。今は二人を追うのが先だ」 「…良いでしょう。抜け駆けは無しですよ」 「しねぇよ、んな事」 縷紅は剣を納め、隼を警戒しながら歩き出した。 「どっちが早く本性出すか、だな」 お互いに笑みを浮かべる。不敵――そんな笑い方だった。 「ところで隼さん、“鶸”とはどんな素性の方で?」 「王子の従兄弟だ。五年前から行方が分からなかったが…」 「王家の血を引く方ですか」 「ああ。もう一人滅ぼすべき相手だな?」 隼は悪戯な笑みを浮かべ、縷紅は苦笑した。 「…あの、ホントに私は違いますから…」 「分っかんねぇぞ?根の者は他民族信じないんだろ?」 「文書にはそう記されていました」 「文書のせいかよ」 明かりが見えた。 焼け跡で、茘枝そして黒鷹が二人を待っていた。 「何してたんだ?」 無邪気に質問する黒鷹に、隼は耳打ちでもするように身を屈めて囁いた。 「お前は誰でも気を許し過ぎたら駄目だ」 「へ?」 「敵国の人間なんざ信用してんじゃねぇって話だよ。いつ寝首かかれるか分からねぇぞ」 黒鷹は目をくりくりさせて、周囲にも聞こえる声で反論した。 「縷紅は大丈夫だよ!寝首かいたりなんかしないって!」 茘枝、そして縷紅本人の視線が隼に集まる。 彼は舌打ちせんばかりに苦い顔で、周りの視線を避けていた。 「それを抜け駆けと言いませんか、隼さん?」 にこやかに問う縷紅を、殴ろうかと一瞬考えたがやめた。 「抜け駆けって何?」 「お前は知らなくて良い事だ」 きょとんと問うてくる黒鷹に言い捨てて、隼は縷紅を睨んだ。 「俺は側近として王子に、他人を信用し過ぎると命取りになると教えて差し上げただけだ」 「ああ、貴方は王子の従僕なのでしたか。そうは見えませんでした」 「あ?どういう意味だそれ」 「言葉遣いがなってないからでしょ?」 茘枝が口を挟むが、隼は呆れた目で彼女を見遣る。 「お前もだろ、それ」 確かに彼女も黒鷹に礼節を持って接する立場なのだが。 そんな事はとっくに忘れられている。 ふと、隼に縷紅が近寄り、低く告げた。 「そうなると…寝首をかくのは、貴方の方が簡単じゃないでしょうか?」 「貴様っ…!!」 胸倉を掴もうとした手は、横から黒鷹に止められた。 「まぁまぁ、喧嘩するより歩こうか?な、二人とも」 隼は黒鷹に掴まれた腕を振りほどくと、その手で黒鷹の頭をはたいた。 「っで!!何すんだよ!?」 「そこに頭があったからだ」 「はぁ!?何だよその理由!?」 黒鷹が仕返そうと拳を振りながら隼を追い、隼は面倒臭いがまんざらでもなさそうに逃げる。 ほのぼのとした子供の追いかけっこを眺める茘枝と縷紅。 「仲が良いでしょ?あの二人」 縷紅の口元には苦笑いが浮かんでいる。 疑う相手は思いがけず子供だ。 「ええ…本当に…王子が彼を信頼しているのはよく分かります…」 「貴方も信じてやってくれる?」 見開いた目で茘枝の澄んだ瞳を見る。 隼への不信感を、彼女は全て見通しているようだ。 「態度はあんなだけどね、悪い子じゃないのよ」 「子…ですか」 笑いを禁じ得ない。本人が聞いたら何と言うか。 「子供でしょ?だってあんな」 茘枝が指差した先で、叩き合いの喧嘩が勃発している。 主従と言えど手加減は無い。が、どことなく二人とも楽しそうだ。 「では今は貴女に免じて、彼を信じる事にしましょう」 縷紅はそう言ったものの、まだ引っ掛かりが多く残っていた。 それは、自分に向けられた冷たい翡翠の瞳と相俟って。 日だまりの中の、あの姿を見ても尚、氷のような疑惑として胸に留まった。 [*前へ] [戻る] |