RAPTORS 7 それから数時間経った。 しんとした、真夜中。 扉の前に、何者かが立った。 背が高く、細身。薄茶の髪を結っている。 透錐だ。 扉が開き、影が入る。 闇の中を一歩一歩、音を立てる事無く歩く。 向かう先は寝台。 その手には、白く鈍い光を握っている。 寝台にはかつて試合もした少年――既に青年と言える程に成長した縷紅が、死んだように眠っている。 この子供の運命は、自分の掌中にある筈だった。 それが指の間から滑り落ちようとしている。 完全に落ちてしまう前に。 透錐は眠っている縷紅の首の上に抜き身の短剣を構えた。 一呼吸置いて。 ざくりと、肉が切れる感触。 だが、予想された感触とは違う。 その時、布団が頭から覆い被さった。 縷紅は寝台を飛び降り、扉へ走る。 右の頬がぱっくり割れ、血が溢れている。 透錐は布団と共に短剣を投げ捨て、長剣を抜く。 縷紅は闇の中を走った。武器は一つも持っていない。逃げねばならなかった。 だが、今の自分には殆ど体力は残ってない事を知っている。 足元が危うくなる前に、扉の一つを蹴破った。 素早く体を扉の中へ滑り込ませる。 閉じた扉に背を預け、息を潜めた。が―― 横のガラス窓が、派手な音を立てて割れた。 そこから黒い影が入ってくる。 縷紅は扉を開け、駆け出そうとした時、ふっと全身の力が抜けた。 倒れるのと同時に、肩から背に刃が走った。 体が床に吸い付けられる感覚も、既に遠い。 透錐が止めを差さんと、剣を振り上げた。 ごす、と肉に刃を立てる音。 だが相手が違う。 縷紅は誰かの手に仰向けにされている。 「大丈夫か――しっかりしろ」 朋蔓の声が降ってきた。 透錐を刺したのは――気配で分かる。 これ以上ない怒気を空気中にばらまいている人物。 「董凱…」 呟いた言葉は、もはや声にならなかった。 「殺さないで…」 自分と同じく倒れている透錐を、今にも斬ろうとしている董凱に言う。 数秒、膠着状態になった。 やがて、怒りを押し殺した声で董凱が言った。 「朋蔓…こいつを縛っておけ」 透錐は腹部を刺されたのだろう、喘ぐ声が聞こえた。 朋蔓が立ち、気配が薄らぐのに代わり、董凱が縷紅の頭を膝に乗せた。 馴染のある手が触れる。それが徐々に消えていく。 「おい縷紅…死ぬな…死ぬんじゃねぇぞ!」 妙にうろたえ、切羽詰った董凱の声。 ―-そんな無茶言わないで下さい。 そう思ったところで縷紅の意識は消えた。 「おい…おい!?」 全く反応が無くなり、董凱は手に力を込める。 朋蔓が透錐を縛り終えて立ち上がり、縷紅の手首を持った。 「…大丈夫、まだ脈はある。眠っているだけだ」 「本当か?」 この人のこんな表情は二度と拝めないだろうと、朋蔓は小さく笑った。 そんな縋るような目も、次の瞬間には掻き消えて、冷静な判断を下す。 「医者を二人連れて来い…早く!!」 朋蔓は浅く頷き、その場を走り去った。 [*前へ] [戻る] |