RAPTORS 8 三日後、黒鷹達は城跡に着いた。 かつて地下通路だった基地は、人で溢れた。 ここで待ち受けていたのは、阿鹿と鶸の盗賊仲間だけで、茘枝は天へ情報収集へ行ったらしい。 民の、疲労の色は濃い。 「ご無事で何よりです、黒鷹様」 早速、阿鹿が寄って来た。 「うん…俺はね」 「誰か怪我人が?」 「…司祭が亡くなったよ。殺された」 「なんと…」 思わず黒鷹の後ろに控えていた隼を見遣る。 その表情はいつも通り冷えている。 「民を開放なさったのですね」 「ああ。素通り出来なくて」 「天がすぐにでも攻めてきましょう。早々に対策を…」 「それは分かってるけどさ」 黒鷹はあたりをぐるりと見回し、阿鹿で目を止めた。 「皆疲れ切ってる。…今すぐとはいかない」 「そうでしょうけど…」 「万一、天が攻めて来たら、その時は俺と隼と鶸と、それから縷紅と鶸の仲間達で何とかする」 「そんな無茶な…」 阿鹿が開いた口は反論の言葉を見つけず、代わりにこんな台詞を吐かせた。 「いざとなれば、私が、あなた様の命をお守りします」 「あ、そーゆー奴ならもう居るから。なっ、隼?」 「・・・はい」 何だか不キゲン。 「あの、少し宜しいですか?」 縷紅が話の輪に入ってきた。 「どした?」 黒鷹も振り返る。 「天に攻められる前に、援軍を呼ぼうと思うのですが…」 「援軍!?」 黒鷹、阿鹿、そして隼も聞き返す。 「そんな物居るの!?どこの国!?」 「いえ、国ではなくて…」 言葉を切り、言っても良い物だろうかと考える。 「…阿鹿殿ならば“東軍”をご存知で?」 「ああ、小耳に挟んだ事は…」 「何ソレ?とーぐんって?」 「天に居る、地の同盟軍ですよ。我々の味方です」 「ふーん…。そんなのがあったんだ…」 「しかし縷紅殿、貴方は元々天の軍に居たと聞いた。貴方が行くのは危険ではないのか?東軍に地を疑われる事にも成り兼ねん」 「いえ…東軍には知り合いが居ましてね。話せば解って頂ける人達です」 言うと、阿鹿は妙な顔をする。 「天の将軍が、東軍に知り合いが居るとは…」 「――じゃ、お前天に行くのか?」 代わって黒鷹が問う。 「はい。今戦力を欠く事は危険だと分かっていますが…」 「うん…お前が居ない時に襲われたらヤバイ」 「しかし王子、今のままでも十分“ヤバイ”のでは?」 隼が進言する。 「行かせた方が良いと思います。天にこの場所が見つかる前に」 「そうだな…でも…」 「まだ、何か?」 「お前、天に行って大丈夫なのか?」 「ええ、問題はそこです。私が天でどこまで動けるか…」 「見つかったら殺されちまうんだよなぁ…。何かいい案無いかなぁ」 と、一同が思案に暮れている所へ。 「人殺しぃ!!」 何やら民の中で騒ぎが起きている様だ。 「――見て来ます」 言って、隼が立った。 「…何だろうな」 黒鷹も騒ぎの方へ目をやる。 と、刀と刀のぶつかる音が響いた。 一方の刀は隼。 「――おいおい!?」 黒鷹達も傍観してはいられなくなって、慌てて駆け付ける。 「おい、どうしたんだよ!?」 叫んだ時、もう一方の刀を持っている人物を見た。 女だ。歳は二十代の始め。 「根の人間なんか…!!」 しきりに何か叫んでいる。 「どうやら、お前の事らしいな」 黒鷹が、尚も刀を交えている隼の耳に囁く。 「好きでトラブルメーカーになってるワケじゃねぇんだよ」 隼も苦い顔で囁いた。 「…落ち着けよ。この中で刃物振り回しちゃ危ないだろ?」 黒鷹は女に向かって言った。 「王の言う事は聞いておきましょうよ?今の所、この国の法律は彼なんですから」 縷紅も宥めにかかる。 そうしてやっと、刀に込められていた力が抜けた。 「根の人間に恨みでもあるのか?でもそれをコイツに向けるのは八つ当たりでしかないぞ?」 黒鷹が問えば。 「根の人間全てを恨んでいるんです…!」 「いやーでも、コイツは例外」 「違わないわ!!根の血が流れているもの!」 「…何があったんですか」 縷紅が穏やかに問う。 しかし、彼女はそれに答えない。 唇を噛んで、刀を納めた。 それを受けて、隼も刀を鞘に戻す。 そして一つ息を吐いて言った。 「違ってたら悪いけど…あんた根の人じゃねぇの?」 その言葉に、黒鷹達は勿論、女自身もはっとする。 「その目…」 髪は薄い茶色。しかし瞳は濃い緑。 隼と同じ色。 「あ〜?何かますます難解だな、こりゃ」 黒鷹が腕を組む。 「名前は?」 隼が訊く。 女はきっと隼を見上げて、言い切った。 「根の国の王、栄撞(えいどう)の娘、栄魅(えいみ)」 場は静まった。 栄魅だけが、ぽつりと言った。 「あの女と根の民のせいで、私はこんな所に居るのよ…」 “あの女”が誰なのか、根に行った二人には判る。 何だかマズイ事になりそうだと、二人とも内心穏やかでない。 「…つまり、あんたは根の先王の娘ってワケだな…。国外追放とかで地の国に来たのか?」 「そうよ。髪の色を染めて生き延びてきた」 「……」 「どうする?隼」 黒鷹が隣へ囁く。 その隼は、屈み込んで、座っている栄魅と視線を合わせた。 「…地で生きるのは大変だったろ」 「…?」 栄魅は隼の言葉の真意が呑めず、答えない。 それでも構わず、隼は続けた。 「空気も人も、何でこんなに悪いのかって恨んだだろ」 「…あなたも?」 隼は素直に頷く。 「でもな、たまにはイイ奴も居るんだよ。そうでなきゃ俺達は生きていない…だろ?」 「――」 「根も同じさ。国でなんか違わない。同じ人間だから…全員を怨むのは筋違いだろ?そりゃ自分の父親が殺されて、しかも愚王と罵られちゃ、気持ちは解らないでもないけど」 「…あなたは、誰?」 「…えーっと」 どうしよっか、という目を黒鷹に送る。 しかし、黒鷹も「どうするんだよお前」と言わんばかりの顔をしている。 「…とりあえず、今は王の側近」 「どうして地に来たの?」 「…どうして、って…」 珍しくたじろいでいる隼。 ――いや、もういいか。関係無いんだし。 「刀は抜かずに聞いてくれよ?」 「…分かった」 「俺もあの女に恨みを持っている…って言うか殺そうと思っている」 「何故?」 「根の国総帥、光欄は俺の実の母親だ」 「――えっ!?」 「俺は二歳の時、地に捨てられた。理由は知らねぇけど、あの女が本当にろくな奴じゃないってのは会ってみて分かった」 「会ったの?」 「…つい数日前に。殺されかけた」 「酷い」 “全くだ”と頷いて、栄魅に告げた。 「あの女だけなら、仇討ちは協力してやる。こっちの事が終わってからな」 「…分かった。ありがとう」 栄魅が微かに笑ったのを見て、隼は立ち上がった。 「――ねぇ、名前は?」 栄魅が尋ねた。 「――隼。今はな」 踵を返すと、黒鷹と、いつの間にか寄って来た鶸のニヤニヤした顔。 「“イイ奴”って、俺らの事だろ?」 「……はっ?」 「俺らが居なきゃ生きてけねぇかぁ〜。やっぱりな〜」 「んなワケ…」 否定しようとして、慌てて言葉を飲み込む。 阿鹿の目が光っていた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |