RAPTORS 7 どうしようもない苛立ちを抱えて、隼は雨の中を歩き続けていた。 再びあの赤髪の男の顔を拝みたくはない。だが行き先が同じである以上、また顔を合わせざるを得ない。 そこに黒鷹も居るのだから。 ふと、足を止める。 もし、自分が黒鷹と違う道を選んだら? 答えなど考える間も無く、その考えを頭から追い払った。 黒鷹の居ない五年間は、先刻縷紅に言った通り、地獄のようだった。 信じるものが無い、自分が自分であるかすら確信出来ない、暗澹たる日々。 また同じ轍を、それも自ら選ぶなど、有り得ない。 そう考えた時だった。 雨に霞む木立の向こうに、人影が見えたのは。 「…え…?」 一瞬見えた顔に、低く声を漏らした。 その瞬間。 「――!!」 思いがけず飛んできた凶器。考えるより先に腕が心臓を守った。 声にならぬ叫びをあげて、目は次の襲撃に備えて人影を探している。 しかし、既にそれは消えていた。 一撃で心臓を狙ってきたのだ。暗殺者は失敗と見てその場を去ったのだろう。 その暗殺者の顔を、隼は、知っていた。 しかし、考えられなかった。有り得ない。 ともかく凶器を腕から引き抜く。一気に出血し、腕を伝って指先からぼたぼたと落ちた。 傷跡を隠す為に頭に巻いた頭巾を引っ張って外し、腕に巻き付ける。止血する程片手では力が入らず、気休めにしかならないのだが。 意識がぼやける。薬だ、と直感的に悟った。 完全に意識が消えるその前に、あれ程嫌がっていた目的地に行かねばと、足を動かしだした。 どれくらい歩いただろう。 混濁しきった意識の中で。 隼は、過去の光景を発見した。 己を襲いに寺院に入る、襲撃者達を。 ――ああ、またか―― あの時は人を殺す事が怖くて手加減したから、でも今度こそは、息の根まで止めてやる。 そうでなければ、俺はここに居られなくなるんだ。この国…否、世界の、唯一の居場所。 それを、彼らに追われて。 貴様らのせいで、俺がどんな思いをしてきたか――思い知らせてやる―― 憎しみだけを、強烈に感じて。 隼は刀を抜いた。 地下から駆け上がり、寝室の扉を開けて目に飛び込んだ、血の海。 部屋の中には七人分の屍。外にもいくつかある。 その中に、白を朱に染めた隼が居た。 屍に刃を突き立てたまま、立ち尽くしている。 回りに屍だけが転がっていた。敵が逃げた形跡は無い。 緑の瞳は、どくどくと流れる赤に吸い込まれて、動かない。 「おい――隼!」 黒鷹が走り寄り、その腕を掴む。 明らかにびくりと肩を震わせて、やっと何かに気付いたかのように、顔が動いた。 驚いた顔で、じっと黒鷹を見詰める。 「…隼?」 怪訝に思った黒鷹が名を呼ぶと、またびくりと体を震わせた。 「離せよ。もう死んでる」 刀から手を離す。 屍に突き刺さった刀は、立ったままだ。 それを抜こうとして、黒鷹は異常な感触に気付いた。 刀の柄が、血で濡れている。 驚いて隼を振り返った。 俯いて表情は見えないが、息は荒い。 手の平が、真っ赤だった。 返り血では、有り得ない。 何があったのか訊こうとして、言葉を呑んだ。 右腕に酷い傷がある。血がどくどくと流れ、手を伝い落ちる。 「何があったんだ…!?」 愕然として言った。 だが隼は、それに答えなかった。 「着替えてくる」 それだけ言って背を向けた。 縷紅の隣を素通りし、地下から出た司祭に、 「悪いな、また…汚しちまって」 そう言って寝室に篭った。 「…どうしちまったんだ?」 黒鷹の横に来て、鶸が訊く。 とりあえず「さぁ?」と返して、改めて刀を抜いた。 その時、奥からどさりと音がした。 黒鷹と鶸が、顔を見合わせ、我先にと寝室に飛び込む。 「隼!!」 半身を抱き起こす。 「――大丈夫、麻酔薬だ…」 消え入りそうな声で言って、意識を手放した。 「大丈夫じゃねぇだろ」 鶸も傷に気付いて言う。 縷紅がそれを見て、推測した。 「…苦無だと思います、これ…」 「よっく判るなぁ」 関心する鶸に構わず、縷紅の表情は険しくなる。 「彼を襲った人物に、心当たりがある…」 「え!?」 恐らく、彼女だ。 今度は、何をする気なのだろうか――。 [*前へ] [戻る] |