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RAPTORS

「あんさぁ」
 引越し作業も一段落して、洞窟に残った荷は鶸と縷紅だけとなった。
「前から訊こうと思ってたんだけど」
 膝に頬杖を付いて鶸が言う。
 今は、黒鷹達が帰るのを、二人で待っている。
「なんで地に来たんだ?」
「…私が、ですか?」
「他に居ねぇよ、そんな物好きな奴」
 それもそうだ、と苦笑する。
 物好きと言えばそうかも知れない。
「他の皆には内緒で」
「マジで!?」
 ナイショ話で喜ぶのはガキの本性である。
「私が天の軍に入っていた事は言いましたよね?」
「…そうだっけ。ま、聞いたんだろ。それで?」
 鶸は記憶力が著しく乏しい。
「それ以前、私は東軍――天の、王朝に対する反乱軍みたいな物です。そこで育てられました」
「えーっと、それって軍とは敵って事だよな、その東軍ってのは」
 鶸にしては上出来な解釈である。
「えっ、じゃあさ、お前裏切って天の軍に入ったの?」
「まぁ、表向きには」
「表じゃない向きには?」
 “裏向き”なんて言葉は出てこない鶸。
「事実を、この目で見たくて」
「…へ?」
「東軍のやり方に疑問を感じてたのも事実です。外の世界を知らなかったから、そんなに国が悪いものなのか確かめたくて」
「それだけで軍に入ったんだ」
「…やっぱり“それだけ”って思われますよね。でも、理念とか生き方とか、無理矢理押し付けられたら抗いたくならないですか?」
「…ムカツクな、確かに」
「今思うと単なる反抗期だったのかな…と思うけれど」
「っとに、若いモン離れしてるなぁ。オヤジくさいとは言わねぇけど」
「貴方は思春期真っ只中ですしね」
「おぅよ青春のど真ん中だぜぇ…って、言わすなっつーの」
 鶸のノリツッコミに軽く笑い、話を続ける。
「でも、軍に入って一度だけ、東軍の反乱の鎮圧に行きました」
「殺したのか!?」
 縋る様な目で訊いてくる鶸に、縷紅は微笑して首を振った。
「拾われて育てて貰った恩…いえ、親に刃向かう様な物ですからね。罪悪感に苛まれて、顔も見れなかった…。将軍――私の師なんですけど、“帰りたいなら帰れ”とどやされました。結局、東軍の皆に合わす顔も無くて、軍に残っちゃいましたけど」
 聞いていた鶸は、えへへと笑う。
「良かったぁ。心配しちゃったよ」
「ご心配をおかけしてすみません。それでその頃――調度貴方くらいの歳の時、茘枝に会いました」
「えっ、茘枝に!?」
「軍事好きの令嬢のフリをして、軍部に客人として潜り込み、私に接触してきました」
「何で茘枝が…?」
「東軍と地の王朝は代々親密なんです。天を倒す事で利害が一致していますからねぇ。彼女は私に、寝返る気は無いかと尋ねた。命懸けの質問ですよ。素性を私が他の皆に告げれば、即刻捕えられますから」
 それまでは国、軍に従順だった。が、東軍の反乱を見て初めて迷った――
 そんな時に茘枝に出会った。
 上に彼女の正体を報せ、捕らえるべきだと、頭では判っていた。
 でも、出来なかった。
「彼女に説得されて初めて、東軍に恩を返そうと思い、地に興味が湧きました。茘枝にちょくちょく情報を渡して、そして情報を得る為に手柄を立てて出世する。汚いやり方ですけど…。黒鷹が天に捕えられ、私が初めて出会ったのもこの頃です」
「アイツを助けてたんだろ?何かある度に善くしてくれたって言ってた」
 縷紅は頷く。
「それで将軍になって、大分軍を自由に歩き回れる様になった頃、彼を処刑すると聞いた…」
「それで逃がしちゃった、と」
「後の事を考えずに逃がしたら、自分も地に逃げてました」
「なーるほどっ」
「お分かり頂けましたか?」
「ああ。お前がいいヤツだって、良ぉく判った」
「ありがとうございます」
 縷紅は笑う。素直にそう言われた事が嬉しくて。
 それでもどこかに、何か引っ掛かる。
 自分のやった事、やろうとしている事は、本当に彼らの為になるか?
「じゃあさ、東軍の人とはまだ会ってないんだ」
「はい。彼らにとって私はまだ裏切者のままです」
「どこからも裏切者扱いな、お前」
「地は裏切りませんから、ご安心を」
「当然だろ」
 鶸は太い笑みを唇に浮かべた。
 縷紅は応える様に笑みを見せ、顔にかかった髪をはらう。
 紅い髪。
 自分の信念を貫く為に、どれだけの血を流しただろう。
  でも、ここまで来てしまったから。
 “もう、帰らない”
 そう、もう迷っている場合ではないのだ。
 ここまでして守った信念は、これからも貫き通す――それだけだ。
「なぁ、黒鷹が帰ったら、それからどうする?」
「食料と武器の確保を引き続いて行います。ある程度確保出来たら、民の開放を」
「…民か…」
「開放すれば、天は黙ってないでしょうから、恐らく血眼で我々を探すでしょう」
「そうなれば、戦か…」
「正面から戦っても勝ち目は無い。地を戦場にしてはいけません」
「え?なんで?」
「天が私達を捜している間に、天の王宮を攻めましょう」
「え…!?」
「私は地に残って囮となります。地に半分は兵力を残して下さい。長期戦にして天の大軍をこちらに引き寄せます。天の兵が減った所で、黒鷹率いる本隊が王宮に攻め入る」
「そんなに上手くいくかなぁ…」
「問題は地にどれだけ多くの兵を引き寄せられるか…」
「なんかいいアイディアあるのか?」
「――東軍を呼びます。地に援軍として来て貰う」
 一瞬、抜けた様な沈黙は、鶸が頭を回す時間だ。
「お前、だって…裏切者だろ?」
「それも改めなきゃ」
 縷紅はにっこりと笑う。
「私が天でどこまで動けるか判らない。でも、行きたいんです」
 会いたい人が居る。会って言いたい事がある。
 二度と、会えなくなる前に。
「…じゃあさ、俺も行っていい?」
「え!?」
 思いがけぬ申告に、縷紅は目を見開く。
「一度、天っちゅーもんがどんなトコか見てみたいんだ」
「それなら進軍の際に見れるでしょう」
「〜〜っと、そうだな…」
 困った様に、がりがりと頭を掻き、言った。
「縷紅一人じゃ、何かあった時に危ないじゃん?」
「残念ながら、私と二人の方が危険です」
「そうなの!?お前、危険人物!?」
 頼むから誰かツッコミを入れて欲しいものがある。
 今度は縷紅が困った。
「天では私の顔が知れていますから、捕まる確率が高いって事ですけど…。そうなった時に貴方が居たら、リスクが高過ぎる」
「俺ってそんなに貴重品?」
「地には、無くてはならない存在です」
「まぁじでぇ!?俺って意外と値打ち有るんだなぁ」
 鶸、暴走中。
「…鶸」
 急に縷紅が声をひそめた。
「敵か?」
 鶸も声をひそめる。
「分からない。話し声が――」
「まさか、帰ってきた!?」
「まさか」
 早過ぎる、と縷紅は思った。
 茘枝が帰って来てまだ二ヶ月あまり、骨折が治るには早過ぎる。
 だが、縷紅の疑念を余所に、足音は近付く。
「間違いねぇって!アイツらの声だ!」
 鶸は飛び出した。
 動きが止まるのを、麻布の向こうで感じた。
「――鶸?」
 心配になって呼ぶ。
 そこに留まっている筈なのに、返事が無い。
 縷紅も立ち上がった――その時。
 ごす、と鶸の殴られる音。
 それに反応して剣を抜き、麻布ごしに殴った者に向けた。
「何者だ!?動けば斬る」
 相手も布の向こうにある刃の気配に気付いたらしい。動きを止めた。
「…地の国のホンモノの王なんだけど」
 名乗る声は明らかに聞き覚えのある声。
「腹減った。何か食い物無い?」
 縷紅は失笑して剣を納めた。
「どうぞ、お入り下さい。非常食程度なら有りますよ」




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