RAPTORS
3
三日前から続く長雨だった。
隼は、今から自分が入ろうとする宿の前に立つ。
二階建ての建物だ。
表向きには天の国の兵を泊める宿だ。だが主は地の国の民で、それを隠しながら営みを続けている。
隼達が水面下で集めている反乱軍の一員である。
だからこそ、迅速に情報が届いたのだ。
これまでも黒鷹の目撃情報はいくつかあった。
全て自ら調査したが、ことごとく期待外れな結果だった。
――今度こそは…。
何のあても無い予感を抱きながら、宿の中に足を踏み入れる。
入ってすぐ、主と目があった。
「悪いけど、今空き部屋は無いよ」
客と思われ、そんな言葉をかけられる。
「部屋はがら空きでも泊められないんだろ?」
雨に濡れた上着を脱ぎながら言った。
「尤も、人を入れられたら困るけどな」
上着を無造作にくるみ、脇に抱える。
「アンタは…」
「反乱軍の指揮者だ」
主の問いを先読みし、現在の肩書を言う。
もうすぐ、この肩書が返上出来ればいいのだが。
「うへぇ、失礼しました!こんな寂れた地に住んでいるものですから…」
「俺こそ紹介が遅れた。…早速、案内してくれ」
「承知しましたぁ!」
軋む階段を登り、示されたのは一番奥の部屋。
短く主に礼を言い、階下に戻らせた。
そっと、戸を開ける。
柔らかい灯の光の部屋。そこに、大人というには少し早い子供が眠っていた。
黒い髪、頬の刺青。
その姿形を見紛う筈も無い。
己にとって、唯一の主。
間違い無い。本物だ。
音も無く、黒鷹に歩み寄った。
宿の主によれば、見つかった時、負傷して雨の中倒れていたらしい。
未だ目覚めてはいない、と。
顔を覗き込む。
すると突然、高い金属音が部屋中に響いた。
「相変わらず素早いヤツだな」
短刀を持つ手が痺れている。
「どうせタヌキ寝入りだったんだろ?」
やっと、お互い短刀を離した。
「…隼?」
「他に誰がお前の奇襲を受けられるって言うんだ?」
「…別にタヌキ寝入りじゃねぇし」
どう見ても、五年振りの主従の再会には見えない。
「だろうな。本当に寝てなきゃ寝顔も見せねぇもんな、お前」
「タダじゃねぇから」
隼も、二人きりだと態度が崩れる。昔からだ。
「珍しいな」
「何が?」
「お前が腹に致命傷なんてよ」
刀が触れた時の、一瞬の苦痛の表情を、隼は見逃さなかった。
「……」
「ま、あんな高い所から逃げたら傷の一つや二つ無い方が驚くけど」
「…逃がされたんだ」
「へぇ?」
「天の将軍に牢から出されて門まで案内された。…フツー罠だと思うだろ」
「ああ、この辺誰か張ってんのか?尾行とか?」
「…何も無かった」
「何も?」
「後から焦ったように追っ手が次々と…。それでドジって腹刺されたんだけど。それで宿見つけて、入ろうと思ったら金無いじゃん?せめて雨宿りしようと思ったら、そこで意識プッツン」
「…変な所で律義だなお前」
「育ちがいいんだよ」
言って、黒鷹はふと思い当たった。
「お前の仲間に縷紅ってヤツいる?」
「いや?誰だ?」
「俺を逃がした奴…」
一体、彼は何者なのか。
そんな疑問が一瞬浮かび、消えた。
今は隼に聞きたい事が沢山あった。
「他の皆は?鶸の姿が見えないけど…」
「…アイツは行方不明だ」
隼の答えに、黒鷹は目を見張った。
「お前ら…あの時一緒だったろ!?」
「戦ってる時にはぐれた。生死も不明だ」
「……死んでないよな…?」
「ま、お前よりしぶとかったからな」
「父上は…?」
隼は俯いた。
「…生きてるワケ無いよな…」
隼の反応を見て、黒鷹は言った。
「でなきゃ、こんな状況にならないもんな…」
天の国に占領された、祖国。
「…悪かった」
隼がぽつりと言った。
黒鷹は思い当たる事が無く、怪訝な顔をする。
「王を助ける事も、お前を助けに行く事も出来なかった。家臣失格だよな、俺って…」
「て言うかさ、俺はお前を家臣と思った事無い」
隼はあっけにとられて黒鷹を見た。
「知ってるよ。お前、あの国入れないんだろ?それに茘枝がちょくちょく来てたし」
「気付いてたのか!?」
「目が合ったら手振ったりして」
「…何やってんだ、オマエら」
捕まっているという緊張感、カケラも無し。
「ま、番に見つかってアイツをネズミにしちまう事もあったけど。今つるんでんだろ?お前ら」
「…人がてめぇ助けようと思って寝ずに悩んでたのに…」
「そーなの!?わりぃ」
黒鷹は全く悪びれる事なく言った。
「ま、ご無事で何よりですってか?」
「お互いな」
それがきっと本音だったから、二人の目が合った時、たまらず二人共吹き出した。
ひとしきり笑って黒鷹が言った。
「…またお前に会えて良かった」
聞いて、隼の笑いが凍りついた。
「またそんな恥ずかしい事を…」
「照れるだろ?もっと言ってやろうか?」
「ああ、もう気持ち悪いんだけど。お前」
「遠慮するな、あのなぁ…」
ここで黒鷹の言った、トリハダの立つ一言は、あえてカット。
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