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RAPTORS

 女性医師に連れて来られたのは、城の最上階にある、光蘭の自室だった。
 厳重に警備がなされている扉。
 その奥で、書類が山とある大きな机の前に、革製であろう椅子に座り、書に目を通している所だった。
「失礼致します、総帥」
 女性医師が声をかける。だが光蘭は「何だ?」とだけ言って、見向きもしない。
「地から来た、少年をお連れしましたが――」
「目覚めたか」
 やっと光蘭が顔を上げた。
 後ろでやりとりを見ていた隼が、はっと息を飲む。
――女だ…。
 三十代の後半くらいだろうか。だが、彼女には歳を感じさせない、凛としたものがあった。
「もう大丈夫なのか?」
 突然問い掛けられて、慌てて「はい」と頷く。
 それを見て微笑し、医師に言った。
「ご苦労だった――下がって良い」
 医師は一礼して出て行き、隼一人取り残された。
「先ずは非礼を詫びておこう。手荒い事をさせて済まなかったな」
――何だろう。この圧倒的な威圧感は――
「知っての通り、根の者は他国に出るなど滅多に無い。それで地からわざわざ戻ってきたそなたに興味が湧いてな」
 彼女は椅子から立ち、机を回って、卓上におもむろに腰掛けた。
「ここまで寄ってくれ。顔が見たい」
 言われるがまま、隼は前に進む。
「名は?」
「隼です」
 ふうん、と頷いて更に問う。
「根の名ではないな。地の者が付けた名か?」
「地の皇后陛下に戴きました」
「――興味深いな。彼女は亡くなったと聞いたが」
「七年前に…」
「そうか。そなたは地の王家に関係する者なのだな?」
「王子の側近です」
「では、そなたと共に来た者は…」
「地の王位継承者です」
「成程、国家同士の話し合いに来たのだな」
「はい。お願いの儀があり参りました」
「それは後日聞こう。しかし、事前の使者も無しに王家の者自ら来るとは、地も余程切羽詰まっておるな。それも得体の知れぬこのような国に、危険を省みず」
「――」
「まぁ、良い。私はそなたの事が聞きたい」
「あの…お言葉ですが、一国の君主が私などの為に時間を割いて宜しいのですか?」
 光蘭には、口許は笑んでいるものの、目には真剣な色があった。
「これは私にとって重大な事でな…。そう固くならずとも良い。――で?そなたが地を出たのはいつの事だ?」
「十五年前――二歳の時と聞いております」
「――やはり」
 小さく、呟く。
「はい?」
「いや――では今の齢は十七か。誰に育てられた?」
 先刻より微妙に表情が違う。それがどの感情を表しているのかは、読み取れなかったが。
「王家と代々親しかった司祭に。彼は孤児を育てる事も仕事としていましたので」
「では、そこから王家と知り合ったのだな」
「はい。皇后陛下が何度か訪れて下さり、八歳の時に王子の側近を命じられました」
「ずいぶんと幼くして出世したな」
「…運が良かったんです」
「縁ではないか?」
 言って、笑みを浮かべる。
「ところで、根での事は覚えてないのか?」
「はい、殆ど…」
「自分の根での名は?覚えておらぬか?」
 隼は首を捻る。全く記憶に無い。
「――崔爛(さいらん)」
 唐突に、光爛が言った名前。
 隼は視線をその口許に止めた。
――何かが、自分の中に溶け込む。
「…という子供が居てな」
「…それは…」
「私の息子だ…」
 遠い日を思い出す様に、光蘭は目を細める。
「……そなたの事だ」
――え?
 言葉が出ない。
――息子?
 誰が?
 あまりにも平然とされた告白。
 それが、理解出来ない。
 否、拒絶している。理解したくない、と。
「崔爛」
 間違い無く、これは自分を呼んでいる。
 自分ではない、自分を。
「大きくなったんだな…」
 刃より鋭い物を突き付けられた悪寒。
 白い手が頭巾をめくり、髪を払った。
――ぞくり、と。
 傷痕を見て目を細める。
――止めろ――声にならない。
 細くしなやかな指先が、凶々しい傷をなぞる。
「済まない事をした…」
 冷たい汗が吹き出す。空気が悪い訳ではないのに、苦しい。
 思わず。
 頬に触れていた手を振り払った。
「っ…!」
 自分のした事に驚いて、謝る事も出来ず、そのまま固まる。
――…何かのまちがいだ
「一つ、そなたに頼む」
 光蘭の目が冷たい物に戻る。
 それは、゙総帥"の表情。
「世間的には私には子はおらぬ。旧知の者には病死したと伝えた。…この事は黙っていてくれ」
――頼む相手は、俺なのか…?
「勝手なのは重々解っている。教えなければ良かった事だ…だがどうしても気になってな」
――何故?
「私を母と呼ぶな。誰にも話すな」
 広まれば自らの威厳に拘わる。何より、そこを付け込まれて政権を脅かされる。
 だが、隼にとってそんな事は問題では無い。
 何故、地にやった?
 命を何度も奪われかけた――そんな場所に、何故。
 そしてどうして今更気にする?
 とっくの昔に、消えた――消した筈の関係なのに。
「そなたは何か頼みが無いか?」
 はっと、相手を見る。
「取引といこう」
「…では、王子と従者をこの城にお招き下さい。そして、王子に危害を加える事の無い様にお願いします」
「分かった」
「…今、二人は何処へ?」
「私の所有する収容所だ。今すぐ釈放しよう」
 隼は浅く礼をして、付け加えた。
「もし貴方が約束を違えば、私もそうしましょう。貴方の場合もそうです。それで良いですか?」
「良いだろう」
 彼女は微笑して言った。
「目覚めたばかりの所を悪かったな。部屋を用意した。ゆっくり休むと良い」
 言いながら卓上を下りるのを見て、隼もやっと身を動かす。
「…失礼致しました」
 礼をして、真っ直ぐ扉に向かう。
 開こうとした、その背に。
「隼」
 手を止める。
「母は――必要無いか?」
 振り返る事無く答えた。
「はい。…もう、居ましたから」




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