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RAPTORS


 彫刻のなされた石の塔に、花の代わりに木刀を立て掛ける。
「遊びに来てやったぞ」
 言いながら、石の前に胡座をかいた。
 「おい、木刀かよ」と突っ込まれそうだが、言われたら「お前に花やっても喜ばねぇだろ」と切り返すつもりだ。
 どうせなら二本用意して打ち合いといきたい所だが、流石に墓石を破壊する訳にはいかないのでやめておく。
「お前の事だからとっくに興味失せて見てなさそうだからさ、一応全部報告してやる」
 そう思っているのは黒鷹だけかも知れないが、本人に自覚は無いだろう。
 可能ならばきっと、彼はいつも黒鷹と、この世界の事を気にかけている。
 そして相変わらずな相方に苦笑いを浮かべるか、呆れ果てているか、どちらかだ。
 とにかく黒鷹は報告を始めた。
 縷紅が政を始め、最初こそ小波乱もあったものの、近頃は軌道に乗り始めた。
 その政には、光欄や朋蔓も参加し、天、地、根に分け隔て無く世界が纏まりつつある。
 董凱も政に誘われたが、断って旦毘と共に縷紅ら要人の護衛組織を作った。
 何でも、縷紅の天敵である赤斗という人物を、捕まえたのに牢には入れず、自由の身にしてしまったので、実は縷紅はいつも危ない状況に居るのだ。
 が、釈放を命じたのも縷紅なので、黒鷹には何が何だか、とにかく縷紅は懐が広いと言うか、そういう事だけは分かる。
 それでも董凱の力なのか、今のところは無事に政は行われている。
 黒鷹と鶸はそんな中央の動きから離れ、のんびり暮らしている…と言いたいが、影ながら縷紅の手伝いをしている。
 手伝いと行っても毎日の様に街に出掛け、人々の声を聞き、それを縷紅に伝える程度の事だが。
 だがそれは十分役に立っている様だし、黒鷹達も自分達向きの仕事を楽しんでいる。
 尤も、元王族だからと言って貴族風な生活をしても、暇で暇で三日と持たない。
 周囲は最初こそそんな生活をさせようとしていたが、気付けばいつも屋敷から消え失せているので、諦めざるを得ないと言うか、どだい無理な話だ。
 屋敷に暮らしているのは黒鷹、鶸、そして慂兎。あとは使用人が何人か。
 慂兎も使用人の側ではある。護衛兵として詰めているのが正確な所だが。
 実際は、二人の遊び相手…と言うか、いつも連れ回されている立場である。
 まぁ本人は楽しんでいるのであまり問題は無い。
 茘枝もちょくちょく遊びに来る。
 実は彼女は婚約をし、もうすぐ新妻となる予定である。
 その披露宴が今日、この後ある。
 その前に、と黒鷹は報告に来たのだ。
 因みに茘枝の相手は…言うまでもない。
「一年経って世界はいろいろ変わったけど、みんなあんまり変わった感じしないんだよな」
 その最たる者が自分だと気付いているのか。
「ま、お前も変わんねぇんだろうな。つか、出会ってから十年間、ずっと変わんなかったし。一年くらいでどうこうなる訳無いかー」
 どうこうなったのは茘枝と縷紅の関係くらいなものだ。
「あ、そうそう。お前のくれた髪な、刀に付けてお守りにしたんだ。結構カッコイイって評判だぞ」
 言って、懐から刀を出し、墓前に掲げた。
 戦で使っていた長い刀ではなく、護身用の懐剣である。その柄の先に、白い毛の束が付いている。
 かつて、隼が天の砲撃を止めに行く際、縷紅に預け、黒鷹の手に渡った、遺言代わりの髪の束。
 一度は隼に投げ返したが、あの後捜して取っておいた。
「やっぱさ、お前の髪って綺麗だから、捨てらんなくてさ」
 隼と出会った時の第一印象もそうだ。
 白が、眩しく綺麗だった。
「なんか女々しくてアレなんだけど、ま、良いよな?俺、ホントは乙女だしっ!」
 ノリで言ってはみたが、自分で自分に鳥肌が立っている。
 全て一人芝居というのが寒い。
 やっぱりどんなにキツくても、ツッコミはあった方が良いなぁと墓石を見てしまった。
「…お前は鶫に戻れって言ったけどさ。もう、無理だわ」
 そんなの言われなくても十分過ぎる程分かっている…と、隼は言いたいだろうが。
「俺は俺、黒鷹として生きてく。だから、俺達は一生、ダチだからな」
 当たり前だこの野郎。勘違いしてんじゃねぇ。…なんて、言われた気がした。
 もちろん墓石は無言で佇んでいる。
「じゃ、行くな。茘枝と縷紅のラブラブっぷりを笑ってやんなきゃ」
 ちょっと気怠く言って立ち上がり、もう一度墓石を振り返って、手を振った。
 街まで戻ると、ちょっとした騒ぎになった。
「黒鷹様がおられましたよぉ!!」
「鶸様ぁ〜!!」
 どうも、鶸が街の人々に尋ね回っているらしい。
 内心うんざりしていると、あれよあれよと言う間に鶸と引き合わされた。
「あーっ!!お前、どこ行ってたんだよ!?こんな時に、俺にも黙ってさ!」
 発見するなり指差され、唾を飛ばさん勢いで怒鳴られた。
「別に、披露宴ボイコットする気は無ぇよ…。いちいち騒ぐなって、面倒臭い」
 耳を塞いでげんなり全開の反論。
「ま、お前が花嫁って訳じゃないから、ボイコットしても良いけど?」
 一緒に捜索していた旦毘がからからと笑う。
「だーめっ!!絶っ対だめ!!」
 何故か鶸が全力で反対。
 と言うのも。
「お前の女装は決まってんだからなっ!逃げるなよっ!!」
「女装って…」
 苦々しい黒鷹。さて何から反論するべきか。
「女装?なんでまた」
 既に女装で定着しつつあるのはともかく、正式な宴だからと言って別にそこまでする必要は無いと、旦毘は問う。
 黒鷹の男気(?)は既にこの世界の殆どの人の知る所であり、ほぼ内輪の集まるこの宴ならば何を言わんやである。
 だが、真相はもっと別の所にあった。
「こないだの罰ゲームだからな!逃げるのはナシ!!」
「罰ゲ……マジかよ」
 旦毘が軽く引いている。
「俺は鶸を女装させて皆で笑うつもりだったんだけどさぁ。計算狂ったなぁ…」
「いやそれは…」
 黒鷹は心底残念がっているが、旦毘を始め第三者としては計算が狂って良かったと言いたい所だ。
「ふっふっふ、この日の為に茘枝に協力して貰ってとびっきりヒラヒラスケスケの衣装を用意してやったからな!」
 勝ち誇っている鶸。顔が凄い事になっている黒鷹。
 茘枝が協力してんのかよ…と軽い目眩を覚えた旦毘。
「…ところで、何の罰ゲームなんだ?」
 眉間を押さえながら訊くと、鶸が声を張り上げて答えた。
「街の女の子に訊きました!彼氏にするならどっち?対決ぅ〜!!」
「……」
 世界は今日も平和である。


 宴は夕刻、空が紫から藍に変わろうとしている頃に始まった。
 場所は縷紅の屋敷。こじんまりとしているが、一歩踏み込めばそれは華やかなものだった。
 縷紅は内々で、そう盛大な宴にしなくとも…と考えていた様だが、新婦がそれを許さなかったのはこれを見れば明白だ。
 誰も口には出せないが、先行き不安である。無論、縷紅の方の。
 そんな自覚があるのか無いのか、彼は晴れ晴れとした笑みで来客を迎えた。
 女装を免れた鶸と昼から同道している旦毘である。
「縷紅!今日はおめでとう、だな?」
 鶸がまず祝辞を述べ、縷紅は頭を下げた。
「ありがとうございます。今日は鶸の好物を並べましたから、好きなだけ食べていって下さいね」
「やった」
「おいおい、全部食われちまうんじゃねぇか?俺達の分も残しておいてくれよ?」
 旦毘が苦笑いで釘を刺す。鶸は「え?ダメなの?」とばかりに縷紅を見上げる。
 本気で全部平らげる気か。
 縷紅も苦笑を伝染させて言った。
「食べ切れない程度にはある筈ですが…まぁ、万一足りなければ茘枝に作って貰います」
「え?」
 二人の声がハモる。
 急に鶸の勢いが削がれた事は黙っておいた方が良いだろう。
 会場は既に人で溢れていた。
 よく見知った顔はごく一部で、政の要人もかなり招待されており、鶸にとっては『知らないオジサン』も少なくはない。
 幾許が肩身の狭い思いもしながら旦毘にくっついて回る。
 その旦毘も護衛団の仲間と話し始めて鶸は行き場が無くなった。
 目の前のご馳走に手を付けようにも、茘枝製という事を思い出して手を止める。
 クロは何やってんだと半ば八つ当たり的に会場を睨んだ。
 何やってんだも何も、女装(と言うか正装)の準備である。それは鶸もよく分かっているのだが。
 いくら何でも時間がかかり過ぎではないかと思っている。
 同時に、『アイツを女にするんだから時間かかって当たり前かー』などと考えていたりもする。
 そうこうしていると人々がどよめきだした。
 今日の紛れもない主役(もう一方を差し置いて)、茘枝のご登場である。
 会場は拍手と嘆息で包まれた。
 嘆息とは決して誰かの将来を歎いての事ではない。花嫁の美しさに感嘆しての事である。
 …たぶん。
 茘枝はドレスのスカートを広げてお辞儀をすると、ぴたりと縷紅の腕へくっついた。
 仲がよろしくて結構な事である。
 鶸の我慢はそこが限界だった様だ。
 どうして主役より焦らす!と言いたいのだ。
 足音も荒く会場を抜け出して控室に向かおうとして、茘枝に呼び止められた。
「鶸、ちょっとどこ行く気?」
「クロ呼んでくる。遅過ぎるだろ、いくら何でも」
 鶸は鼻息も荒く当然とばかりに答えたが。
「女の子の着替えを覗く気?」
「……」
 忘れていた。
 そう言われてみれば確かにそうだ。
 鶸はこの悪ふざけな企画を少々後悔し始めた。
「大丈夫よ。この宴の最高の余興として出演して貰うから。この後をお楽しみにね?」
 あまりお楽しみな気分にはなれなくなったが、鶸は素直に待つ事にした。何だか既に打ちのめされた気分である。
 宴もたけなわ、人々に酔いも回り、部屋の隅々まで愉快な空気に満たされた頃。
 茘枝が手を叩き、注目を集めた。
「皆さん、本日は御足労ありがとうございます。私からのお礼として、最高の余興を御用意いたしました。この私も霞んじゃう程、美しいものをご覧に入れましょう」
 言いながら自ら扉に手をかける。
「我らがプリンセス、黒鷹です!」
 気合いの入った呼び声と共に、扉は開かれた。
 長い黒髪を纏め、一部を垂らし、大胆に肩を出した艶やかな黒いドレスを着た後ろ姿――
 …待て。
 肩が異様にゴツくないか?
 あんだけ刀振り回してたら仕方ないのかなーと鶸は自問自答している。それはそれで悲劇だ。
 しかし何か違和感が隠し切れない。
 何か。
「クロちゃん?」
 振り返らない黒鷹に茘枝が声をかけ、そのまま凍り付いた。
 皆の後ろで縷紅が必死に笑いを堪えている。
 どう考えても異様な空気が流れる中、その正体が明らかとなった――
「どうだ、似合うだろ、俺……って、あれ?」
 皆の呆然とした顔を前に、その正体…董凱は、首を捻った。
「なんだよそのツラ。なんでウケないんだよ」
 いち早く正気に戻った旦毘がさっと飛び出し、扉をぴたりと閉めた。鍵までかけている。
 扉の向こうから叫び声が聞こえるが、全て無視。
 何事も無かったかの様に宴は再開した。
「…な、あれ、どういう事…?」
 未だにショックから立ち直れない鶸が旦毘を捕まえる。
「忘れろ」
 一言、彼は言ってのけた。
「でも…クロは?」
 言った時、給仕の少年が鶸にと封筒を手渡した。
 え?と顔を上げた時には少年の姿は無い。
「なんだ?」
 あまりに呆けている鶸に旦毘が不審に思い尋ねると、白昼夢でも見たような顔のまま鶸は答えた。
「今の、慂兎…?」
 旦毘も「え?」と顔を顰め、口早に言った。
「開けてみろ」
 封を切ると紙が一枚。

『旅に出ます。

      黒鷹』

「……ぬあぁんどぅあってえぇぇぇ!!!????」
 その頃、縷紅の元にも給仕姿の少年が近付いていた。
「縷紅、悪いな、ちゃんとお祝いできなくて」
「気にしないで下さい。こうして顔を見せてくれただけで十分ですよ。もう出発するのでしょう?」
「うん。後の事は頼む。特に治水の件は心配だけど、まぁお前の事だから上手くやるよな」
「ご心配無く。手は打ってあります」
「流石に早いな。じゃ、行ってくる!茘枝によろしく」
「ええ。お気をつけて」
 少年は足早に会場を去った。途中、鶸に封筒を渡したもう一人の少年と合流して。
 ややあって、顔を顰た旦毘が縷紅に近付いてきた。
「お前、なんか知ってるな?」
「何の事でしょう」
 縷紅的にはさらっと返したつもりだが、バレバレも良い所だ。
「黒鷹は?」
 溜息混じりに訊けば、早々に降参したのか素直な答えが返ってきた。
「宿屋で貴方を待つよう伝えてあります。護衛をお願いしますね?」
 『ね?』に選択の余地は無い。
「…ったく、しゃあねぇなぁ。しかしお前もタチが悪い。鶸は屋敷に飛んで帰ったぜ?」
「鶸は追い付いたら連れて行くそうですよ?ま、彼の事ですからすぐ探し出すでしょう」
「本当かよ…」
 のろのろと旦毘は動き出す。急な事だが今夜のうちに準備をして出立せねばならない。
 はたと旦毘は振り返った。
「お前、奥さん大丈夫なのかよ?」
 茘枝も一泡喰らった形だ。
「たまにはこういう事もあって良いでしょう?」
 そう言う縷紅の笑みが、何だか黒い。
 なんだかんだでこの夫妻、大丈夫…なのか?と頭を抱える旦毘だった。


 夜道を翔ける黒鷹の心は弾んでいる。
 今から世界中を巡るつもりだ。
 様々な街を見、道という道を歩き、沢山の人と会う。
 全ては、この世界の為に。
 帰ればそれらを縷紅に報告し、政に役立てて貰うのだ。
 夢は、まだ続く。
 この足が動く限り、歩み続ける。
 いつか、この道が果て、足が止まった時、笑顔で会いたい人がいる。
 誓いを果たしたと、胸を張って。
――隼
 俺達はずっと一緒に走り続ける。
 そうだろ?――

 夜空には満点の星が輝いていた。
 ひとつひとつの小さな明かりが、進む道を、照らす。


END


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