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RAPTORS
18

 兵の為に休息をとり、地の軍は進軍を再開させるべく動き始めた時。
 丘を下った隊列と合流した。
 天の、緇宗が率いる本隊だ。
 黒鷹は何の躊躇いも無く、出迎えに走った。
 今度は董凱も一緒だ。
 馬を駆けさせ、目的の人物が見えると同時に手綱を引き飛び降りる。
「緇宗っ!ありがとなっ!」
 いきなり駆け寄られいきなり感謝され、いきなり手を取られて緇宗は苦笑するばかりである。
 やや遅れて駆け付けた董凱の顔色が変わっている。当然だろう。
「ありがとうの意味が解せんな」
 緇宗はさっさと黒鷹の手を振り払いながら言い除けた。
 すると当然とばかりに答えが返ってくる。
「ここに来てくれた事に決まってるじゃん」
 味方――否、仲間として。
 長年、敵対してきた地と天が、今ここに初めて手を結んだのだ。
 黒鷹は何よりそれが嬉しい。
 緇宗は視線を逸らして鼻で笑った。照れの反動である。
 そして黒鷹の後ろの人物に目を留めた。
「あんたは――」
「元東軍総長の董凱と申す。娘が世話になった」
「娘?…ああ、そうなのか」
 二人が親子である事を初めて知り、納得はしたが。
「地では引っ捕らえて処刑寸前まで追い込む事を世話になったと言うのか?」
 董凱の言葉が皮肉にしか思えない緇宗。
 皮肉を皮肉で返したつもりだが、何故か笑われた。
「無論、そこから生かして返してくれた事の方だ。あんたという男、見直したよ」
「…そんなものか」
 まだ、理解出来ないとばかりに低く呟いた緇宗に、董凱は頷いた。
「そんなモンだ。あんたも子供持てば分かる」
 緇宗の口元に微苦笑が浮かぶ。
 あの子が居れば、こんな未来は有り得なかったろう。
 董凱は続けた。
「あんたは国王として当然の処刑という選択を選ばず、人としてこの子達を逃がしてくれた。だから俺は感謝するのさ。あんたが人であった事にな」
 言って、緇宗の肩を叩いて笑った。
――人…か。
 この親娘を見ていると、久しく忘れていた感覚にとらわれる。
 上からでも下からでもなく、同じ目線の立場からものを言われる事。
 この十数年、そんな事は無かったのでは無いかと考え、ふと思い直した。
 楜梛が居るじゃないか、と。
 それと同時に、長い間、彼の存在を自ら喪失していた事に気付いた。
 最後に楜梛とこの様な対話をしたのは、いつだったか。
――それ故に離れたのか…
 いつしか『人間』を失っていた自分を見兼ねて、親友は離れざるを得なかった。
 愕然とした。
「緇宗、俺達も一緒に出発するから早く行こうぜ。縷紅に全部片付けられちまう」
 黒鷹の声で我に返った。
「ああ。アイツに手柄を全部やる訳にはいかん」
 本心を悟られぬ様、冗談で返す。
 黒鷹は無邪気に手を振って走っていった。
 その姿に、新鮮な感動を覚えた。
 あの時、赤く染められた運命さえ無ければ、こんな光景が日常となっていたかも知れない。
「たまには良いだろう?こんなのも」
 はっと振り向けば、細められた董凱の目と合った。
「血生臭い事ばかり考えてないで、血の通った事も考えた方が良い。ま、俺も偉そうに言えた立場じゃねぇが」
 緇宗は片頬で笑い、言った。
「東軍に縷紅をやって正解だったな」
 董凱は驚くふうも無く、冗談めかして即答した。
「そうだろう?」
 知っていたのかと言わんばかりに顔を見返す。
「…あの日、俺達が縷紅を拾うまで、陰から見てただろ?」
「気付いていたのか…」
「どこの誰かと思っていたが…今日はっきりしたよ」
 言って、踵を返す。
 黒鷹の後を追うのだ。
「あの子がどうあってもあんたの元に帰る理由、やっと解ってスッキリした」
 笑いながら遠ざかってゆく声に、緇宗は、何も言い返せなかった。

 天と地の軍は並んで進行した。
 先頭には黒鷹と緇宗がそれぞれ立った。
 国王として、王国として、最後の進軍だった。
 この戦が終わる時、それぞれの国は、一つになる。
 誰もがそれを確信する行軍となった。
 歩調を合わせ、肩を並べて。
 争い合っていた事実が遠い昔の事の様に。
「これからは、みんな揃って戦えるんだな」
 鶸も感動しているらしく、目を輝かせている。
 黒鷹は笑って頷き、しかし“戦い”はこれが最初で最後であれば良いと考えていた。
 それが隼との誓いであり、夢でもあり、共に戦を始めた本当の目的だ。
 そんな黒鷹の内心を知ってか知らずか、鶸は呟いた。
「隼も居れば良かったのに」
 黒鷹は微かな、寂しさの混じる笑みで鶸に応えた。
 この場に居たら、彼は何と言うだろう。
 或はこの戦が終わった時は――?
 その言葉を、聞けるだろうか。
「あ、あれ!!」
 鶸の声で意識を目前に戻す。
 彼が指差す先に、松明の群れがあった。
 こちらに近付いてくる。
「敵軍か…!?」
 黒鷹は身構えた。
 だが横から否と呟く声があった。
「どうやら、味方のようだ」
 振り返ると、にやりと笑う董凱が居た。
「アイツら、もう終わらせやがった」
 “アイツら”とは誰だろうと黒鷹が目を凝らす。
 松明の光に反射して、赤がちらりと見えた。
「…早っ!」
 もう本営を制圧してきたのか。
 そう考えると思わず叫ぶのも無理は無い。
「あれ、じゃあ…もしかして…」
 敵の本営が無くなった、と言う事は。
「戦、終わった?」
 間抜けにポカンとした顔で黒鷹は呟く。
 こちらを仰ぎ見た鶸の口も半開きだ。
 待ち焦がれていた筈のこの瞬間が、余りにも呆気無さ過ぎる。
 尤も、縷紅が終わらせてくれて悪かったとは思わないが。
「なんだぁ、終わったのかぁ」
 鶸は露骨に肩を落としている。
「そうガッカリするなよ鶸。めでたい事じゃん!」
「そうだけどさぁ」
「これで戦が無くなるんだぞ。喜べよ!」
「そうだけどさぁ」
「平和な世の中になって、お前は好きなだけ飯が食えるんだぞ!」
「…そうだけどさぁ」
 飯には迷いが入った鶸。
 そして、気持ちは十分解るが不謹慎とも取れる一言を発した。
「なんか、寂しいんだよ。これで終わりって思うとさ。どうせなら皆で終わらせたかった」
 隼、鶸と再会し、縷紅と出会って。
 世界を変えると決め、仲間を集めて。
 戦が始まり、後悔したり、悲しみに沈んだりしながらも、ずっと走っていた。
 この、終着点まで。
 もう走る事は無い。それでも。
「馬鹿だなぁ。何にも終わっちゃいねぇよ。これは始まりだ」
 黒鷹は晴れ晴れとした笑みで言った。
「え?」
「世界を変えるのは、今からが本番だ。そうだろ?この戦で、やっと、スタートラインに立ったんだよ」
「そう…かも知れないけど」
 鶸は到底、納得したと言える顔ではない。
「これからは俺達がやる事なんて無いだろ?俺達の夢なのに、何にも出来なくなる…」
 黒鷹は手を伸ばして鶸の背中を叩いた。
「そんな事無ぇよ」
 力強く言った。
「俺達はこんなに動き回れるんだ。時間も沢山あるし。そりゃ今は頭悪くて政の役には立たねぇけど、他に何か出来る事はあるだろ。だって、今はみんな俺達の味方なんだから。みんなに知恵を借りて助けて貰えるし、俺達がみんなを助けられる事も、きっとあるだろ。俺達に出来ない事は無いよ。夢はまだ、続くんだ」
 隼は言った。前を向いて歩け、と。
 その言葉に応えるとしたら、きっとこういう事だ。
「…そっか」
 やっと、鶸は納得した。
 黒鷹は笑って頷き、言った。
「縷紅達を迎えに行こう」
 二人は馬に鞭を入れた。
 董凱の止める声があったが、耳に届いていない。
 二騎のみが突出したその時。
「危ないっ!!」
 後ろからの叫びと同時に、二人は刀を抜いていた。
 一瞬後、斬撃を跳ね返す。
 黒鷹は状況を見て、息を呑んだ。
 自分達に群がる、人。
 次々に襲う刃の一つ一つに力は無い。だが、不気味な程に己を狙ってくる。
「な…何だよ!?」
 鶸も戸惑っている。これは明らかに素人の刃だ。
 つまり、今襲っているのは、一般の民。
 黒鷹が刃を向けられない人々。
「な…!?やめろよ!!自分が何してんのか分かってんのか!?」
 叫んでも、耳を貸す様子は無い。
 恐らく、誰かが扇動している所為だろうが、今はここを抜ける事を何より考えねばならない。
 血を流さずに。
 しかし、そんなに甘い状況では無かった。
 数が多い。油断は命取りだ。
「クロ、今回ばかりは仕方ねぇよ!襲ってくる以上は斬らなきゃ!」
 鶸が叫ぶ。
「そうです!身を守る事を優先して下さい!これは戦です!」
 駆け寄ってきた縷紅も鶸に同調した。
 しかし黒鷹は断固として許さなかった。
「駄目だ、鶸!死んでも斬るな!斬ったら負けだ!!」
 そして縷紅に叫ぶ。
「戦は終わったんだよ縷紅!この世界から、永遠に無くなったんだ!だから…っ!」
 それ以上は言えなかった。
 群がる手で、黒鷹は馬から引きずり落とされていたからだ。
「クロっ!!――畜生っ!お前らぶっ飛ばしてやる!!」
 怒りに任せて刀を振り上げたが、人混みの中から声だけが届いて、鶸の手を止めさせた。
「待て鶸!俺は大丈夫だから怒るな!!」
「でもクロ…」
 鶸ですら盲目に襲って来る民にたじろいでいる。
 地面に這いつくばり、周囲を隙間無く囲まれ、逃げ道の無い状況で、それでも黒鷹は己の意志を曲げなかった。
 ここで斃(たおれ)るのも、それはそれで良いと思った。次代へ、新しい世界へ繋げる為ならば。
 今取り囲んでいる彼らも、いつかは理解してくれるだろう。己が刃を向けなかった事実とその意味を。
 縷紅なら全てやってくれる。思い残す事は無い。
 ただ、隼は。
 どんな顔をするだろうか。
「クロっ――!!」
 刀を振り下ろす民兵の、恐怖で引き攣っている顔が、何故だがくっきりと心に刻まれた。
 ――みんな、嫌なんだよな、やっぱり…
 ぼんやりと考える。その間にも刃は迫っている。
 最早、黒鷹は無抵抗だった。
 斬られるつもりで待った。
 だが。
 馬の嘶きと人々の悲鳴、そして鶸の怒号が黒鷹の諦観を破った。
「お前が死んでも負けなんだよ馬鹿ッ!!」
 馬から飛び降りた鶸が黒鷹に襲い掛かろうとしていた民兵を蹴散らす。
 しかし鶸はあくまで肉弾戦をしていた。刀は抜いていない。
 黒鷹の目前に頼もしい手が差し出された。
「お前のワガママに付き合えるのは、世界で唯一俺様だけだからな」
 黒鷹は吹き出した。
「なんだよその自負」
 手を取るとぐっと引き上げられ、二人は互いに背中を預ける形で構えた。
「諦めんなよ。まだどうにでもなる」
 こんなに頼もしい奴だったっけ、と一瞬考えた。
 似合わなくて何だか可笑しい。
 だが、すぐに考え直した。
 俺はいつも頼ってた。無意識だったけれど。
 彼の、心の強さに。
「ああ。…ありがと、鶸」
 鶸は「どういたしまして!」と叫びながら、突撃を開始した。
 あまりの勢いに民兵が怯んでいる。
 その様を笑い、黒鷹も拳で戦いだした。
 道が、開ける。
 外側からも縷紅や董凱らが大きな傷を与えぬように民兵を引き付けている。
 二人の前から徐々に人影が減っていった。
 黒鷹はじりじり後退してゆく彼らを追い掛けず、手を止めて語りかけた。
「もう戦は終わったんだ」
 反応は無い。疑いの眼差しが向けられるだけ。
「もう、止めにしないか?」
 やはり、反応は無い。
 黒鷹は困り果て、頭をがしがしと掻いた。
「どうやったら分かってくれるんだよ…」
「実力行使あるのみ!じゃねぇの?」
 鶸が何だか楽しそうに言ってくれるが、黒鷹は顔をしかめた。
「えー…」
 その時、林の中から、また民兵ふうの人々がわらわらと現れた。
「新手か!?」
 鶸が構えるが、黒鷹はそれを片手で制した。
 彼らは武器を持っていない。
 そしてここに居た民兵達に口々何か言っている。
「王はもう居ねぇよ」
「俺達は解放されたんだ」
「もうこんな馬鹿げた事はやめちまえ」
 鶸が目を丸くして、どういう事かと言わんばかりに見てきた。
 黒鷹は不敵な、それでいて嬉しそうな笑みを浮かべ、頷いた。
 二人の元に、三人の男が駆け寄る。
「おめぇの言った通りにしてやったよ」
「もう皆、戦は嫌だったからな、助かったよ」
「これでもう戦しなくて済むんだろ?」
 黒鷹は深く頷いた。
「ああ。もう二度とな」
 彼らは満足げな顔をして踵を返した。
 鶸がますますキョトンとした顔で黒鷹を覗き見る。
「…今の、誰?」
 黒鷹は悪戯っぽく笑って肩を竦める。
「な…!?教えろよぉーっ!?」
 鶸が叩こうと手を伸ばした。
 が、その手は宙に止まって。
 顔に、これ以上無い驚きが張り付いている。
 黒鷹が、それらを見て疑問に思ったその瞬間。
 己の身に、刃が刺し貫かれていた。




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