RAPTORS 7 消化不良。 ここの食事も消化し難いが、黒鷹はこの環境自体に、消化不良を起こしている。 ここに来て二日、もうすぐ夜半だろうか。慣れてもいい頃だが、これは慣れられる状況じゃない。 寝ても覚めても真夜中。目は冴え冴えとしている。 「眠れませんか?」 阿鹿の声を聞いて、無意味にごろごろとうち続けていた寝返りを止めた。 「阿鹿、何でもいいから光ちょーだい」 「残念ながら、私も欲しいくらいです」 精神攻撃かと疑いたくなるような、闇。 光が恋しい。 「俺達は夜目が利かないって事ぐらい、解ってもらえねぇのかなぁ?」 「囚人に光の差し入れなんて珍しいですね」 「黙ってろ」 だがそこは黒鷹のしつけ係、黙れと言われて黙る様な阿鹿ではない。 「眠れない理由はそれだけですか?」 「――」 「隼が心配で?」 「心配じゃねぇワケ無いだろ。お前は心配してないのか?」 「いえ――ただ、不思議で」 「何が?」 「昔から思っていたのですが…何故彼にそこまで肩入れするのか…」 「悪いか?」 「いくら側近と言えど、家臣の一人でしょう。確かに歳は近い、しかし何故彼が王子の側近なのか、そこから不思議で…」 平民だが幼くして王城に出入りしていた。歳も歳だが、あの容姿で。 「阿鹿」 「はい」 「てめぇの目もフシ穴だな」 鶸と同じらしい。 「俺とアイツの仲くらい、世話役なら知っておけ」 「…は」 「隼は俺が六つの時から側近だった。確かに異常な幼さだよな。でも、側近ってのは肩書だけだよ」 「肩書だけ…ですか」 「お前が城で仕える前の事だから知らないだろうけど、隼の“側近”は母上が命じた…いや、司祭に頼んだんだ。一度俺と隼を会わせてくれ、ってな。その前から母上は隼と会っていたらしい」 黒鷹は、目を伏せる。 「兄上が死んだのは、その前の年だ。隼と同じ二歳上だった…」 「――!」 「分かるだろ?母上が何故俺に隼を会わせたか…」 「…兄弟として…?」 「いんや」 黒鷹は、首を緩く横に降って微笑した。 「マブダチ、だな」 親友。最高の。 「俺は隼が兄上の代わりだなんて思いたくない。肉親は肉親だ。それを抜きにしても、俺は兄上が好きだった――」 それ故に、失ったものは大きかった。 母が連れて来た“一人の他人”を見て、思った。 ――おなじだ―― それは多分、己が隠していた心の底の孤独。 あの時、独りは、二人になった。 「俺と隼の仲は、お前なんかには斬れない」 「それは――」 「この間の厭味」 「…まだ言いますか」 「一生使ってやるから覚悟しろ」 くっくと笑って、黒鷹は立ち上がった。 「王子――?」 阿鹿が怪訝そうな顔をする。 「いつまでもこのままって訳にはいかねぇし…」 すらりと、服の中から長い物を出す。 「俺って、結構短気なんだよな」 柄を握り、抜く。 闇が闇を吸い、更に黒い。 「新月…」 阿鹿が刀の名を呼ぶ。 「一体、今までどこに…?」 「服の中は案外、見つかりにくいモンだ」 新月――この宝刀は、己より硬い物でなければ何でも斬れる。 その代わり、使い手にかなりの腕が要求される。 ゆっくりと構え、そして―― ――がつん!! 鉄柵の一本が切れた。だが。 「王子…!」 「んあ?」 「足音が――!」 ぱたぱたと、複数の人間が近付いて来る。 「げっ!!」 黒鷹は刀を鞘に戻そうとした。が、ビクともしない。 柵と柵の間に、刀がはさまっているらしい。 「〜〜やっべぇ!!」 引けど押せど、刀は動かない。 足音は間近に迫る。 「王子ぃ!!」 悲鳴と化した阿鹿の叫びと共に。 抜けた。 着いた。 反動で後方に転がった黒鷹を、多数の驚愕の目が目撃する。 「いってぇ…」 やっと、刀を鞘に戻したのだが。 「刀だ!」 「そんな馬鹿な…!武器は全て取らせた筈だぞ!」 そうやって、ようやく黒鷹は一歩遅かったと気付く。 本末転倒、である。 「あ、え〜と…」 彼は決まり悪そうに、言い訳を考えた。 「ちょっと体鈍ってさぁ…。素振りしてたんだよ。ほらぁ、こんなモンで脱出出来る訳ねぇだろぉ?」 「…バレバレですよ、王子…」 「ん、何がぁ?」 あくまでばっくれる黒鷹。 「だあって、その柵って鉄だろぉ?刀で鉄が切れるワケ…」 「切れてます」 「………」 一人の男が指差した箇所を、他の者も見遣る。 「まぁ、良い…」 その中でもリーダー格らしい男が、黒鷹に視線を投げた。 「総帥からの命で、貴殿をここからお出ししますが――」 「えっマジで!?出してくれるの!?」 「武器を使われる事があれば、敵と見なします」 「はーい」 鍵の音がして、柵は開かれた。 「阿鹿は?」 出て来ながら、黒鷹は訊く。 「お二人とも、賓客として王宮にお連れします」 ほころんだその顔は、すぐに元に戻った。 「隼は、どこに…?」 「隼?」 男は振り返る。 「そのような者は、存じませぬが」 「――」 「それにしても」 黒鷹は顔を上げる。男の穏やかな笑みが見えた。 「地の王子とお聞きしましたが、普通の子供と変わりませんな」 「何だそりゃ」 「失礼、総帥には子供が無いので…」 「総帥…今の王、か?」 「ええ、その様なものです。世継ぎが居ないので、皆、気にかけているのですが…」 「もう歳いってんだ」 「ええ、まぁ…。養子でも取って下さればいいのですが」 ガス灯の光が眩しい。 闇から出ると、想像以上に栄えた根の街があった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |