RAPTORS 13 乾いた枝のぶつかり合う心地好い音が野原に響く。 陣営の近く。空は澄み渡り、隣には小川がさらさらと流れている。 そんな中で三人の少年――と言うと語弊が有るが――が、枝を使って刀の稽古という名目で遊んでいる。 その三人と言うのが、言わずもがな鶸と黒鷹、そして最近軍に入った慂兎(ゆと)と言う少年だ。 軍に入ったと言ってもまだ十二、三歳ほどの子供で、地の民が隠れる王城跡に暮らしていたのだが、是非とも軍に入りたい、一緒に戦いたいと言って聞かないらしい。 どこかで聞いた様な話に黒鷹と鶸が乗ってきて、実戦に出す訳ではないが俺達で稽古してやろうという話になった様だ。 三者三様、気が済むまでの遊びである。 慂兎はなかなか太刀筋が良かった。志願してくるだけの事はある。 それだけ年長の二人も遊び甲斐があるというもの。 流石に手加減しているとは言え、遊びには本気だ。 「ちょ、慂兎お前、そんなに強いなんて聞いて無ぇぞ!?」 「お前が弱いんだって、相手になりませんって言ってやれ慂兎!」 黒鷹が叫べば、鶸が茶化す。 慂兎は相手が誰なのかよく解っているから、笑うだけなのだが。 「な!俺より弱い癖によく言うよ鶸!!」 「いつ誰が決めたんだよそんな事!?」 「百戦百勝、いっつも俺が勝ってるからだろう?」 「そりゃ口でだろ!!」 「お前ら、慂兎が一番強いって認めれば?」 木陰から隼がまぜっ返す。 「なんでだよ!?そりゃおかしな話だ!!」 「そうだよ!!俺達が稽古してやってんのに!!」 「遊んで貰ってるの間違いだろソレ」 言い合いながら打ち合いも続いていたが、黒鷹が一抜けて隼に近寄って来た。 「口出すだけじゃなくてお前もやれば?」 「やらねぇよ。ガキじゃあるまいし」 「せっかく治ったのに」 ぷう、と頬を膨らませる。完全に子供だ。 「んな事の為に治したんじゃねぇの」 「でも俺達に付き合ってんじゃん。本当はやりたいならそう言えば良いのに」 「馬鹿言ってんじゃ…」 突然背後から頭を鷲掴みにされ、隼は途中で言葉を切らざるを得なかった。 「遊ばなきゃ体力も戻らねぇぞ?」 振り返れば、鷲掴みの犯人は董凱だった。 「余計な世話ですよ」 露骨にしかめっ面をしながら手から逃れる。 「素直じゃねぇよなぁ?」 「ねぇー?」 仲良く同調する父娘に、隼のしかめっ面度は更に上昇。 これみよがしに頭を払いながら、しかめっ面なまま訊いた。 「なんか用ですか」 相当ぞんざいな物言いである。 董凱はそんな事気にする風も無い。 「来たぜ」 「何が」 「お前のおふくろさん」 「……」 流石に隼はそれ以上言い返さず、しかししかめっ面は崩さないまま、取るべき行動に移った。 黒鷹も慌てて鶸を呼ぶ。 「根の皆々様が来たってよ!!」 「マジか!!」 慂兎の枝を弾き返して、鶸は黒鷹に走り寄った。 「悪いな慂兎!今日はこれまで!!大人しくおっ母さんの所へ戻れよ!!」 慂兎はちょっと納得のいかない顔はしていたが、二人とも走り去ったので、すごすごと城跡へ戻って行った。 既に根の軍は陣に入っており、宿営の準備に取り掛かっていた。 光爛は本営の天幕に招かれており、卓に着いて朋蔓からこれまでの戦況を聞いていた。 「子供達を連れて来ましたよ」 董凱がまず入る。 「いやいや子供は隼だけでしょ」 鶸がツッコミを入れながら続いて入る。 「てめぇら否定すんのかよ。あんなに遊び回ってた癖に」 隼は聞き流せず鶸に物申すが。 「この場合、ガキじゃなくてホントの子供って事だろ?なぁ光爛?早い到着で良かったよ、大変だったろ?」 黒鷹があっさり纏めて光爛に挨拶。 彼女は微笑して返した。 「隼にもしもの事があってはと思い急いだが――黒鷹、お前のお陰だな。感謝する」 「ま、かなり危なかったけどな」 黒鷹はからっと笑う。 光爛は頷いて、隼に向いた。 「元気そうで良かった」 「……」 もごもごと口の中で言って、そっぽを向く。 「ったく、素直に言う事言えば良いのに。あ、そうだ。鶸の事まだ紹介して無かったよな」 黒鷹は言いながら鶸を親指で指し示した。 「これが新しい地の王だから。よろしく」 「ずいぶん軽いなぁオイ…」 張本人から苦言が漏れるが、黒鷹は聞き流した。 光爛は顎に手を当て、何か思案している。 「先王の甥御になるのだろう?」 「うん。俺の従兄弟。血は繋がって無かったけど」 「ちょっと似てんのになぁ?」 「血の繋がった従兄弟だって思い込みながら育ったからじゃない?」 「そんなモンなのか?」 二人の会話を余所に、光爛は低い声で一言、呟いた。 「成程、父親に良く似ている…」 くっちゃべっていた二人が、止まった。 ぎこちない動きで、首を光爛に向ける。 「…知ってるのか?」 「俺の、親父…」 光爛は、頷いた。 「何で…?何処で…!?」 問う声に右手を翳し、告げた。 「手を結ぶ以上は真実を話そう。その上でどうするかは、お前達次第だ」 「どういう事だ」 固まる二人に代わって隼が食ってかかる。 光爛は哀しく微笑した。 「お前に蔑まれる事になっても…過去の膿は今出した方が良いだろうからな」 「話してくれ」 鶸が顔を上げて、きっぱりと言った。 「それは…親父が死んだ事に、関係有るんだな?」 光爛は再び頷いて、話し始めた。 「私が根を治めるようになって最初に着手した事は、地を攻める為の道を通す事だった」 「あの…北帰島の道か」 「そうだ。道が通れば当然、向こうの統治者は黙ってはないだろう」 「それが、親父…?」 光爛と、当時島を納めていた鶸の父親は、鶸がまだ産まれて間もない頃に会っていた。 流石に最初は光爛に警戒していた様だが、彼女は敵意は無いと伝え、ある提案を持ち掛けた。 「もしかしてそれが…」 黒鷹は呟く。あの時の情景を思い返しながら。 「地を、乗っ取れと、私は言った」 「提案じゃねぇ…脅しだろう、そんなの」 隼が冷たく言う。 既に道は繋がり、光爛はいつでも地に――それも、北帰島に、攻め入る事が出来るのだ。 「島民を犠牲にするつもりだったのか?」 「いや…私はそんな事は言っていないが…彼はそう察したのだろう」 元々、王と州侯――兄弟の関係は冷えていたのだ。 守るべきもの、犠牲にするべきものは、決まっていたのかも知れない。 州侯は、王に刃を向けた。しかし失敗し、捕えられ――処刑された。 「…何にせよ、アンタが差し向けた様なモンだろ」 「蔑むのなら、蔑めば良い。しかし」 「解ってる。解ってるよ」 隼が言った時。 ひゅっと、空気が鳴った。 続いて、がちん、と鋼のぶつかる音。 「…鶸…!!」 隼が鶸の力に押されて、刀を両手に持ちながら言った。 「意味が無ぇだろ…!!頭冷やせ!!」 両手でも持ちこたえられない。 しかし受け流せば確実に刃は光爛へ届く。 手が、痺れてきた。 「鶸っ…!!」 黒鷹が横から鶸の刀を持つ手に、手を添えた。 「やめろよ。隼斬っちまっても良いのか?お前」 「……」 黙ったまま、刀を鞘に戻す。 それでも、隼を睨んでいた。 「…お前に解るかよ…!?」 踵を返して。 鶸は天幕から出た。 黒鷹は隼を振り返って、無事を確認する様に頷き、鶸を追った。 隼は切れる息を押さえられずに居た。 あの馬鹿力め…!!と内心で毒付き、刀を鞘へ戻す。 「…済まない」 後ろからの声に、睨めつける目だけを遣った。 「勘違いするな」 言って、背を向け出口へと向かう。 「アンタの為じゃない」 隼も天幕から出た。 消えた背中を、光爛は見詰めていた。 「すまねぇな、ウチのガキ共が」 半笑いの声。董凱だ。 「いや…。ここまで導いてくれた事、礼を言う」 光爛は出口から董凱へと視線を移し、微笑した。 「なあに、俺は何もしちゃいねぇよ。父親失格ってぐらいな」 「そなたが失格ならば、私は母と名乗れぬな」 二人の親は顔を見合わせ、笑った。 「ま、手元に置けなかったのはお互いだ。でもまぁ、アイツらは親なんか居なくても、転けながら自力で走ってきた」 光爛は再び、子供達が去って行った出口に目を遣る。 漏れる外光が、輝いている。 「今度もまた、アイツらなりの答えを出して来るだろう。心配無ぇさ。何処まででも走って行ける奴らだから」 「…そう…だな」 そうでなければ、この戦も有り得なかった。 そして今ここに、光爛自身が居る事も。 全て彼らが動かして来た事だ。 運命は残酷なばかりではない。 時にはこんなにも優しく輝く事を。 光爛は今、改めて感じていた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |