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RAPTORS
14


 愕然と、燃え落ちる城を見ていた。
 向かわなくては――そう頭で分かっていても、足が動かず。
 火の中に飛び込んでも無駄だとは、思わなかった。
 主が――黒鷹が、あの中に居るという事実だけが。
 そこに行かせたのは、自分だ。
「っは…――!!」
 酷く息苦しくて目を覚ました。
 夢だ。六年前、敗戦したあの時の。
 鼓動が早い。呼吸を繰り返すのがやっと。
 意識が徐々にはっきりしてくる。
 それと共に蘇る、後悔。
――行かせるべきでは無かった。
 どうして根が安全と言えるだろう。
 俺達を潰そうとしている連中も居る。
 何より光爛を信頼して良かったか――?
 尽きない焦燥。
「隼ー?」
 天幕が開き、鶸が入ってきた。
 それでやっと、隼はもう日が高い事を知る。
 どれだけ眠っていたのだろう、と頭の隅で素朴な疑問を抱いた。
「あ、起きてたんだ」
 近くに来て目が開いている事を確認し、鶸は意外そうな顔をする。
「…知ってて来たんじゃねぇのかよ」
 渇いた口元からは小声しか出ない。
「俺ちょくちょく様子見に来てたけど、お前ずっと寝てるんだもん。またかと思ってた」
「…どれだけ寝てた?」
 問いに、鶸は腕を組んで上を見、考える。
「えーと、昨日…はずっと寝てたぞ。寝てたって言うか、朦朧としてたって言うか。だから、一昨日ぶり。俺の事覚えてっか?」
「馬鹿にすんな、ったく…」
 悪態はついているが、声は酷く不安気になった。
 思っていた以上に時が経っていた。それは、何か不気味で。
「…もう、時間無いのか…」
 小さく呟いた言葉は、鶸には聞き取れなかったようだ。
 小首を傾げられたが、「何でもない」と流した。
「クロは…帰ったか?」
 問えば、何故か、笑われた。
「何だよ」
「いや、お前そればっか…譫言でも言ってたぞ?」
「…仕方無ぇだろ」
 何がどう仕方無いのか、隼自身にも説明出来ないが。
「心配し過ぎだよ。アイツの事だから今にも帰って来るって」
 鶸らしく楽観的な意見。
 だが旧知の隼は、どこかいつもと違う彼を感じ取っていた。
 黒鷹の事ではない。鶸は嘘は吐かない。
 だとしたら――俺の所為か…
 昨日、どんな醜態を見せたかは分からないが、鶸にまで心配させている事が痛ましかった。
「…そうだ、お前に紹介したい人が居るんだ」
「紹介…?」
「うん、根のお医者さんなんだって」
 医者?と聞き返すと鶸は頷いて、天幕から一度出て行った。
 すぐに一人の初老の男を連れて戻って来る。
「お前の事診てくれるってさ。良かったな」
「お前…」
 とりあえず男を一瞥し、視線はまじまじと鶸へ。
「何?」
「ヒマ過ぎるだろ。王の癖に」
「……なっ…」
 あまりの一撃に鶸は絶句した。
「お前、医者の紹介なんか王の仕事じゃねぇだろ、普通に考えて。ヒマなんだろ」
「うるっせー!!人の親切に暇ヒマ言うな!!」
「図星だろうが」
「だって董凱達の話聞いても小難しくて分っかんねぇんだもん!!」
 つまり縷紅達が天に行ってしまい、鶸には話し相手が居なくなった、という事。
 隼の元に入り浸ざるを得ない王さま。
「やれやれ…早い所クロが帰りゃ良いな」
「本当だよ、もう!!」
 黒鷹に八つ当たりし兼ねない勢いだ。
「って言うかお前が起きてりゃ…」
 言いかけて、鶸は言葉を飲んだ。
 流石にそれは酷だと自分で気付いて。
「…悪いな」
 隼は寝たまま、無表情で詫びた。
「診て貰って…早く元気になれよ!」
「風邪じゃねぇんだから」
 言い放って踵を返す鶸の背中に、笑いを含んだ言葉を投げた。
 天幕を開けて、振り返る鶸。
「…らしくねぇ笑い方、してんじゃねぇよ」
 隼が口元に笑いを残したまま、言った。
 子供のように唇を尖らせて、鶸は反論を探している。
 その様が鶸らしくて、隼は――自分でも可笑しいとは思うが――少し安心した。
「また後でな!!」
 ついに反論は見つからなかったらしく、ぶっきらぼうに出口を閉じて鶸は去って行った。
 隼はふっと息をつく。
 らしくないのは、どう見ても自分の方だろう。鶸はそう言いたかったに違いない。
 ただ、言わせてやれない。
 この姿を、冗談にして笑い飛ばしてやれる程、自分には余裕が無い。
――俺の所為なのに。
 せめて鶸が自身の言葉を後悔しない事を願った。
 そして、残された男を改めて見る。
 白い肌、緑の瞳。顔の肉が痩け落ちて、深い影を落としている。
 その顔に何か引っ掛かる物を感じて、隼は目を細めた。
「名は?」
 問えば、意外な言葉が返ってきた。
「銘丁(めいてい)でございます。お久しゅうございますな、崔爛殿」
「…お前…」
 この男は自分の事を知っている。それも、己にも記憶に無い頃の事を。
 だが、俺もどこかでこの男を――
「…思い出した」
 言いながら、隼は枕元の短刀を引き寄せた。
「一度、俺を拉致しようとした…あの時に居たな」
「拉致とは人聞きの悪い。私は言いましたぞ、客人として扱うと」
「信じるかよ。…反総帥派と言ったな?俺を始末しに来たか?」
「その呼称は止めて頂きたい」
 隼は短刀を構えながら柳眉を潜める。
「…てめぇで名乗ったじゃねぇか?」
「分裂したのです。我々、王政派は彼らと意見が合わなかった。我々は地を滅ぼす事が目的ではない」
「つまり…反総帥派は地を狙っていると?天に協力する為にか?」
 銘丁は重々しく頷く。
「私は元を正せば陛下の腹心であった者です。陛下は地と和睦を結ぶ努力をしていた――それを裏切る訳にはいきません」
 隼は納得するが、まだ抜き身の刃を納めない。
「で?ここに来たアンタの目的は何だ?」
 先王の腹心となれば、当然光爛への恨みは深い筈。
 それは隼にも向き兼ねない。
「私は医師として貴方の元に参りました」
「…は?」
「ご安心なさい。この老体が貴方に手を下す事など出来よう筈が無い」
 いかに隼が弱っているとは言え――見た所彼は文官だったのだろう――武器を扱った事が無い老人にそれは無理だ。
 隼は少し考え、短刀を納めた。
「何が目的だ…?」
 刃は納めたが、警戒心は強まっている。
 相手の腹が、読めない。
「これをお持ちしました」
 褐色の瓶。中には液体。
「…毒薬か」
「ええ、考えようによっては」
「どういう事だ?」
 銘丁は瓶を差し出しながら、隼へ囁いた。
「これを飲めば症状を格段に緩和する事が出来ます。…ただし、根本的な治癒は出来ない。却って…」
「動き回れる分、毒を吸って死期が早まる…そういう事か」
 銘丁の言葉を継いで、隼が言った。
 睨む翡翠の隻眼。
「余程…俺を殺したいんだな」
 年輪を重ねた顔は、静かな微笑を湛える。
「私は貴方が産まれた頃から知っていた…。光爛は元々武官として宮仕えしていた者。旧知の仲でした…」
 隼には初耳だったが、驚きは少なかった。
 そんな気がしていたからだ。少なくとも、光爛は平民出身には見えない。
「裏切られたな」
「それは互いにでしょう。彼女の企てを知っても、私は素知らぬ振りで彼女に近寄った。情報を得る為に。…そして」
 ふっと、影の中にある目が遠くを見、それから言葉を繋げた。
「貴方を彼女の手から奪った」
 咄嗟に隼は声が出なかった。
 ただ、見開いた目で老人の顔を見詰める。
「彼女を揺すぶる為でもあった…何より、幼子が…大人の愚かしい行動など何も知らぬ幼子が、業火に巻き込まれては不憫で…。しかし恐ろしくなって私は、部下にその子を預けた。殺してはならぬと言い含めて」
「…それで、地に…」
「だが今は…光爛の世が続く事は許せぬのです。この様にただの老いぼれとなっても、私は陛下の臣下なのです…!」
 掠れる心からの叫びは本物だろう。
 隼にはその気持ちはよく解る。
 己がどうなろうと、一命を賭して支え、守りたい人が居る。
「…俺は光爛の後を継ぐ気は無い」
「しかし、その身体では…利用される事は十分に有り得ます」
「…そうか…」
 このままでは、意識だけが無くなる事も有り得る。既に身体さえ十分に動かせないのだ。
 ならば、光爛の実子という事実だけを利用し、裏で執政を操る者が出る可能性は高い。
「俺という存在は消えた方が…混乱の火胤が生まれずに済む…」
 伏せていた瞼を開き、手を差し出した。
「その薬、貰っておこう」
 渡された瓶。
 見た目以上に重く感じた。
「光爛へは手が出せないんだな?」
「ええ。警備も厳重な上、自身もお強い」
「いつか倒れる日を待つしかないか…。それで良い、俺達にとっては」
「戦の為ですか?」
 隼は頷く。何としても再び根を味方にして、勝たねばならない。
「…栄魅を奉じる気か?」
「はい。しかし姫様は今、反総帥派の手中に…。我々の動きを牽制する為です」
 隼は舌打ちした。
「俺があの時…守り切れなかったから…」
「貴方様の所為ばかりではありません。それに、我々は貴方という切り札を手中に収める事が出来た」
「…有効とは思えんな」
 呟いて、瓶を掲げ、目の上に持って来る。
 中の液体が波打つ。
「…最期まで…闘って…死ぬだけだ」
 どんなに病に侵されても、信条に反する生き方は出来ない。
 誰かに利用され、自ら望む世界を崩すくらいなら。
 どこかで、微かに抱いていた未来への夢を――瓶の中へ、封じた。




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