RAPTORS
7
「さて、こちらは決まった様なので…私からもお願いが」
縷紅が切り出せば、鶸や隼からも疑問を含んだ視線が向けられる。
「董凱に軍師となって頂きたいんです」
「お前、それは――」
「若輩者の出る幕じゃありませんから」
何か察した隼が言うのを遮り、真意の読めない笑みを董凱に向ける。
受けた董凱は、探る様な目で縷紅を見、言った。
「良いだろう」
縷紅は礼を言い、朋蔓に向いた。
「そういう事ですので、異存はありませんね?」
集まる面々からは特に反対も出ず、朋蔓は頷いた。
「では、今日の所はお開きとしよう。進軍の詳細が決まり次第、次の軍議を開く。――以上、解散」
出口へと流れる人の波。
しかし、その場を動かない董凱、朋蔓、旦毘。
特に董凱は、先程からの探る様な視線を縷紅に向けたまま。
他の者が全て外に出たのを見計らって、縷紅が口を開いた。
「…何か?」
董凱がにやりと笑って、ようやく視線を外した。
しかし沈黙と、重苦しい空気が続く。
乾いた咳が、響く。
小さく溜息を吐いて、縷紅は鶸に向き直った。
「隼を連れて、先に天幕に帰っていて下さい。ここは辛いだろうから」
「断る」
言ったのは鶸ではなく、隼。
「俺の居ない所で話進めようとしてんじゃねぇよ」
緑の目を見る。
全て察した様だ。
己が原因だと言う事を。
「…では、天幕へ場所を移しましょう。貴方達の文句はそこで聞きます」
「別に、文句って訳じゃねぇけどな…」
董凱が苦笑し、一行は動き出した。
殆ど、寝台に倒れ込む様だった。
それでも意識は手放すまいと、態勢を立て直して体を起こす。
「隼、貴方を置いて話を進めたりはしませんから、今は…」
「嫌だ」
“休んだら”の“や”すら言わせて貰えない。
「それよか、さっさと進めろ。俺だっていつまでも持たない」
当然の様に自己中心。
「大体、俺はそこまでしろと言った覚えは無い。進軍の中じゃ私的行動は取れないなんて下らねぇ事言うのか?」
「…いいえ。そんな事ではありません」
「じゃあ…!?」
「間に合わなければ元も子も無い、それに」
隼は鋭い眼を更に細める。
縷紅は、迷いのあった目に覚悟を宿らせ、東軍の三人を見た。
「私自身のけじめを付けたい。皆が進軍する前に」
朋蔓は難しい顔をしているが、董凱はいつもの余裕ある表情を崩さない。
旦毘は――目を合わせようともしない。
「蔑むなら蔑んで下さい、隼。貴方の願いとは別の所に私の覚悟は有る」
「別に、それなら…止めやしない。アイツさえ助けるって言うのなら」
「…それは」
一瞬、詰まらせた言葉の隙を突く様に、旦毘が冷ややかに告げた。
「それをコイツに期待しない方がいいぜ、隼」
瞬時に空気が張り詰める。
緑の眼は、感情を映さず、縷紅を見、旦毘へ。
「斬るんだとよ」
短く、しかし十分な侮蔑を込めて、旦毘は言った。
「…隼」
何か取り繕わねば、と縷紅は口を開く。
隼の伏せられた眼は感情を伺わせない。
「違うってのか?その口で言った事だろ?」
「そうですが…」
「都合の良い事だな。隼の前では違うって言いたいのか?」
「違うよ」
別の方向からの発言。
言い争っていた二人は、同時に鶸へ目を向けた。
「斬らないよ、縷紅は。な、隼?だから頼んだんだろ?」
「…ああ」
「ホラ」
低く漏れた返答に、少し得意げな顔で二人を見上げる鶸。
「斬りたくない奴は、斬らないよな。もう、縷紅は」
「……」
どう返したものか分からず、気まずい顔で隼を見た。
その視線を受けたかどうか、隼は言った。
「お前は戦に勝つ事だけ考えてりゃ良い」
「…と、言うと…?」
「緑葉が本当に裏切ったのなら、迷わず斬れ。お前はそれが出来るだろ?この国の為に」
旦毘が口を挟みかけたが、朋蔓が止めた。
縷紅は――はっきりと頷いた。
「お前に任せる。アイツの事と、この戦の事」
信じているから。
大事なもの――今の隼にとって最も大事なものを二つ、縷紅に託した。
口には出さないが、それだけ信頼している証だ。
縷紅が地の為にならぬと判断したのなら、緑葉を斬っても良い、と。
「緑葉が…私達の信じる彼ならば、必ず再び地へと戻します」
「…ああ」
「ただし、緑葉を助けるのならどうしても避けては通れない道だと思っています。緇宋と、刃を交える事…」
「お前の本当の目的はそっちなんだろ?」
「はい。申し訳ないけども」
「…別に、良いけどな」
二人の会話を黙って聞いていた董凱が、やれやれと苦笑混じりに呟いた。
「俺達がどうこう言える話じゃねぇな。いくら止めても意味無ぇんだろ」
「だから、“文句は聞きます”って言ったじゃないですか」
「文句垂れて収まる腹じゃねぇけどなぁ…」
董凱が溜息として吐き出す苦みを、縷紅は微笑して受け止める。
「好きにしろよ。お前のけじめだって言うんなら、俺達は口も手も出さねぇ」
「そうだ――勝手にしろ」
旦毘がそっぽを向いたまま言い放つ。
「それでお前が帰って来なくったって、当然だって蔑んでやる。裏切者に相応しいじゃねぇかってな」
「やめろ旦毘」
叔父の叱る声。
縷紅を睨み、また背ける。
「ええ…構いませんよ?私は貴方を裏切ってばかりだから。…でも、貴方が気付かせてくれた。貴方達に協力を請おうとしていた私が、いかに甘かったか。この戦いは私一人で行くべきだという事…旦毘が教えてくれたんです。感謝、しています」
「嫌味か?」
「いいえ、本心です。貴方の優しさを裏切るのは、心苦しいけれども」
「――…」
縷紅は、旦毘、朋蔓、董凱を順に見据え、言った。
「行ってきます。もう一度、あの軍へ」
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