RAPTORS 11 「――とんだ茶番だな」 緑葉の腕の中で、隼は笑う。 「…喋るなよ。外の空気は良くないんだろ」 むっつりとして、緑葉は言う。 隼は尚も鼻で笑った。 「ったく、無駄な事を。こんな事したって、アイツらはお前が裏切ったとは思わない…馬鹿みてぇだけどな。お前の思う様にはいかねぇよ」 「…お前は?」 「俺も、下手な芝居は見飽きてる」 「よく言うよ」 緑葉は隼をその場に下ろした。 馬が木に繋がれている。 「隼――頼むから」 乗馬して緑葉は言った。 「お前があの人達を止めてくれ。俺一人で行かなきゃ駄目なんだ」 「そんな事、出来兼ねるな」 緑葉は薄く笑う。 「じゃあ皆が来る前にカタを付けるまでだ」 「馬っ鹿…」 隼は立とうとする。だが力が入らない。 緑葉は馬を回し、隼の正面に来る。 見上げる眼。 「心配するなよ。また…会えるから」 「あの世でか?」 緑葉は目を細める。 「ごめん――お前に会えて良かった。隼」 声が、遠くなる。 ――行ってしまう。 「行くな…」 引き留める声は、もどかしい程に力が入らない。 「行くな…!!お前が死ぬだけだろう…」 掠れ、消える。 届かない。分かっている。 「お前を殺すような…そんな世界にしたくて、俺は…戦を始めた訳じゃないのに…」 無理にでも起き上がろうとすれば、咳込み、血を吐いた。 影は、とっくに闇に呑み込まれて。 「隼っ!!」 縷紅と、騒ぎを聞き付けた旦毘が駆け付ける。 「大丈夫か!?」 背中を抱え起こし、口早に問う。 だが喋る事さえ出来ない。 「緑葉は――?」 縷紅の問いに、隼の指は緑葉の去って行った方向を指した。 それを受けて今にも走り出そうとした縷紅を、兄弟子は止めた。 「何やってる縷紅!!」 「今ならまだ間に合う…緑葉を追い駆けます!!」 「追い駆けて…どうする」 一瞬、彼は躊躇い、しかし言った。 「本気で裏切るのであれば、私の手で斬ります」 「なっ…!!本気か!?」 咳。血を含んだ痰が絡み、くぐもった音がする。 「おい…隼、大丈夫か!?」 喉の鳴る息をしながら、彼は縷紅に言った。 「ヤツに…裏切る気は無い…」 「……!!」 「とにかくコイツを中へ運ぶぞ!!頭冷やすのはその後だ!」 縷紅は、隼の指した方向を見つめ――頷いた。 旦毘が隼を背負う。 その背から、か細い声。 「…また俺は…。姶良と同じじゃねえか…」 「…同じ…ですか?」 「俺が殺すようなモンだ」 「貴方は…緑葉の行動の理由が解っているのですね」 隼は自嘲にも似た笑いを口許に浮かべ、旦毘の背に額を押し当てた。 「お前は裏切りだと?」 旦毘が問う。 「確証はありませんが…。緑葉をこちらに潜入させて情報を得る――緇宗がやり兼ねない方法です」 かつての師の顔を思い浮かべながら、小さく付け足す。 「実際、私だって…」 「…お前、まさか」 「違いますよ、…今は」 微笑み、辿り着いた天幕の扉を開けた。 旦毘が扉を潜り、寝台に隼を下ろす。 「…眠ったようだな」 旦毘が言い、踵を返す。 「一応、緑葉は探してみる。…お前は手を出すなよ」 「――!?それは…?」 意外な一言を問えば。 「裏切りじゃないと…俺も考えてるから。その緇宗って野郎がどんな奴でもな」 「…そう、ですか…」 旦毘は天幕を後にした。 心なしか、冷たい視線を残して。 縷紅も茘枝に捜索を頼もうと、天幕を去ろうとした。 「縷紅」 寝台からの呼び声。 「…起きていたのですか」 緑の眼がこちらを向いている。 「…心配しなくても、答えすら聞かず殺す様な真似はしませんよ」 「…ああ…」 応え、しかし何かを考えている。 眠った振りをしたのは、己に何か言いたい事があったのだろう。 それに気付いて、縷紅は枕元に足を戻した。 「…約束して欲しい…否、頼む……」 漏れ出た言葉は、彼に似つかわしくない。 「何を…?」 「アイツを…緑葉を、助けて欲しい」 縷紅の驚く顔を見て、隼は腕を伸ばした。 胸ぐらを掴み、顔を引き寄せる。 「アイツは俺の為に一命を捨てに行ったんだ…!!緇宗に近付き、刺し違えてでも殺す為に!!」 「……どうしてそれを…」 震えの襲う手を、下ろす。 「解っちまうモンって、有るだろ…」 逸らす視線。 縷紅は屈んでいた背を伸ばした。 「…貴方達の友情に、賭ける訳ですね」 隼は応えず、眼を閉じた。 「良いでしょう…緑葉は、何としても救います」 「…頼む…」 顔を覆う手。その手首を握る、もう片方の手。 震えている。 「隼、少し休んで下さい。何の心配も要りませんから」 「なあ…縷紅」 「はい…?」 「何人、犠牲にするんだろうな…俺は」 肩に掛けようとした手が、空で止まる。 「何人…俺の始めた戦の為に…」 「もう、貴方だけの戦ではありませんよ」 少し頷いたが、隼は続けた。 「最初はまだ背負える気で居たのに…もう、駄目だ…。怖い…」 「――」 「俺、もう、戦場に居る資格、無いな」 縷紅は止めていた手を、そっと隼の肩に置いた。 「貴方の居場所、他にどこが有ると言うのです?」 「無くて当然だろう…。死を待つだけの人間なんか…」 首を緩く振って、微笑む。 「黒鷹の側近、それが俺の居場所と言っていたじゃないですか。それは今、ここ――戦場だ。根行きを頑固に断って、ここで闘い抜く決意をしたのでしょう?」 「――でも」 「弱気になんてならないで下さい。隼という人は、もっと口が悪くて強がりで、怖い物なんか見る前にぶった斬る人だった筈ですよ?」 「…お前な…」 笑えば良いのか、怒れば良いのか。 「まあ、素直な貴方も嫌いではありませんが。寧ろ余計な詮索を入れなくて良い分、助かります」 「怒らせたいのかよ、お前」 「とんでもない。怒る体力が有るなら眠って温存しておいて下さい」 「…それが逆撫でするって、何で分からねぇかなぁ…」 尤も、本当に怒る体力は厳しいので、素直に眠る事にする。 縷紅は灯りを消した。 「緑葉は…姶良の様にはしません。絶対に」 闇の中で、誓う声がした。 天幕を出れば、闇が凝り固まったかの様な風が、頬を撫でて行く。 顔に掛かる紅の髪を振り払った。 ――犠牲。 天に居る頃なら、そんな言葉を省みる事など無かっただろう。 この、痛みは。苦しさは。 ここに居て、はじめて。 それは、幸せと考えるべきだろうか。この、身を切られる様な。 何か、暗い、重たいものを、押し付けられている感覚。 呼吸が上手く出来なくなる程に。 ――“理想の為に、こんなに犠牲を払うのか?” やはりお前は、何も変わっていない―― 「…そんな事は無い…」 声に出して呟く。そうしなければ、負けてしまう気がして。 呟きは、風に流され、消えた。 “犠牲”という語は、“罪”に結び付く。 あまりに後暗い過去がある。 だから、――彼らの真っさらな感覚が、眩しくもなる。 失ったもの。取り返せない時間。麻痺した心。 それらを払拭したくて、戦っている。 そんな――エゴでもあるのだ。 何かを信じていたいから。 [*前へ] [戻る] |