RAPTORS 10 足早に去ろうとする黒鷹に、宿営地の際で追い付いた。 「見送りするくらいなら、王様業やったらどうだ?」 追い付いた鶸に、黒鷹は笑いながら言った。 「…一言くらい、良いだろ」 「一言で済むとは思えないけどな」 重ねる揶揄に、鶸はむっとした顔を作る。 しかし直ぐに思い直したように、真剣に言葉を紡いだ。 「酷い事言った…ごめん」 「……」 言った側から鶸は後悔する事になる。 あぁあぁ、やっぱり笑いやがる、コイツ…と。 恨めしげな視線に気付いているかどうか、黒鷹は吹き出したまま笑っている。 「お前もビビりだなぁ」 「んなぁっ!?」 笑いの果てに出てきた言葉は聞き捨てならない。 が、意外でもあった。 「あれぐらいで俺が怒るとでも思ったかぁ?まさか落ち込ませたとでも思ったんじゃねぇだろうな?」 「…うぅ…お、お前みたいな神経図太い奴が、落ち込むなんて、思ってねぇよ!!」 図星なだけに苦しい応戦。 精一杯の攻撃も、「へっ」と笑われただけ。 「…もぉ、お前みたいなお転婆王子、知るか!!」 「…何か矛盾だらけの捨て台詞だなぁ…」 苦笑して、改めて向き直る。 「でも…まあ、お前が理解してくれた事は嬉しかった。だからその前の事は、帳消しにしてやるよ」 「へ…?」 「俺も一杯でさ…どうして良いのか分からない。だから今できる事をやる。…隼も、同じなんだと思う」 「そう…だな…」 「だからさ、隼の事も…解ってやってな。お前が理解してやらなきゃ、アイツも苦しいと思う。…俺達、ほら、親友…だからさ」 鶸は先程の互いの言葉を思い出し、考え、頷いた。 「アイツにも、謝んなきゃな」 黒鷹は微笑み、頷き返した。 「それでさ、あの書状?何て書いてあるの?」 「ん?これか?」 黒鷹が懐から出した紙に手を延ばす鶸。 しかし、そこは『親友』。 ひょいと、目的の物を持ち上げ、鶸の手は空振り。 「見っせねぇもーん」 「なぁっ!?」 「俺も見てねぇのに、お前なんかに見せられるかっての!」 「てっめ、俺王様だぞ!?そのくらいの権利…」 「王権の乱用は感心しねぇなぁ。王様のセンパイとして忠告しておいてやる」 「だぁ〜!!もうっ!!」 何度やっても空振る手を、拳にして宙に振り落とす。 黒鷹は笑いながら、振り回した書状を元通り懐へ戻した。 「…仲直りの文だと思うぜ?俺は」 「…そっか」 「届けなきゃいけない…だから、鶸」 「ん?」 「俺なるべく早く帰る気でいるけど…俺の居ない間」 アイツの事、頼む、と。 改めて、口にした。 「うん」と鶸は頷く。 「一人で行くのか?」 「ああ。人員裂く訳にはいかねぇし…」 「気を付けろよ」 真顔で言う鶸を、笑う。 「ンなのじゃねぇよ、俺ただのゆーびん屋さん」 「あっ、そうだよなぁ…じゃなくて!!俺でも分かるぞメチャクチャ危険な郵便屋さんだって事は!!」 「…郵便屋さんをツッコもうよ」 「お供連れてけ!!お供!!」 「要らねぇよ。戦いに行く訳じゃないんだから。…俺はただ」 鶸の向こうに目をやる。 必ず、また会えると、信じて。 「隼の気持ちを届けに行くんだ。光爛と、根の人達に」 「…また同じ様な事してんな」 鶸と入れ違いに入ってきた、呆れ混じりの声。 隼は隻眼を細く開ける。 「嫌われたいのか?」 「…性分だからな。仕方ない」 「仕方ないで済むなら良いけど…」 緑葉はそこに立ったまま、呟く。 「心配で目が離せないな」 「別に、てめぇが心配しなくても良い」 溜息に打ち消される会話。 黙ったきり、動こうともしない。 「…座れば?」 促して、その姿を見て。 初めてその違和感に気付く。 「…出て行く気か…?」 多くはないが、纏められた荷物。 外套を羽織って、今からでも旅に出る様相。 緑葉は黙したまま、隼を見つめる。 「天に…?」 応えない。追い詰められた様な視線を向けるばかりで。 「何か言えよ…」 ぐっ、と上体を起こす。 寝台に立て掛けられた刀を手に取った。 「無理、するな」 辛うじて自力で立ち上がる隼に、緑葉は漸く喋る。 「無理しなきゃいけねぇ時もあるだろ…誰かのせいで」 片手で刃を抜こうとして、その固さに戸惑う。 ここまで弱っていたとは。 それでも抜き放ち、緑葉に――切っ先を向けた。 「斬るか?」 「俺の役目はお前の見張りだからな」 逃がす訳にはいかない。 役目など無くても。 「…俺も…引き留められる訳にはいかない」 言うなり、緑葉は背を向け天幕を飛び出した。 「待てっ!!」 隼も続く――だが。 「ッ――!!」 外へ出た途端、待ち構えていた相手に捕まった。 首筋に刃を当てられている。 「悪い…ちょっと付き合ってくれ」 耳元の言葉。 「何の茶番だよ…!?」 見れば、前方に縷紅が居る。 剣の柄に手をやってはいるが、二人の態勢に手が出せない。 「そのまま…動かないで下さい、縷紅様」 緑葉は言い放つ。余裕すら感じさせる声で。 「おい…緑葉!!ふざけんのも大概にしろ!!」 手中で叫ぶ隼の声に、彼は囁く。 「ふざけてない。これが俺の任務だから」 「な…!?」 「縷紅様…貴方ならお分かりでしょう。何もかも、あの人の思惑だという事が」 縷紅は静かに頷く。 「貴方が緇宗の命により天に戻らねばならないと言うのなら…お行きなさい。但し隼を傷付けるなら、今ここで私が貴方を斬り捨てます」 「それは…保証出来ない」 慎重に、緑葉は一歩引いた。 「緑葉!!」 「動かないで!!貴方が動かなければ、隼は無事なまま返します」 縷紅は剣を握ったまま、見守るしかない。 緑葉はそれを確認する様に、隼を連れたままじわじわと下がり、闇に消えた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |