RAPTORS 10 「眠った…んですか?」 恐る恐る緑葉は問う。 「全く…こんなに深刻な事態になっているとはね…。もう少し早く気付くべきだった…」 茘枝は誰にともなく呟く。 そして立ち上がり、緑葉に向き直った。 「隼は君の事を信頼しているのね」 突然の言葉に緑葉は戸惑う。 「そんな事無いですよ…たまたま俺が姶良の弟だったから…」 「それだけじゃない、きっと」 茘枝は強く言って、緑葉の手を取った。 「隼は自分の弱みを見せる覚悟で、君をこの戦いに誘った…そうでしょう?私達にも弱い部分を見せようとしないのに。今でこそ国や種族を越えた世界を作る事を理想としているけど、隼自身がそれを誰よりも壁としてきた。つい最近まで天の人間を恨み復讐しようとしていた。君のお姉さんでさえ信じきれなかった部分はある筈。…それを、君が解いてくれた。天の人間である、君が」 「……」 「私からもそれを感謝するわ。…そして、今から…この子を、頼みます」 「――それは…!?」 「私は本陣の様子を見てくる。場合によっては参戦するわ。ただ、この子の言う通り、向こうの戦いも厳しい…。私もまた君達の許へ戻れるかは定かじゃない」 「――」 「だから、なるべく早く戻るつもりではあるけど、しばらくここに潜んでいて、もしも敗戦が判ったなら…二人で、生き延びて。お願い」 「分かりました…」 緑葉の手を放し、一歩下がって、笑んだ。 「無茶を言ってごめんね。でも、何も保証出来ない戦なの…」 「分かって…います」 理解していても尚、地に味方するのを、他人ならば愚かだと笑うだろう。 解ってくれなどと言うつもりは毛頭無い。 その理由。 彼らを通して知った、自らの中の大切な物を守りたいという想い。 失いたくないもの。 「お願いします」 茘枝はもう一度言って、振り向きもせず駆け出した。 その背が見えなくなるまで、緑葉はそこに立ち尽くしていた。 ――本当は。 そんなに誉められた物ではないだろう。 流れの末に、こじつけた理由でしか無いかも知れない。 自分なんて、そんなものだ。 ただ、憧れだけで。 「名実共に裏切ったな」 ふいに、声がした。 度肝を抜かれた。 後ろの木に背を持たせ掛けて立つ人物。楜梛。 刀に手をかける。 敵なのか。 まだ、味方なのか。 「こっちはやる気無いんだ。穏便に話そうや」 楜梛は両手を挙げ、ひらひらと振る。 ゆっくりと、刀から手を離す。 「何を話すと言うのですか?」 目を鋭くして問い掛ける。 「あんたが何をしたいのか、だよ」 「……」 「全く、縷紅と言いお前と言い、何を考えているのやら…」 「あなたには解らないでしょう。利を追う国に加わっている限りは」 「そういうお前には解ってんのかい?」 見透かした様に笑う。 この男こそ、何を考えているのか計り知れない。 「カッコ付けてみたはいいが、考えナシだったなんてお笑いだな。そのダチに何を吹き込まれた?」 「違う!!俺の意思だ!!隼は俺を救ってくれた…それに報いたい…それだけだ」 「コドモだねぇ。いや、純粋でよろしい事で」 「何が言いたい…!」 「友情は生きる糧にゃならんよ。一時の幻惑に過ぎんさ」 「…アンタらしくもない台詞だな」 「お前の上司が裏切るからさ」 「縷紅様を、恨んでいると?」 「もうアイツは救えない。そうと判ったら割り切るしかない」 「救えない?」 “それはどういう意味か”と睨む。 「赤斗が仕留めに出たぞ。今の力量ならどちらが勝つか…判るだろう?」 「さぁね?俺なんかには判りませんよ」 ふっと、楜梛の目が真剣なものになる。 「地に勝ち目は無い。今晩、お前達は生きる場所を失う」 「まだ決まってはない」 「強がっても後悔するだけだ。今のうちに天に戻れ。お前だけでも」 「そんな事、もう出来る筈が無い。する気も無い」 「お前の友人は本当にそれを望んでいるか?」 「…何?」 「お前が生き延びる為に、自分の命を差し出した――その覚悟を裏切る気か?」 「あんたに何が分かる」 「まだお前には天に戻って生き延びる手段があるという事さ。その首を貰い受ければ、な」 楜梛の言わんとしている事が見え、緑葉は言葉に詰まった。 それは怒りか。それとも迷いか―― 「……まさか」 全てを捨てて、生きていたいなどと。 考えてはいけない―― 「馬鹿馬鹿しい…」 だが、それが隼の望んだものならば? このまま二人とも死ぬとしたら? 眠る顔を見て、どきりと鼓動が高鳴る。 殺して生きるか。 死を待つか。 ――否。 「あんたの口車には…乗らない…」 「それでいいのか?」 「――消えてくれ!!」 哀れむ様な目で見遣って、闇に溶けた。 それを見届けてから、緑葉は脱力してその場に座り込んだ。 「これで…いいんだよな…」 返答の返らない問い掛け。 「お前は、生きて帰るつもりなんだよな…。それを、俺が奪うなんて、許されない…」 一瞬でも迷った自分にぞっとする。 ただ、本当にこのまま敗戦、そして死が待つのなら… 不安が胸に渦巻く。 生きていたいのではない。死が、怖い。 「お前は両方受け入れてるのにな…。俺は…ダメだな…」 死を覚悟した上で、生きようとする。 死を見たくないから、他の命を奪う。 戦はこの二つのせめぎ合いなのか。 夜が更ける。 戦いと死の闇が、濃さを増す―― [*前へ][次へ#] [戻る] |