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RAPTORS



 緇宗は自室で煙草をふかしていた。
「緑葉を行かせたそうですね」
 彼の前に一人、年若い男が居る。その男が扉の前に立ったまま言った。
「あんな子供に何が出来るとは思えませんが」
「そうだな」
 緇宗は目の前の人間に目を向ける事もなく、ただ美味そうに煙草を吸っている。
「では何故?捨て駒とでも言うのですか?」
「だが、お前よりは役に立つ事もあるかも知れん」
「…ご冗談を」
 明らかに不快そうに顔を顰めて男が言った。
 少しきついが整った顔をしている。二十そこそこを過ぎたばかりの青年だ。
 短く切られた髪は、赤い。
「これ以上、あの裏切り者を生かしておいて何になると言うんですか。まさかかつての弟子だからと言って情をかけているのではないでしょうね?」
 緇宗は煙草を銜えた。答える事など無い、と言うように。
「…奴はこの手で斬ります。あなたに何と言われようと」
 言い残して扉に手をかけた時、低い笑い声が響いた。
「何を…」
 鋭い目で、笑う男を見据える。
「嘗めてるな。仮にもこの俺が育てた男だ。簡単には死なんよ」
「俺が負けると?有り得ない」
「ま、やってみれば分かる。地に降りるが良い。少しばかりの土産くらい期待しておいてやる」
「言われる間でもない。天に戻る時には縷紅の首を土産にしますよ」
 緇宗はふんと鼻で笑った。
 それを見て男は部屋を出た。
 日の光が髪を更に朱く染め上げる。
 男の名は赤斗(セキト)、縷紅の後任として将軍に選ばれた人物。
 四年前正規雇用で軍に入り、並ならぬ実力で出世してきた。
 髪色から縷紅と並び称されてきたが、性質は正反対だった。
 穏便で冷静な縷紅。対し赤斗は激情家。策を嫌い、正面からの戦いを善しとする性だ。その分、腕は良い。
 性格が合わぬ故に、対立もしていた。自分より年下で、緇宗の弟子、階級も上の縷紅に対して妬みもあったかもしれない。
 将軍の座には、先に縷紅が就いた。
 二人のどちらが任命されてもおかしくなかった。
 任命した緇宗に何度も異を唱えに行った。
 どうやら自分は緇宗とも馬が合わないらしい。そう思って軽く笑う。
 だが縷紅は緇宗や国、自分を将軍に祭り上げた連中を裏切った。
 赤斗にしてみれば良い気味だった。将軍職が手中に転がり込んだ事より嬉しかった。
 それだけでは飽き足りない。
 堂々と、本物の敵となった縷紅に、決着を着けねば。生死を賭した闘いで。
「赤斗…将軍」
 前方から声がした。
 回廊の向こうに女が立っている。
 忍の娃冴(アサエ)だ。
 姶良とは同僚であり、歳も近く、相棒になる程の仲だった。
「緇宗様にご用が?」
 彼女も姶良と同じく、緇宗の使う忍だ。
「縷紅を斬ると言ってきた。今から地に向かう」
「そうですか…縷紅を…」
「緇宗総司令官に報せか?」
「あ…はい。緑葉の事で」
「死んだか」
「いいえ。敵軍に捕らわれたようです」
「捕らわれた…奴は殺さなかったのか」
 にやりと笑う。
 甘い事だ。いかにも縷紅らしい手落ちではないか、と。
「縷紅は姶良の仇…憎い相手には違いないのですが…。貴方に敵うでしょうか」
 赤斗の笑いは固まる。
「どういう意味だ?」
「いいえ…御武運をお祈りします」
 娃冴の背は扉の中に吸い込まれた。
 どうやら緇宗一派に俺は嫌われているらしい。
 つまらなさそうに赤斗は小石を蹴った。
 だが裏切ったのは俺じゃない。奴らの仲間である縷紅だ。
 それでも尚、縷紅を支持するような彼女達の態度は、何か裏があるのではないかと思えてくる。
 裏切りさえ、緇宗の計算上の物だとしたら――?
「くっだんねぇ」
 言い捨てて、もう一つ小石を蹴った。
 計算や策を巡らせて、裏でこそこそ動き回る。それが赤斗の一番嫌う事だ。
 彼は軍宿舎ではなく、王宮に向かった。
 自分の背後についている人物に、報告する為に。
 赤斗の背後にいる人物――国王へ。



「捕らわれたか」
 娃冴が部屋に入るなり、緇宗はいきなり言った。
「御存知でしたか」
 告げようとしていた事を当てられ、彼女としては驚く他は無い。
「まぁ、な。やはり縷紅に緑葉は斬れなかったか」
「その様です。いかがなさいますか?」
「放っとけ。奴らには仲良くなって貰わなきゃな」
「仲良く?」
「今からが見物よ。ついでに赤斗も芝居小屋に入れておいた」
「ええ、今そこで会いました。貴方は観客として見下ろすのですか?」
「時が来れば演じるさ。それで芝居が面白くなるのならな」
「まずは赤斗でお試しになるのですね」
「いや、縷紅と闘わせろってあんまり五月蠅いから行かしたんだけどよ」
「成程…。対立していましたからね」
「ま、どっちが勝つか見物してみるのも面白いだろう」
「よく言いますね…。最後には貴方の一人勝ちでしょう?」
 娃冴の言葉に緇宗はにっと笑う。
 彼の腹には、壮大な計画があった。
 国王を倒し、国を自らの手中に治める。
 淡々と、その機会を狙う目は、獣のそれに似ていた。




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