RAPTORS 11 「不思議な事もあるもんだ」 旦毘がぼやく。 夜、軍議の場。 「不思議?」 栄魅がその意味を問う。 「天が退いた事が、だよ」 「何が不思議なの?」 彼女が尚も問いを返すと、代わりに朋蔓が答えた。 「今まで天は自ら退いた事が無い…一度も。いつも勝敗がはっきり決まるまで攻め続けていた」 「それが今日は突然大人しく引き下がってよ。不思議じゃねぇ?」 「…日が暮れたから休みに…」 「な訳あるか」 自分の考えを述べようとした彼女の横で、間髪入れぬ隼のツッコミ。 「じゃあ、指揮官が代わったんじゃない?」 「えらく諦めのいい奴になったんだなぁオイ…」 “まさか”と言わんばかりに旦毘が揶揄するが。 「そうなんですよ」 以外にも縷紅があっさりと肯定する。 「私が消えた事で、天の軍も編成が変わったでしょうからね。何より、以前指揮していたのは私ですから」 「え!?それって…」 「しつこいのは性格なんでしょうかねぇ」 にこやかに彼は言っているが。 「それって…ブラックジョーク?」 あまり洒落になっていない。 「それは良しとして…このまま天が動かないようなら、こちらから攻めていきましょう。明日にでも――どうでしょう?光爛」 「それが良かろう」 「でも休む間くらいは欲しいなー。兵だって士気上がんねぇだろうし」 「旦毘、これはいかに敵兵を地に集めるかという戦いです。敵に詮索させる暇を与えてはならない」 「アイツらが危ねぇからな」 縷紅の説明に隼が付け加える。 「良い。そういう事にしよう。今晩はゆっくり休む事だな」 光欄の言葉で会議は終わった。 外に出ると、燦然と星が輝いている。 縷紅は寝泊りする天幕とは違う、門の方向へ足を向けた。 「どこ行くんだ?」 旦毘がそれとなく訊いた。 「少し、野暮用に」 闇の中を一人、門に向かって歩く。 あまり期待はしていない。 これから向かう場所に、彼がいないことに。 あのくらいの言葉で引き下がるような殺気ではなかった。 では、どうすれば。 「意味深な野暮用だな」 不意にかけられた言葉に、縷紅は正直驚いた。 隼だった。 「どうしたんですか?」 「それはこっちの台詞。何があったんだ?」 「何って…」 「アンタ、キャラに似合わず嘘つくのが下手だな」 「ええ?」 「“以前の指揮官”は緇宗――違うか?」 縷紅は驚いた表情をしたが、すぐにふっと笑った。 「貴方には頭が下がりますね。何でも見抜かれてしまう」 「じゃなくて、本当にアンタの嘘が下手なんだよ。それにお前が天の間者じゃないって長いこと見抜けなかったし?」 隼に丸め込まれて、縷紅は苦く笑う。 「旦毘や朋蔓にも見抜かれたでしょうね」 「アイツらには言って、来させなかった」 何の事だろうと隼を見返すと。 「俺にしか見せられないんだろうが」 「…そこまで見抜いていましたか」 「だから、判りやすいんだよ。わざわざお前の為に気ぃ遣ってやったんだ、礼くらいは欲しいな」 「それは、どうもありがとうございました」 「…別に言葉は欲しかない」 もっと現実的な物をよこせと言っている。 「それで?今度は何をする気なんだ?」 「昼に私が好意を抱く“数人の中の一人”に出会いました」 「戦っている時にか?」 「ええ。勿論彼は敵軍の中の一人でもあり、私を恨む人間の一人です」 「恨む?」 「彼は私に復讐したいと考え、地にやってきたのです」 「復讐…」 「恨みなら数え切れぬ程買っている。その殆どは私が気に止める物でもない――でも彼は別です。改めて一対一で戦うと約束しました。それは私が彼を説得できなければの話ですが」 「一体どんな理由で…?」 「かつての貴方と同じですよ」 「え…?」 「彼は――」 縷紅は立ち止まり、大きく息を吸って告白した。 「姶良の実弟です」 「弟…!?あの人の…!?」 「姉を追って軍に入り、私の下で働いていた…しかしまだ実戦に出るほどの実力は無い。力の上では私は彼を斬ることは簡単でしょう。しかし…私には斬れない。それを知っていて緇宗は彼を送り込んだ」 「でもお前…昨日の…」 「私の意志にそぐわず私は彼を斬る事になるでしょう。私はそれが怖い…だから出来る限り戦わず済むようにするつもりです。でもそれが叶わなかったら――隼、貴方にお願いが」 「何だ?」 「一対一の勝負と約束しました。何があっても貴方は手を出さないで下さい。人を殺したい程恨む気持ちは貴方の方がよく知っている筈です」 「――」 「私が彼に殺されるのであれば、それは受け入れます。当然の報いですから」 「お前が殺すのは…それでも手を出すなと?」 「貴方なら、どう思いますか?」 隼は想像する。 敵の仲間に助けられるのは――それも、不純な動機で。 でも、これは。 話が違う。 「…何があっても手を出さないで下さい」 縷紅が言う。 「非情なようですが――これが戦争ですから」 門を出てどれくらい歩いたか。 昼の戦火も冷めやらぬ地に、人影があった。 緑葉だった。 [*前へ] [戻る] |