RAPTORS 8 ただならぬざわめきと規則的な重低音。 ――来たか。 目を閉じたまま、隼はそれを悟った。 天幕の中の寝台の上。 真夜中どころか、明け方にようやく眠りに就いて、まだ数時間と経ってないだろう。 目を開け、周囲を見る。 布越しに穏やかな日の光が降り注ぐ。 土の上に寝台が三台。食料と水、そして隼の武器がいくつか置いてある。 隣で寝た縷紅の寝台は既に空だ。 見かけによらず体力ある奴、そう思いながら起き上がる。 誰かが小走りで近付いてくる音がする。 十中八九、自分に用がある奴だ。 予想に違わず、天幕の布の出口が開いた。 栄魅だ。 「敵軍が来た」 「分かってる」 隼は彼女に応え、寝台から下りた。 「やっぱり天の軍って凄いわ。あんなに大勢来るなんて」 「いや、五年前の戦の方が多い。まだ奴らも本気じゃないし」 「見てもないのに」 「音で分かる」 言いながら隼は身支度を整え、武器を装備していく。 「闘うの?」 そんな彼の姿を見て栄魅は訊いた。 「何の為に俺を呼びに来たんだ?」 “自分が戦わないでどうする”といった表情で隼は聞き返す。 「この間は死に掛けてたのに」 「一ヵ月も前の事だ。もう治った」 「嘘?あれだけで簡単に治るモノなの?」 「何だよ、何が言いたい?俺が戦場に出るとマズイのか?」 栄魅は言葉に詰まる。 またあの様な――目の前で成す術も無く連れ去られ、殺されかけたあの時の様な事になるのではないかと。 彼女は恐れている。 「…俺が弱いから足手まといになるとでも?」 隼は言った。 半分は本音だった。 「そんな事は…。ただ、あなたが戦わなくても戦力は十分ある。そこまで無理に戦場に出なくても――」 「戦わなきゃいけない」 栄魅の言葉を遮り、隼はきっぱり言った。 「それは…黒鷹の為?」 「いいや…アンタにも関係のある事だから言っておくけど」 そう前置いて、少し躊躇い、口を開く。 「アンタの言う通り、完全には治ってはいない」 「なら、どうして…」 「今は自覚症状が無いだけだ。医者から聞いた…空気の汚れによる病は、治る事は無いのだと」 「でも、私は治った」 「症状が無いだけだ。これ以上空気の悪い所に行けば再発する。根の人間達も、今は薬で凌いでいる状況らしい…。もし、この戦いで天が勝てば、俺達はこの世界のどこにも居場所を失くす」 「――」 これ以上世界が軍国主義に傾けば、空気の汚れに拍車がかかる。 そうなると、生き延びる事はあっても症状は悪化し、間接的に天に殺される事になる。 「勝てる保証なんか無い。五年前のように後悔する前に、やれる事はやっておきたい」 文字通り“命懸けの戦い”。 負ければ未来は無い。 「俺にとってこの戦は、国の為でも黒鷹の為でも、アンタ達同郷の人間たちの為でもない。俺が生きていたい、その為だけだ」 「…そうね」 栄魅は隼の言葉に頷き、少し考えて言った。 「私に剣を貸して」 「…え?」 「無いの?他に武器は?」 「あるけど…アンタも戦う気か?」 「止めるの?光爛や縷紅達に散々止められたから、他に武器の調達方法が無いのよね」 「だからって…」 隼は呆れつつ、自分の予備の刀を栄魅に渡した。 「俺は責任持たねぇからな」 「いいよ。死んでまで文句は言わない」 「…ったく」 二人揃って天幕から出、今にも始まりそうな戦場へと向かう。 軍の進む足音が、今は止まっている。 「自分の為の戦いだものね」 走りながら、栄魅は誰にとも無く呟いた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |