空裂(からさき)









暗い曇天、降るかと思ったがどうでもよかった。真っ直ぐに家に帰って机に向かった。
が、しかし。
思った通り降りだした雨は礫の如く窓に放射し、終いには雷鳴轟く始末。時期外れの台風でも来たかのような豪雨だった。
ガタガタガラガラと鳴る窓と窓の外。静かに勉強したい自分には邪魔で仕方がない。雷が怖いとか、可愛らしい神経は持ち合わせてなかった。
天気は自分都合に合わせられない、と我慢して無視を決め込む。
しばらくは堪えていた。
吹き付ける雨。
がなる雷音。
音だけでは済まず、視界全てがフラッシュし白が閃いた。

ぶちっ。

「うるさぁーいっ!!」

机に両手を叩きつけて、腰を上げた。

「もうっ、邪魔しないでよ!」

ベランダに面したガラス戸を睨み付け、悪態をつく。人間相手ではないのは解っていたが、言わないと気が済まなかった。
ずかずかといきり立って遮りにもならないカーテンに寄る。
直接顔を見て文句を言うためにカーテンを大きく開け放った。

「アタシは今年受験なの!!」

ピカッ!

ドン!! ガラガラ…

近くに墜ちたのか、視界が眩んだ。蒼白い閃光に思わず目を瞑り、瞼の奥の星が消えてからそっと開けた。
すると、

男がウチのベランダに墜ちていた。

真っ赤な派手な服、どう見ても泥棒や空から堕ちた天使じゃない。
さっき堕ちた雷。

(…雷の子?)

高層ではないにしてもマンションの中腹のベランダでのびてる男とは奇妙な光景だ。




「お兄ー、着れなくなった服なぁいー?」

「何だ、またか?」

翌日、隣の兄の部屋にお古をせびりに行く自分がいた。
昔からよくパジャマや部屋着にもらっていたから、文句を言われるでもなく仕方がないといったように何着か見繕ってくれた。

「コレでいいか?」

いつものコトとトップス系だけ渡される。

「お兄、下もお願い」

「? 長さ合わないだろ」

「ちょっとね。リメイクしよーかなって」

「お前…、裁縫苦手なくせに…」

怪我するなよ、と忠告された。兄は本気で心配していた。
失礼だと一発小突いてから帰った。図星だが、仮にも女のコだ。

「コレ着て。お兄のお古だから入ると思う」

自分の部屋に戻って、まだいる男に渡した。非現実的に現れたわりには、幻みたいに消えることはないみたいだ。
男はちょうど兄が高校の頃の背格好のようだから、服は丁度か少し大きいくらいのはずだ。

「かたじけないでござる」

「いや、そのままでいられたら困るから」

深々と詫びられたが正直に返した。
座布団に恐縮して正座する同じ歳らしい少年を、自分は椅子に座って見下げる。
介抱して、と言うより一応ベッドに運んで放置していたら勝手に目を覚ました。

「某、真田源次郎幸村と申す」

「厳つい名前ね…」

名前の前によく分からない職業が付いていたが、分からないので流しておいた。
自己紹介を済ませると普通の人間らしいので、文句を言うの止めた。そんなワケはないだろうが、本当に雷か何かだったら喧嘩腰の態度に徹するか一発は殴っていた。

「じゃあ、幸村」

今も昔も男友達の多い自分には何気ない一言だったのだが、相手がたったそれだけで目をまん丸にしたもんだからとんでもないことをしたような錯覚を覚え、動揺する。

「な…、何よ?; 呼び捨て、気に障ったワケ?」

「…あ…、いや、女子(おなご)にそのように呼ばれたのは初めてでござった故…」

面を食らってしまったのだと、何故か嬉しそうに表情を綻ばせた。

「じゃあ、何て呼ばれてたの」

「それは…、どうにも堅苦しく、某は一向に慣れぬのでござる」

だから、自分で言うのも憚る、と弱って眉を下げた。これぐらいのことで真剣に悩んで。一体どんな呼ばれ方をされていたのだろう。
しかし、テレビで見るような某アイドル系の顔なのに、随分と…

「何でござるか?」

顔を凝視していたら首を傾げられた。

「別に」

何が違う。
外見だけみれば爽やかなはずなのに、それを感じない。逆にそれと対極の印象を受ける。

「…しかし、一体どうやって帰るべきか」

御館様、と呟く声が聞こえたが意味が解らなかった。人名だろうか。

「そうよ。強盗とかじゃないのは判ったから、さっさと帰ってよねっ。あんたのせいで一晩、時間ロスしちゃったじゃない」

「無論! 強盗などと卑怯なことっ、断じていたしませぬ! 武士として恥ずべきこと! 御館様に顔向けできませぬ!!」

(あぁ、もう。一々と…)

ただの真面目をすぎてクソ真面目なヤツだ。

「だから、それはわかったっての! これ以上、アタシの受験の邪魔しないで!」

「じゅけんとは…??」

「だぁ〜かぁ〜らぁ〜っっ」

面倒だが知らないものは教えないと話が進まないから、質問される度に説明する。他人に一からモノを教えるのがこんなに難しいとは。

「大学に行くために勉強するのっ」

「そのだいがくとは? そこに行くとどうなるのでござるか?」

「え、う゛ー…と、たしか大学出れば学士になるはずだけど…;」

「何とっ、学士でござるか!? 真白殿は大層頭が良いのでござるな」

感心した様子で言われたが、それが勘に障る。

「良くないわよ! 良くないから勉強するんでしょ!」

「そう…でござるか?」

「そうなのっ」

「そうでござるか。真白殿は勤勉な方なのだな、偉いでござる」

「う…」

真っ直ぐに誉められて弱る。相手は本当に言葉のままに思って笑っている。そこまで偉いもんじゃない。
大学目指す理由だって…

「某、勉学にはとんと弱く武芸ばかりに励んでござるから。真白殿は余程勉強が好きなのでござるな」

その言葉につい剥れた表情になってしまう。

「好きじゃないわよ、むしろ嫌い。アタシだって体動かしてる方が好きよ」

「では、何故?」

きょとんと見上げられる眸が仔犬を思わせた。けれど、何も知らない相手と解っていながら腹が立った。
みんな、始めから無理と決めつけたような顔で軽く止めておけと言う。自分をよく知る相手ではあるほど、行きたい大学を告げるとそう返す。自分でも解っている、志望校に行くには学力が足りないことぐらい。
けど、目指すことすら無理と決めつけられると剥きになってしまう。

「どうしても行きたいのよ、お兄の大学に…」

昔から、歳だけじゃなく何でも一つ上を行く兄。勉強もスポーツも。自慢だが、コンプレックスでもあった。小さい頃はよくつっかかって喧嘩した。
嫌いなわけじゃない、むしろ好きだ。だからこそ、対等になりたいと思う。兄と同じ大学に行ったからと言って、そうなれるわけでもないのも解っている。
でも、悔しい。これは自分の気持ちの問題だ。

「出来ることだけやるのって、逃げてるみたいで嫌じゃない」

自分はどうしようもない負けず嫌いだと思う。でも、直せないのだから仕方ない。

「素晴らしい心意気でござる、真白殿…っ!」

「へ?」

「某、感動いたした!! …俺も兄上がいるが、越えようと考えたことはなかった。真に御館様の役に立とうと思うなら、武芸だけに励んでいてはいかん。いや、己が恥ずかしい!」

がっし、と両手を掴まれて熱い感謝を述べられるが、後の方はほとんど一人言のようだ。一人でうんうんと頷いている。

「真白殿は某に光明をさしてくださった恩人だ! 某が帰るまで、真白殿に出来うる限り協力させてくだされ!!」

「っぷ」

「真白殿…?」

「あははっ、変なヤツー。いいよ、一度拾っちゃったし最後まで面倒みるよ」

受験はみんながライバルで一人の戦いだと思ってた。
一人でやるものだとばかり思っていたけど、そうじゃないのかもしれない。
何だか、一人でやろうと意気込んでいた時より頑張れる気がした。

「真白殿は」

「ん、何?」

「引き締めた表情も凛々しいでござるが、そうやって笑っておられる方が可愛らしい」

「なっ、何言ってんの!?///」

素で、しかも間近で言われて驚いた。
驚きすぎて思いっきり突き飛ばしてしまった。



空を割ってやって来た少年は、私の空も割ってくれたんだ。
光をさしてくれたのは君の方。




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