どたばたと渡殿を渡る者が、比叡山に。 「なぁなぁ、聞いたか小十郎!」 「成実! 廊下を走るなと言ってんだろうが!」 がらりと障子を開けた途端、渇を食らった成実でございましたが堪えた様子は微塵もございません。 「それどころじゃねぇんだって。寺門の奴等が戒壇立てたってよ」 「……何…?」 常であれば成実の言を軽く聞き流してしまうのでございますが、こればかりは聞き流すことはできませんでした。静かながら傍らにいた綱元が窓の外へと眼を遣りました。 「これで七度目…、もう公家や武家に伺いを立てる必要もあらぬな…」 実は戒壇建立の件による権力争いは、既に六度ございました。 「これって喧嘩売られてんだよな? な? ウチの奴等はもうやる気満々だぜ」 「滅多なことを申すでない、成実」 「でもよぉ」 「成、向こうが喧嘩売ってきた理由は何だ」 部屋に籠められていた桂海が問いました。 「んー…、何でもあっちの稚児さんをウチの誰かが盗ったとか何とか。名前忘れちまったけど」 「そりゃ、花園の餓鬼じゃねぇか…?」 「あ、それ」 小十郎の言に成実はあっけらかんと是と頷きました。それを耳にして桂海は目を見開かれました。 「日向が…」 虚空を凝視してすっくと立ち上がられます。 「俺に逢いに…?」 「政宗様」 「Hey. 小十郎、どういうことだ。Honeyが俺に逢いに来たんじゃねぇのか…!?」 「いえ、政宗様。たしかにこの小十郎、花園の餓鬼が来たとしたら政宗様に会わせることなく返す所存でございましたが、あちらから文一つ来ておりませぬ」 「なら、どういうことだ!?」 「あぁ、噂の相手の坊主って梵のことだったのかー。よりにもよって寺門門主の御手付きに手ぇ出すなんてやるなぁ」 場を憚らず軽口を申す成実の額を、綱元が黙って扇子でぴしりと打たれました。痛みに成実が呻かれましたが誰も関知いたしません。 「とにかくhoneyが俺に逢おうとしたのは確かだ! だったら、その喧嘩買ってやろうじゃねぇか…!」 そう桂海が決断なされるやいなや、末寺末社373ヶ所へお触れを出されました。そうして先ずは近国の勢が坂本に集まり、10月15日が吉日とて十万余騎の勢が七手へ分かれて攻められたのでございます。志賀唐崎の浜の陸だけでなく、湖水の上でも刃を交えたのでございました。 攻め寄せるその中で桂海はといえば、自ら先陣をきり、伊達三傑を含む優れた若党ら500人を率いて一点突破なされました。 「あぁ、熱血隊が!!」 「Honeyはどこだ!! お前のdarlingが迎えにきてやったぞ、日向!」 「自分で言うか? なぁなぁ、ホントのとこどーなワケ?」 桂海の後につきながら、成実が小十郎に耳打ちいたしました。 「……政宗様に、かなりの重きがある」 「んじゃ、稚児さん消えたのって梵に『逢いたくて』じゃなくて『逃げたくて』じゃねぇの?」 「…言うな」 「MAGNUM STEP!!」 後ろで交わされる言葉知らず、桂海は猛然と攻め次々と陥落させてゆきました。 ですが、三時ばかり戦うと相手も熱血真田隊の精鋭揃いの十万七千余騎、他の陣営は七千余騎ほど痛手を受け半死半生の者も見受けられました。それを見た桂海は激を飛ばします。 「てめぇらっ、その場を死に場所にしろよ!」 「はい、筆頭! ぶっこんで行きます!!」 皆に渇を入れて、 「どいつもこいつも不甲斐無ぇ様だな。この俺が堀一つ、軽く死人で埋め尽くしてやるぜ! ついて来れる奴だけついて来い!!」 「押忍、筆頭!!」 6mはあろうかという楯や塀を軽く跳びこえて、桂海は単身、敵三百いる如意嶽の渦中へと飛び込んでいきました。 「ひぃぃ、こ、こんな奴に勝てる訳がねぇ…!」 その鬼気迫る乱闘ぶりに怖気付いた三百余人は右往左往して落ちて行きました。元々、大将の桂寿(幸村)のいない熱血上田城を落とすなど桂海(政宗)にはいとも易きことでございました。 桂海の攻める手は弱まらず、終には新羅大明神の社壇以外は一時で灰燼となり果ててしまいました。 「で、my sweet honeyはどこだ!?」 「政宗様、戒壇の件で攻めたのでは…」 「んなの知るか! せっかくhoneyを救出しに来たってのに!!」 「助けるって、元々稚児さんの家じゃないの? ココ」 「何言ってんだ! Honeyが俺に逢いたがってんのに来れねぇってことは、閉じ込められているに決まってんだ!!」 「…普通、良識のある者であれば敵対する寺の僧相手では会うことを控えるだろう。元々、花園の子息殿は籠りがちであると聞いている」 淡々と呟いたのは綱元でございました。 「梵って幸せな奴だなぁ」 成実の感想に誰も否定いたしませんでした。 |