#06










梅若が逢いに来ると聞いて、桂海は大いに喜ばれ浮かれられました。それはもう周囲が気味悪がるほどに。
「キモイね…」
「主のことは悪く言いたかねぇが、返す言葉もねぇな…」
「まぁ、ともかく。日向さんからの申し出だし、連れて帰るのは明日まで待ってやって」
「手前から面割ろうたぁ、先方も律儀な奴だな」
「直接殴りたいらしいよ」
「………」
「どうする? 主思いな右目の旦那」
「ケジメつけてぇ心意気は買う。…まぁ、聞かなかったことにするさ」
待ち遠しさに、更けゆく鐘の音が物悲しく聴こえるほど暇に感じながら桂海は書院にてひたすらに待ち続けたのでございます。月が南に廻る頃まで待ちかねていると、白壁の塀の戸を叩く音が聞こえました。書院の杉の障子から様子を窺うと、遠くに桂寿が梅若の前に立ち魚脳の燈炉に蛍を灯して立っておりました。(魚脳の燈炉とは、魚の脳骨を煮て琥珀のように仕立てたものを灯籠の代わりにしたものでございます。)
「悪いな、幸村。夜中に付き合わせて…」
「いえ、日向殿一人では寺の敷地内とはいえ危ないでござるから」
「俺、佐助のトコにすら来たことないから場所知らなくて;」
「仕方ないでござるよ、明日羽殿の傍を離れられぬのでござるし」
「過保護なのかなぁ、やっぱ…」
「そのようなことはないでござるよ、日向殿のお優しさ故! ともかく、某が先に行って参ります」
「ああ、頼むな」
内に入ってゆく桂寿を見送って、梅若は庭の木に寄りかかってに待たれました。穏やかに優しげなその佇まいは揺れる青柳を思わせました。金紗の水干を着たその姿を見て、気付けば桂海は惚れ惚れと見蕩れられておりました。
が、実際は、
「ちゃんと見たことはないが、今まで溜めた分の借りをまとめて返してやる」
と拳を鳴らせ、ふつふつと憤られていた梅若でありました。艶やかに映ったのも含め、多分に桂海の幻視がかかっていたかと思われます。
桂寿は戸の前までくると、蛍灯の燈炉を軒の衝立の端にかけて、ほとほとと音を忍ばせ戸を叩きました。
「伊達殿、おられるか」
「Yeah. 待ってたぜ」
中へ入るよう取次ぎ受け、桂寿は庭へと戻り梅若を呼ばれました。
「日向殿」
「おお。とうとうお目見えか。公家の坊ちゃんだからってなめんなよ、ストーカー野郎…」
「あ! 待ってくだされ、日向殿っ」
ずかずかと足早に先行く梅若を、桂寿はおたおたと後をついて行きました。梅若は褄戸から内へと入られました。戸を開ける前に立ち止まられ、桂寿へと振り向かれました。
「幸村、先戻ってていいぞ」
「しかし、日向殿」
「お前夜更かし苦手だろ。ほら、もうこんなに眠そうじゃないか」
そう苦笑されて、梅若は桂寿の目元に触れます。
「あ、ぅ…」
「帰って寝な。帰りは俺一人でも大丈夫だから。な?」
「すみませぬ、日向殿…」
眠そうに桂寿が下がったのを見届けて、梅若がいざ戸を開けると、
「おいっ、このストーカー野郎! 散々、今までよく、も!?」
「逢いたかったぜ、Honey!!」
いきなり桂海に飛びつかれたのでございます。
「な゛!?」
勢い余って二人ともども倒れ、梅若は驚きに目を丸くしました。初めて相手の顔を見ましたが、女性には困らならそうな容貌の青年ではありませんか。顔だけは。実際に会って、益々相手が何を考えているのか不可解になった梅若でございました。
困惑する梅若に構わず、桂海は梅若の両頬を挟み上向かせました。
「近くで見ると更にcuteだぜv この項といい、腰といい堪んねぇ」
「誰がかわ…っ! って、どこ触ってやがる!?」
「Your fascinating paper hairtie. The fragrant smell is envied to a flower by the eyebrows which are your beautiful eyebrows. It is hard to make good looks such as peach blossom envied on your moon and the sex appeal overflowing almost for words without can picture it in a picture.(注1)」
梅若の両手を掴んで熱っぽく口説きかけますが、相手は健全な少年でございますので世間的には色男の桂海であっても喜ぶ訳がありません。青筋を浮かべた梅若は、掴まれた手を片方抜き取り、その手で力一杯桂海を殴りつけました。
ぼかり、といい音を立てて二人の間に距離が開きました。予想外に力が強かったのか、単に虚を突かれたのか、桂海は一瞬言葉を失くしました。
「いい加減にしろよ、お前! まず最初にすることがあるだろうが!」
「…What?」
「名前を名乗れ! お前は知ってるかもしらねぇけどな、俺は知らなねぇんだからなっ。手順も踏まず、失礼な手紙やら不法侵入やらしやがって…っ」
立腹する梅若にぽかんと呆気に取られていた桂海は、幾分かして吹き出されました。可笑しげに腹を抱える桂海の様子に、梅若の方は戸惑われます。
「な、何だよ…?」
「…いや、It is just what you say. sorry.」
涙を拭いつつ、桂海は笑いを治め言に従います。
「俺は政宗だ、世間では桂海律師で名が通ってるがな。政宗でいい」
「お前…、律師のくせになんだってこんなコト…。大体、そっちの山門とこっちの寺門は犬猿の仲じゃ…」
「No.」
「あ?」
「政宗だ。『お前』じゃねぇ」
「あ、あぁ…政宗?」
促されるままに梅若が名を口にのせると、桂海は嬉しげに微笑なされました。
「Good」
相手の様子が思っていたのとあまりにも異なるので、梅若は何だか調子が狂われます。
「で?」
桂海は梅若に問いかけます。
「日向の言う『手順』てのは、次どうすんだ?」
「まず、今までのコト謝れ」
「OK. I’m so sorry.」
謝罪の意を込めて桂海は、梅若の手の甲に唇を落とされました。その行為により、彼が素直に謝ったことに梅若は驚かれました。
「で、次は?」
「え、う…、もう殴ったし…」
梅若は謝った人間をそれ以上責めるような人物ではございません。
「なら、俺の『手順』で構わねぇよなv」
「ちょっ、ちょっと待て!;」
迫られて、慌てて梅若は桂海を押しとどめます。
「おま…じゃない、政宗。何で俺なんかからかうんだ?」
「Ah?」
「自分で言うのも難だけど、俺世間知らずだぞ? 家柄とか抜きにしたら周りにちやほやされるような奴じゃないし、ただのガリ勉だからからかったって面白味もないだろ」
「いつ俺が日向をからかった」
「え?」
「I am serious very much.」
「え…??」
桂海の言う意味が梅若にはさっぱり理解できない様子でございます。相手が本気だと言うなら尚更。何しろ、梅若は家柄や噂以外で言い寄られた覚えがないのです。
「今までの奴は俺の素顔見たら大概引いたぞ。つか、全員」
家柄目当ての者に至っては問題外です。
梅若の言葉を耳にして、桂海の顔が険しくなります。
「今まで…? つーコトは何か? 他の野郎に迫られたコトが何度もあるってのか? まさか、こんな風に二人きりになって手ぇ出されたり…」
「は!? まさか! ほとんどは手紙で断ってるし、それでも諦めない奴だって一度垣間見すりゃ素顔知って目ぇ覚めるみたいだし」
「じゃあ、門主とはどうなんだ。お前、門主の稚児だろうが」
「それこそあるワケねぇっての! 俺にとっちゃ大事な家族(妹)なんだぞっ」
鬼気迫る様子の桂海に、梅若は怯えつつも正直に答えられました。
「じゃ、お前はfreeなんだな?」
こくこくと梅若は縦に首を振ります。それを確認して桂海の表情が一変し、梅若に抱きつかれたのでございます。
「なら、俺のhoneyになっても何の問題もねぇワケだv」
「ぬぉっ!? て、問題ないワケないだろうが!!」
「Why?」
「何でもなにも、俺男だぞ?」
「別に気にしねぇよ」
「気にしろよっ。大体、俺の気持を無視すんな!」
「俺を好きになりゃ、問題ねぇだろ」
あっけらかんに勝手を言う桂海に梅若は怒ります。
「なるか!」
「俺が嫌いか? honey」
「う゛ー……………普通、に、付き合う分には……;;」
「なら、いいじゃねぇかvV」
「なっ、違! 俺が言ってんのは、と、友達としてで…! ぎゃっ、だからどこ触って!? っちょ、下紐解くなぁ!!;」
一向に意思疎通のしない体を張った押し問答を夜通しなされた二人でありました。そのようであるので、桂海の用意した褥もすっかり冷えてしまわれました。夜明けを告げる鳥の声がする頃には、どのような乱闘があったのか衣服も髪も乱れてございました。
「あれはskylarkじゃねぇnightingaleだ」
「んなワケねぇだろ。どこのロミジュリだ」
恨めしげにそう申す桂海に、ぐったりとしつつも梅若が正しました。
「乱れ髪から覗く項もsexyだな、日向v」
「ひっ、噛み付くなっ!; つか、誰のせいでこんなボロボロになったと思ってやがる!!」
後ろからしがみつく桂海をどうにかしようと、梅若はもがきますが逆に抱く力を強められて放れること叶いません。
「…すぐ帰るつもりだったのに、もう朝だし。ったく、いい加減放せよ」
「やだ」
幼子の我侭にしか聞こえないような様子で言われるので、梅若は嘆息を落とされました。
「政宗…」
「絶対やだ」
拗ねる幼子を宥める親のように名を呼ぶ梅若に、即座に否を返す桂海。
「日向、帰ったら逢えなくなるだろ」
「あ゛―…、まぁ、そだけど。時間作るからよ」
「そうだとしても、俺は日向と一分一秒でも離れるなんて耐えられねぇ…」
「お前だってやるコトあるだろうが、一応律師だろ」
「んなの、どーでもいい」
桂海の発言に真面目な梅若は怒ります。
「ど−でもよくないワケないだろ! ちゃんとやるコトやらねぇ奴は許さねぇぞ!」
「……but」
剥れる桂海の頭を、幼子にするそれのように梅若は優しく撫でました。
「二度と会えないワケじゃないんだから我侭言うな。な?」
しばらくして桂海は渋々ながら、梅若を抱く力を弱めたのでございます。
「よし」
梅若は褒めるように桂海に微笑みかけました。
「じゃあ、またな」
やはり桂海は納得が行かない様子でございました。



注1)艶やかな元結。柳眉な眉から香る匂いは花にも妬まれるほどである。月に嫉まれる桃の花のような美貌や溢れんばかりの色気は絵にも描けず、言葉にも尽くしがたいほどだ。

他に補足しておくなら「山門」は比叡山、引いては延暦寺のこと。「寺門(じもん)」は三井寺を指します。まぁ、通称のようなものですね。古典でいう「山」は大体比叡山のことです。仏教関係の話で「山」の単語が出たら八割方比叡山です。





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あきゅろす。
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