週に一回はみんなで食事を。 それが隣同士とはいえ別々に暮らす俺たち兄妹の決まり事だった。 ケンカしようが何だろうが、ずっと守り続けてきた大事な習慣だ。 なのに、それを今まさに破ろうとしている俺… 「………」 電話機を前に俺は躊躇っていた。 「Hey. 日向。かけねぇのか?」 ソファーで寛いでいる隻眼の男が声をかけた。俺はぐっと拳を握り込む。 (こんなヤツのために…っ) そうだ。こんな野郎のせいで我が家の団欒を邪魔されてたまるか。 「おいっ、政宗! お前、押し入れとかに隠れてくれよ!」 「Ha! 何で俺が。第一、俺は全然構わないぜ」 徒に口の片端を吊り上げてみせるコイツが憎らしい。 「俺が構うんだよ! 居候なんだからちったあ言うコト聞けよっ。週一の寺門家の貴重な時間なんだぞ!?」 「だから、別に止める必要ねぇだろ」 (こんの俺様め…っっ!) 俺が怒っているのに、平然とソファーでふんぞり返っている。 「いいじゃねぇか。連れて来いよ、お前の妹。お前の妹なんだ、可愛いだろ」 何で当然とばかりに断言するんだ。しかも、「俺の妹」だからって理由はおかしいだろ。平凡な俺のカオから何が連想できるってんだ。 否定はしないが、正直に頷けないものがある。 「お前と会わせたくないから、断ろうとしてんだ!」 可愛い俺の妹にまでこいつの魔の手がかかるかと思うと、断固として兄妹の絶対の約束を破らなけれだいけない。 「心配性だな」 「心配に決まってんだろ!」 俺の科白をどう受け取ったのか知らないが、電話に向かう俺の後ろでニヤニヤと笑われる。 それを努めて無視して、いざ受話器に手を伸ばそうとしたら、 プルルルッ。 電話が鳴った。タイムリーさに虚を突かれつつも電話に出る。 「はい、もしもし?」 『あっ、お兄?』 「真白、どうした」 ちょうどかけようと思っていた妹からの電話に驚いて訊いた。 『あのさ、今晩のご飯行けないんだ』 「え?」 気まずそうに言われた内容まで俺と被っていた。 『ほら、そんな時間も惜しいってゆうかさ…』 「そうだな、今年受験だもんな。じゃあ、仕方ないか」 去年俺もそうだったから、気持ちは解らなくもない。 ドカッ! ズドドッ!! 「なっ!?」 『Σっ!?』 いきなり、横の壁から派手な音がした。隣は妹の部屋だ。受話器の向こうで妹が息を詰めた。 「真白っ、どうした!?」 『なっ、なんでもない! ちょっと積んでた辞書が雪崩起こしただけだからっ;; とにかくそうゆうコトだから、ゴメンねっ!』 慌てた様子の妹はガチャリと電話を切った。首を傾げて受話器を戻すと、 プルルルッ。 また電話が鳴った。 「もしもし」 『お兄ちゃん?』 「明日羽…」 出るとまた妹だった。俺のマンションの両隣は妹の部屋だ。 『あの…、晩ごはん行けないのごめんなさい』 申し訳なさそうに気落ちした声で謝られた。 「明日羽もか? 真白も無理だってさっき」 『え、お姉ちゃんも?』 「勉強だってさ。明日羽は何でなんだ?」 『えっえと、日にち間違ってご飯作っちゃったの…;』 「それなら、残して置けないのか? 今日は明日羽の好きなロコモコ作ろうと思ってたんだぞ、目玉焼きのせたヤツ」 『で、でも…』 『洗濯物できたみたいだよー?』 『っ!?///;』 不意に男の声がした。 「誰か来てるのか…?」 『う、ううん! てっテレビの音っ!!;』 それじゃあ、とまたもや慌ただしく先に切られてしまった。 俺は釈然としないまま受話器を手に呆然と立ち尽くす。 「cancelされたのか」 「…ウン」 「ちょうどよかったじゃねぇか。断る手間省けて」 笑ってみせる政宗に答えず、俺はふらりとソファーまで行って重力に逆らわず腰を落とした。 「何だ、よくねぇのか」 「俺が断るのと妹に断られるのは違う…」 「変なヤツだな」 可笑しそうに言われたが、今の俺に怒る元気はない。 「おい、腹減った」 「作る気なくした」 そう妹のために作ろうと思ってたのに、妹が食べないんじゃ意味がない。 俺が放心していると、怒った政宗が気付くと腰に手を這わせていた。あまつさえシャツの下に割り込もうとしている。 「ぅわっ! 何してんだ政宗!?;」 「お前が作らねぇなら、勝手に喰うまでだ」 「わ゛ーっ、作る!! 作るから、ストップ!;;」 「もう遅い」 「ちょっ、チャック下ろすなー!!; まじ勘弁!?」 俺は必死で横暴な手を押し止める。それでも続行しようとする相手の方が力が強い。けど、俺にも譲れない一線ってもんがある。 そんなこんなで一晩決死の攻防戦が繰り広げられた。 (ゆっくり感傷に浸らせろよ!!) おちおち傷付いてもいられない。 ホント迷惑なコトになったもんだ。こいつのせいで俺の生活めちゃくちゃ。 寺門家長男がそう嘆いている頃、隣の部屋では、 「もうっ、大人しくしてって言ったでしょ!?」 「も、申し訳ないでござるっ、真白殿」 「ちゃんと片付けてよね!」 寺門家長女に赤いハチマキをした少年が怒られており、 「私の洗濯物に触らないでくださいっ;」 「干してあげようとしただけだって。でも、いいの? 俺様のコトなら気にせずご飯行っといでよ」 「私が気にしますっ! 居ない間に何されるか判りませんから///;」 「信用されてないねぇ」 顔を真っ赤にして洗濯物を抱く寺門家次女に忍が苦笑を洩らしていた。 こうして寺門家の夜は更けてゆく… |