いつもと同じ朝のはずだった。 ベッドから落ちた。 「…って!」 と思った。 痛みに涙を滲ませて上半身を起こすと知らない景色があった。 手を付いているのは畳み、朝日が差しているのは白い障子、皮を剥いて磨いただけの木の姿のままの柱。純日本的な和室だ。 「ココど…って、とわっ!?;」 自分の部屋じゃないことに驚愕しようとしたところに下に引力が起こって、付いていた手を滑らせる。下にいたヤツが無意識に俺の腰辺りに腕を回して引き寄せたのだ。 相手の肩口に顔が埋まり、のしかかるように潰れる。 相手はまだ眠っていて、抱き枕か何かと間違えているのか力が強まるばかりで一向に放そうとしない。 「ちょ…っ、てめっ起きろよ! 苦しっての、こんの馬鹿力!!;」 一発殴って起こしてやりたいところだが、体勢的にそれは無理だ。この状況で呑気に寝てること自体腹が立つ。 「ん゛ー…」 「いい加減起きろってのっ、政宗!!」 名前を叫んで、ようやく隻眼がぼんやりと開く。 「日向…? お前から上に乗るなんて珍しくactiveじゃねぇか」 「この状況で、第一声がそれか; ちったぁ驚けよ。つか、起きたなら放せ」 「Ah?」 俺の抗議を聞き流して、政宗は俺を腕に閉じ込めたまま周囲を見渡す。 「Umm…? ココは…」 そこにドダダダッと荒々しい足音が近付いてきて、激しく障子が開かれる。 「政宗様!!?」 (は? 『さま』!?) 唐突に現れた強面のオッサンの科白に目を丸くした。 相手は相手で瞠目して、俺と眼が合った途端険しく眇められる。 「テメェ…政宗様を襲おうたぁ、いい度胸だな。あ゛ぁ゛?」 「え!? 俺の方!?」 確かに俺が上ではあるが、馬鹿力な腕に捕まって身動きが取れないのは俺なワケで。襲っているかはともかく、普段から絡まれているのも俺の方で。 とんでもなく果てしない誤解だ。 「ちが…っ、被害者俺だって!;」 とゆーか、助けてほしいんだけど。 「シラを切る気か。さては、政宗様を拐ったのもテメェだな…!」 「ハ!?; こんなヤツ、頼まれても拐わねぇよ!!」 「とぼけんじゃねぇ!!」 相手が右に差した刀を抜こうとして、初めて刀の存在に気付いた俺は身を竦める。何であんな物騒なモンがあるんだ。銃刀法はどうなった。 「Hey.小十郎。Be cool」 今にも斬りかかりそうな剣幕の相手に政宗が場違いに悠々と声をかける。 「しかし、政宗様! 此奴…っ」 「日向は曲者じゃねぇよ。俺のhoneyだv」 「「は……??」」 はからずも、相手と声が重なった。 とゆーか… 「…政宗。お前、このオッサン知ってんのか?」 「オッ…!?」 「Yeah.小十郎は俺の側近だからな」 「……は…?」 「ココは俺の城だ」 「…………」 と、ゆーコトは? 黙。 「はあぁっ!!?」 何ソレ!? 目が覚めたら戦国時代でした。 「どうやって着るんだっけか…??」 手にした着物に困る。着たことがないワケではないが、そんな機会滅多にない。 「俺が着せてやろうかV」 首を声のした方に向けると、既にジーンズから深い藍の着物を着た政宗が障子の枠に寄りかかっていた。 こうして見ると意外に着物が似合っていて、かつ馴染んでいてこの時代の人なんだと知った。堂々とした風格も城主のモノ。多少着崩しているのがらしい。 が、軽口は相変わらずだった。 「いい。何かヤダ;」 不穏な予感を感じるのは気のせいじゃないだろう。口角を上げた眼が悪戯に光っている。 「着れねぇんだろ。女中呼ぶぜ?」 「………頼む;」 このままパジャマでいるワケには行かないが、かと言って女性に着替えを手伝ってもらうなんてとんでもない。渋々、妥協した。 政宗は手慣れた様子で袂を作り帯を巻いてゆく。 「こうして着んだよ」 「そっか。…で、政宗」 「ん?」 「何で、後ろからなんだ…?;」 何故か前からじゃなく、背後にびったりとくっつかれた状態で着せられている。 「だって俺、他人の着せ方知らねぇもん。自分の感覚じゃねぇとな」 けろりとそう言ってのける。だったら、どうして妙な親切を申し出た。 「できねーなら、口で説明すりゃいいだろ;」 「面倒臭ぇ。第一、こういうのは手取り足取り腰取りが基本だろ?」 「…腰は取らねぇと思うぞ;;」 言いながら言葉通り腰に手を回される。 それだけじゃ済まず、整えられた袂にもう一方の手を滑り込ませる。 「っおい、政宗! お前、着せといて何を…!?;」 「ちっと首苦しいんじゃねぇかと思ってな♪」 「ないないっ、苦しくない! つか、嘘言うなぁ!?;」 手を入れてる場所が明らかに違う。 「政宗様」 誰かに助けてほしいと思った刹那、重低音な声がした。 「政務室に居られないと思えば、このような所にいらっしゃいましたか。早々にお戻りを」 助かった、と俺が安堵すると政宗だけでなく俺まで睨まれた。言葉にも険がある。 覚えがない俺は首を傾げる。誤解は一応解けたはずだ。 政宗は手を止めたものの俺を放さないまま、不服そうに眉を寄せる。 「…小十郎。野暮もいいトコだぜ」 「政務が先です。政宗様が居られない間に山のように仕事が溜まっております故」 「んなモン、お前に任せるから勝手に…」 「政む「このバカ!!」 側近が諫めようとした瞬間、俺が政宗の頭をシバいた。それに側近が目を見開く。 「自分の仕事だったらちゃんと自分でしろ! サボりに来てんじゃねぇよ!!」 「テメェ…」 「へ?」 政宗ではなく何故か側近の男の方が低い声を出した。 「Stop.小十郎。いい」 「しかし、」 「わかった、戻る。それでいいんだろ?」 「おぅ」 俺がしかと肯くと、政宗は剥れることなく上機嫌に笑った。 「OK.すぐに終わらしてくっから、寂しいかもしれねぇが大人しく待ってろよv」 「誰が寂しがるんだよ」 政宗がひらひらと手を振って去るのに一歩遅れて側近も軽いとは言えない足取りで続いた。何か納得が行かないらしい。 去り際に一度振り向かれて、やはり睨まれた。 (何で??) 理由は解らないが嫌われているらしい。怖くはないが、その敵意が不思議でならなかった。 続 |