「ただいまー」 「お帰りでござる、日向殿っ」 「日向さん、おかえりなさい。もうすぐ夕飯の用意できますよ」 「お・・・おう。悪いな、佐助」 笑顔で出迎えてくれた二人に、予期してなかった俺はたじろきながらも答えた。 「え・・・と、政宗、は・・・?」 「竜の旦那なら奥にいますけど?」 「そか・・・」 「日向殿っ、某風呂の支度いたしました故、疲れをとってくだされ!」 「え。おお、さんきゅな。幸村も一緒に入るか?」 「はいっ、お背中お流しいたします!」 「じゃあ、それまでに食事並べておきますね」 日向のエプロンを借りた佐助は、風呂に向かう二人に背を向け奥に戻った。キッチンと吹き通しになっているリビングのドアを開けると佐助はビクついた。 「りゅ、竜の旦那・・・!?;」 何故か人相が果てしなく凶悪な独眼竜に迎えられたからだ。ただソファーに座っているだけなのだが、こちらを見る眼が恐い。 だが、理由は予想がつく。 (竜の旦那って、日向さんのことになるとなんでこうなんだろう・・・;;) 態度が正直すぎる。他のコトはどうでもいい分、余計に反応が顕著だ。本当に日向以外他には関心がなさそうだ。 (川中島の時もそうだったしなぁ) 以前の乱入の折も、忍の自分どころか総大将格までどうでもいいと言い切った男だ。ある意味納得してしまう。 しかし、邪険どころか敵視がひしひしと伝わってくるのは大変居心地が悪い。料理の支度をしながら佐助は、日向たちが早く上がってくることを切実に願った。 その願いが届いたか、まだ濡れ髪の日向と幸村が上がってきた。 「いい湯でござった・・・っV」 「幸村、ちゃんと髪拭けよ」 「あ、よかった。旦那方も上がったし食べましょう、カ・・・」 安堵したのも束の間、佐助は政宗に首根っこ掴まれて引っ張られた。 「俺も風呂入る! Come on忍!」 「って、ちょっ・・・、何で俺様もぉぉっ!?」 拐われる佐助を日向は呆気に取られて見送り、幸村は何も解っていない様子で日向に頭を拭かれていた。 数分後、そう広くない浴室では何故か佐助が政宗と風呂を共にしていた。といっても、広くない一人用の湯槽を政宗が思い切り占領しているので、佐助はシャワーだけだ。 「あのさ、何したかったワケ・・・?;」 体を洗いながら意図がさっぱり解らない佐助が訊いた。 政宗は大仰に舌打つ。 「ッチ、日向のヤツ何も反応しねぇ・・・!」 「・・・あのさ、竜の旦那。日向さんにヤキモチ妬かせようとしたんなら、色々間違ってるよ?;;」 同じコトをしてみたところで日向が政宗と同じように感じる訳がない。 「せめて女のヒト相手に浮気しなよ」 「No! また、んなコトしたら今度こそ追い出されるだろうが!」 もうやったんだ、と佐助は何も言えなくなった。上辺だけの何とも言えない笑みを浮かべた。 「いっそアイツの目の前で・・・」 「ストップ。マジで止めてね」 何も変わらない。 幸村たちが遊びに来た時と。ちょっと時間が長いだけ。 なんだけど・・・ 玄関のチャイムが鳴った。 「俺出ましょうか?」 「いや、いい」 俺は手早くエプロンを脱いで玄関に向かう。佐助がやろうとしてくれるが今日ばかりは俺が作らないと、と作っていた。 幸村のゲームの相手をしている佐助を押し留めて、俺が来訪者を迎えた。ドアを開けて笑ってみせる。 「いらっしゃい。入れよ」 促されて、躊躇の間を置いてから玄関に靴が並んだ。 「どーぞ」 レディファーストとリビングのドアを開けて、中へ誘う。ゲームをしていた幸村と佐助が客を見て、思わず立ち上がる。 「真白殿っ」 「明日羽ちゃん・・・」 「・・・ども」 「久し、ぶりです・・・」 気不味げに呟く妹に満足げに笑う。寺門家の週一の食事会。この時ばかりは否応なしに会わざるを得ない。 曜日が決まっている訳ではないから、幸村たちが今日やると知らないのも不思議はない。第一、今回は幸村たちに黙っていた。 「人数が多いから座りきれねぇな。真白たちはコッチ、明日羽たちはコッチで食ってくれな」 素早く料理をカウンターとソファーの前のテーブルに置き、真白と幸村をカウンター席にやり明日羽と佐助をテーブルの前に座らせた。 「政宗、ちょっと来い」 「Ah?」 互いに対面して沈黙している二組に気付かれないように小声で政宗を呼んで、腕を引いてそっとリビングを出る。 静かにドアを閉めて、ふっと吐息を吐いた。 「よし、これでしばらく放っとけば勝手に仲直りすんだろ」 「・・・お前、ホント世話焼きだな」 よくやるぜ、と政宗が呆れてみせる。 「そうか? 仲直りなんて、会うキッカケさえあれば何とかなるもんだろ」 とりあえず廊下で突っ立っている訳にもいかないから寝室に移動した。 ベッドの端に腰掛ける政宗の隣に俺も座る。 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・」 沈黙が降りる。どうして自分のコトだと上手くできないのだろう。 「・・・あの、さ? 政宗」 「Umm?」 「ごめん、な?」 「・・・解ってねぇだろ、お前」 むすり、と顔をしかめられる。やっぱりまだ怒っていた。 確かに結局答えが出なかったから、俺は困る。 「そうだけどよ・・・、そのコトも悪かった。なんか無神経なコト言ったみたいで・・・」 「イヤだ。解るまで許さねぇ」 「だから、言ってくれなきゃ解んねぇだろ!?」 「言ったつぅの! I said you!」 「・・・はぇ?」 「お前が解ってねぇんだろうがっ」 そうだったのか。 だったら、政宗も怒るよな。でも、やっぱり解らないものは解らない。 俺がしゅんと消沈して俯くのを傍らで見ていた政宗が細く笑みを浮かべたことに俺は気付かなかった。見てなかったからだ。 声だけはまだ責める調子のまま。 「解んねぇのか?」 「ごめん・・・」 「ホントinsensitiveだな」 「ごめん、マジで悪かったって! どうしたら機嫌直すんだよ!?」 さっきの沈黙だっていつもならない、政宗の方から絡んでくるからだ。 幸村たちがいるとどうしても政宗をないがしろにしがちだけど、それでも政宗は邪魔しに来たのにそれもこの数日はなかった。 コイツが妙に大人しいと調子が狂う。 それに、 「その・・・、帰った時お前いないと、何つーか寂しいっつーか・・・・・・」 幸村たちが迎えてくれるのが嬉しくない訳ではないが、いつも見る顔とは違う。 たぶん感じた違和感が寂しいってコトなんだろう。 「・・・だから、機嫌直してくれよ」 申し訳なく懇願すると、政宗がポツリと呟いた。 「・・・kiss」 「へ?」 「kissしてくれたら機嫌直してやるv」 顔を上げると先程とは打って変わって意地悪な笑みを湛える政宗がいた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は・・・・・・?」 言葉は耳に届いたものの意味として理解できなかった。 「日向からkissしてくれよ。そしたら機嫌直してやるぜ?」 体を引かれて気付けば政宗の膝に乗せられ向かい合う形になっていた。逃げられないよう腰に手を回されて強請られる。 重くないのだろうか以前に、既に機嫌直ってないか? ただ俺は固まる。 (コレって嫌がらせか・・・?? そこまで俺怒らせてた? つか、んなコト政宗の方が嫌なんじゃねぇのか? そんだけ怒ってるってことか・・・?;;) 高校の時に短期留学して英語圏の風習は体験しているが、コイツは戦国時代の人間じゃなかったか。いくらアメリカナイズであっても。 それにいくら向こうでも男同士なんて冗談ぐらいでしかしない。と言うことは、コレは冗談だろうか。 待たれているので俺は対処に真剣に悩む。 (冗談でも態度で示せってコトか? うーん; 別にドコとは言われてねぇしデコぐらいなら・・・・・・) 考え込んでうんうん唸っていると、土台が小刻みに震えだして堰を切ったように拘束された。 「うわっ」 「っかー、ヤベェ本気堪んねぇ」 「? まさ・・・、ぅお!?」 ベッドの方に転かされて、反射的に起き上がろうとしたら政宗にのしかかられできなかった。 「な・・・っ、政宗!?」 何をされるのかは判らないが酷薄な笑みに本能的に恐れを感じた。 無駄に顔が近い。 「え゛ーと・・・政宗、腹減らねぇか?;」 「Yeah.I'm so hungry♪」 至極の笑みで答えられた。 会話が通じてるはずなのに通じてない気がするのは俺の気のせいだろうか。 政宗の機嫌は既に直っていた。ただ珍しく弱りきっている日向が可愛くていじめっ子な政宗は心擽られてからかっていただけだ。必死に機嫌を取ろうとする様子が可愛くて仕方なかったのだ。 今は別の意味で日向は必死だった。 「腹減ってんなら食べに戻るか?;」 「その必要はねぇよ」 (ひーーーっ!!;) 迫ってくる政宗に声にならない悲鳴を上げる。 もうだめかと思われた時、ドアが弾けるように開いた。 「日向殿ぉー!!」 「ぐはっ!」 幸村が俺に飛び付いて来たおかげで政宗が突き飛ばされて助かった。幸村は感涙しながら俺に抱き着いてくる。 「日向殿のおかげで真白殿に許してもらえました! 感謝いたしますー!」 「いや、俺は何も・・・; つか、助けられたの俺の方だし」 落ち着かせるためにも幸村の犬っ毛を撫でながら礼を言う。 「コラー幸村ぁ、お兄困らせちゃダメでしょー!?」 「お、お姉ちゃん、幸村さんにそんな言い方・・・」 「ハハハ、真白ちゃんが叱ってくれるから助かるよー」 「もっ申し訳ござらぬ、真白殿っ」 後から来た三人の様子を見てぎこちなさがなくなっているコトに安心した。もう、いつも通りに戻っている。 「真田ァ・・・さっきといい、こないだといいテメェは毎回毎回・・・っ」 壁に多少打ち付けたらしい政宗がゆらりと起き上がって幸村に掴みかかる。 「な、何を怒っているでござるか、伊達殿!?;」 「煩ぇ、一発撲らせろ!」 「こらこら;」 「お兄、お兄たちの分も運んであるから一緒に食べよー♪」 「お兄ちゃんも一緒じゃないと今日は意味ないよ」 「おお、そだな。んじゃ、みんなで食うか」 先行く俺らに政宗は面白くなさそうに渋々後に続く。 俺はふとあるコトに思い至って部屋を出る直前で足を止める。四人は気付かず先にリビングへ向かう、後ろの政宗だけが足止めを食らう形になる 「あ、政宗」 その政宗に振り返って、指の細い手を取る。 「? な・・・」 小首を傾げる政宗の手の甲に唇で軽く触れる。 「に」 「一応コレで許せよな」 冗談でも、しなかったらしなかったで後で文句言われそうだ。ほんの一瞬で離れて、政宗の反応に構わずさっさと妹たちの許へ戻った。 日向が去った後に政宗は足を縫い止められていた。見る者はいなかったが顔が熱い。 「Shit! 不意打ちだぜ・・・っ」 コレで本当に全員が仲直りしたのだった。 それから数日後のある日、いつもと何ら変わりなく起床して身支度を整える日向を、起きるのを渋りながら政宗がベッドの中で見ていた。 「おい、政宗。いい加減起きろよ」 「ん゛ー・・・どうせ今日もバイトだろ」 「いや、休み」 「・・・What?」 奇怪しな単語を聴いた気がして、政宗は耳を疑い上半身を持ち上げた。 「つーか、休んだ」 笑顔の日向に嘘を言ってる様子はない。しかし、空いてる時まで頼まれれば仕事を引き受ける働き者の日向が何もないのに仕事をサボるなどあり得ない。政宗は俄には信じられなかった。 「Why? cuteな妹の参観でもあんのか?」 「ないよ。ほら、政宗も早く用意しろよ」 「???」 低血圧も手伝って政宗は理解が追い付かない。 そんな政宗に日向は笑いかける。 「映画。最終日なんだ、付き合えよ」 政宗は隻の目を丸くする。 それから、ふ、と微笑した。 「・・・All right」 ようやくベッドから起き出して、政宗は身支度のために立ち上がった。 天気は快晴。白いカーテンの外には淡い水色の空が広がっていた。 大変長くなりました・・・;; スミマセン。 コレって一応政日のハナシだけど兄妹それぞれっぽくもある。それぞれの行き違いなケンカが書きたかったの。 できれば、幸真サイドと佐明サイドも書いてみたいな・・・ |