「なぁなぁ、日向dateしようぜー」 (またか) ここ数日何度も繰り返される科白。 「重いっての。俺は休日ぐらいゆっくりしたいんだ」 「holidayったって真田とか妹が来て潰れんじゃねぇか」 そう剥れて不平を言う。コイツが剥れてんのは、妹や幸村の時と違ってコイツの時は何言っても俺が寝るからだ。 でも、俺からすれば毎日同じ部屋にいるんだから構うも何もない。 (ったく、変なコトで拗ねるなよな・・・) 「今度のholidayは俺のために空けろ」 無駄に偉そうに強請られる。コレが他人に物を頼む態度だろうか。しかも、ずっと後ろから張り付かれて身動きが取りにくい。 いい加減、料理を作るのに邪魔だ。 「・・・わかったよ」 諦め気味に嘆息する。 「観たい映画あるし二人で行くか?」 「Really!?」 「ホントホント」 「本気(マジ)で二人だろうな!?」 「急に真白たち誘っても予定あるだろ」 今度の休みと言えば明後日だ。第一、大学生の俺と違って妹たちは平日で学校があるから誘える訳がない。 「真田とかも誘うなよ」 剣呑に睨まれて念を押される。 「観たいの洋画の字幕だから幸村たちだって無理だろ。付き合えんのお前ぐらいじゃん」 英文学を専攻している俺は行く行くは翻訳家になりたい。観たい映画は内容が面白いというのもあるが、尊敬してる翻訳家が字幕をやってるからというのが大きい。 「Get it!」 (そんなに喜ぶものか・・・??) あんまり嬉しそうにするから俺は首を捻る。そんなに政宗に対してひどい態度を取っていただろうか。 そういえば、よくよく考えれば政宗はずっと家にいる。何故かちゃんと俺の帰りを待って毎日何時になろうと出迎える。大人しくしてるような性格でもないのに。 それでは鬱屈もしようなもの。外に出たがるはずだ。 だったら好きに出掛ければいいのに。別に留守番を強要してはいないし、ある程度金は渡してある。 (そっか・・・) アレを気にしているのか。 一つ思い当たった。前に勝手に出ていって一悶着になったコトがある。あの時、政宗はもうしないと言ったのだ。どうやらそれを守っているらしい。 (何もそこまで・・・) あの時は場合が場合だっただけで別に怒りはしないのに。 でも、何だかんだ言って帰った時に出迎えてくれるのは嬉しかったりする。 (たまには、いいか) ワガママな俺様に付き合うのも。 政宗が異様に喜ぶので、休日が潰れるのも日向は悪い気はしなかった。 それからの政宗は嫌に機嫌が良かった。珍しく政宗が料理を作ってくれたほどだ。 そこまで喜ぶ理由はさっぱり解らないが、何だかガキみたいで可笑しかった。 そうして当日になった。 「Hey.日向。Hurry up!」 「あのなぁ、そんな急がなくても充分間に合うっての」 無駄に急かされつつ靴紐を結ぶ。 何故か服を選ばれ上から下まで全身コーディネートされた。まぁ、今日は一日政宗の好きなようにさせてやろうと思ってるからいいけど。 しかし、野郎二人で出掛けて何が楽しいのだろう。趣味の合うダチなら別だが、政宗とはそういう間柄でもない。趣味も合うと言えば料理ぐらいなもの。 (ま、単に出掛けんのが嬉しいんだろな) 「日向、行くぞ」 「おう」 俺が立ち上がろとしたその時、 バン!! 「っだ!?」 「日向殿ぉっ!!」 「日向さん!」 「おわっ!?;」 政宗が開けようとしたドアが勢いよく開いて、俺は男二人に飛び付かれた。 「幸村っ、佐助!? 一体どうしたんだ!?」 二人共弱りきった様子で眉がハの字に下がっている。幸村に至っては涙まで滲んでいた。 二人は同時に言った。 「真白殿に」「明日羽ちゃんに」「「追い出された」」「でござるー!」 「ハァ!?」 泣き付かれても唐突なコトに驚くだけだ。 「え、何でだ?; もしかして、真白たちを怒らすようなコトでもしたのか?」 訊くと二人はコクンと頷いた。 俺はどうしたものか困る。この二人が妹たちを怒らせるとは相当なコトだ。 「とにかく中入って、詳しく話を聞こう。お茶淹れてやるから、な?」 そう言って来た二人を部屋へ促すと政宗が制止をかけた。 「Wait! これからdateだろうが、どうするつもりだ!」 「どうするもこうするも、んな状況で出掛けれるワケないだろ!」 不謹慎なコトを言う政宗を叱り付けて、俺は履いた靴を脱いで中に戻った。 「Goddam!」 玄関に取り残された政宗が忌々しげに舌打ちした。 「で、一体何があったんだ?」 甘い物を食ったら落ち着くだろうと、今度妹と食事する時にでもと試作していたアップルパイを食べさせながら問い質した。 「ほぉのそふぇふぁひは・・・っ」 「幸村は食い終わってから言え;」 泣きながらアップルパイを口に詰め込むから何を言ってるか判らない。目線で佐助に促すと、一口だけ食べてフォークを置いた。そして、気不味げに目を伏せる。 「あの・・・」 「うん」 俺が答えるのを待っているので、佐助は重い口を申し訳なさそうに開いた。 「・・・実は、3日連続で明日羽ちゃんの下着洗濯しちゃって;;」 佐助の隣で幸村がパイを喉に詰まらせて顔を赤くした。俺は茶を差し出し、佐助は背中を擦ってやった。 ようやく落ち着いてから顔赤いままに幸村は叫んだ。 「佐助、何を破廉恥なっ!///」 「いや、・・・うん。日向さん、すみません;」 「佐助、そんな気にすんな。気持ちは解る、俺も同じコトしたし」 「え・・・?」 俺は苦笑する。知らないのも無理はない、何年も前のコトだ。 俺が中1の頃だ。寺門家では家の手伝いを一つするのが決りで、その頃の俺は洗濯をやってた。しかし、男より女の方が精神的に成長が早いから小学生であっても女のコには恥ずかしかったらしい。いや、俺は気にしなくても明日羽は恥ずかしがり始める年頃だったのかもしれない。 ある日、洗濯物を干してる俺を見て明日羽が泣きじゃくったのだ。 「・・・それから、どんなに謝っても3日は口聞いてくれなかった;;」 「その時で3日・・・、俺様どんだけ口聞いてもらえないんだろう・・・」 佐助がどんより落ち込むから慌てた、逆効果だった。明日羽はそういうコトには敏感だからフォローが難しい。 「そんな気落ちすんなってっ! 俺からも言ってやるし、佐助だって悪気があってやったコトじゃないだろ。明日羽だってその辺は解ってるさ」 「日向さん・・・」 「明日羽の機嫌直るまで好きなだけ俺んトコいればいいからさ」 「NO! 冗談じゃねぇ!」 佐助を慰めてるトコロに政宗が文句を言う。 「ま〜さ〜む〜ね〜? なぁんでそんなコト言うんだ」 じとりと政宗を睨み付ける。 「俺は許さねぇからな!」 「お前が許さなくても俺が許す。それで、幸村は何したんだ?」 俺が政宗の言い分を無視したコトに政宗は額に血管を浮かせたが、俺は気にしない。 「そ、某は真白殿が勉学に励んでおられるので、こーひーでもお淹れしようと思い用意したのでござるが・・・」 「もしかして、真白が勉強してるトコロに溢したのか・・・?;」 幸村はしょんぼりと頷いた。 「運んでる途中に躓いてしまって・・・、もう少しで終わるところであった問題集をダメにしてしまったのでござる・・・」 「あちゃー・・・、そりゃ真白カンカンなったろうな。アイツ、受験で切羽詰まってるし。真白は一度怒っと手ぇ付けられないからなぁ、幸村もしばらく家いな。熱冷めた頃に謝ればいいさ」 「申し訳ござらぬ、日向殿」 瞳を潤ませて礼を言う幸村の頭を撫でてやる。 「日向! 真田まで置く気かよ!? 寝るトコだってねぇだろ、置けるワケ・・・っ」 「床に雑魚寝でいいじゃん。今夏だし別にいいよな? 俺も一緒に寝るし」 「構いませぬ」 「いいですよ」 「What!?」 「政宗嫌なら俺のベッド一人で使えよ」 「・・・・・・・・・っっ!!?」 日向にそう言われると何も言えなくなる政宗だった。 結局、その日の夜は男4人リビングでタオルケット一枚で寝ることになり、日向の両隣が真田主従であったことに納得が行かない政宗であった。 ぼんやりと天井を見詰める。 仰向けになっているから見えはしないが右左から規則正しい寝息が聞こえる。時折、微かに洩れる呟きの中に妹の名前が聞こえるのは気のせいじゃないだろう。 (しかし、家出にしてもプチすぎやしないか・・・?) と言っても、この二人には今のところ俺ぐらいしか頼る宛がないから仕方ないが。 普段仲良くやってる分、拗れると厄介になるものだ。めったにしない兄妹ゲンカで妹の兆候は解っている。 (真白たちにも反省させる時間が必要だな) 道理を通し、謝れば許すのが寺門家の家訓だ。血筋からか元々根に持たない性格だから、しばらくすれば怒りも収まる。 (ん・・・?) 薄明かるい視界の外で物が動く気配がした。しばらくしてガラス戸が開く音がして、湿気を孕んだ夜気が侵入して足先を掠める。 ゆっくりと身を起こすとベランダに不機嫌な後ろ姿が見えた。両隣を起こさないように、そっと足音を忍ばせてその影に近付く。 少し開いた戸から身を乗り出して横から顔を窺えば月明かりだけで充分眉間の寄り具合が見てとれた。 (うわ、すんげー不貞腐れてやがる・・・;) ガラス戸に凭れかかって座り、夜空を見上げもせず渋面をぶら下げている。 「政、宗・・・?」 「何だよ」 呼んでもこっちを見やしない。完全にへそを曲げている。 「今日は悪かったって。でも、また今度行けばいいじゃん。な?」 「今度っていつだよ」 「うーーと・・・;;」 ムスリ、と言われた言葉に即座に返せない。バイト学生の俺が丸一日空く日はあまり無い。コイツもそれが解ってるからこんな態度が悪いんだ。 「dateだったのに・・・っ」 「だって、あんな幸村たち放っておけるワケないだろ・・・っ?」 「日向は人が好すぎる。お前がそんなんだから真田主従が調子づくんだ」 「んな言い方はないだろ。じゃあ、無視しろってのか!?」 そう言われて政宗は黙り込んだ後、長いため息を吐く。 困っている人を放っておけないのが日向の性分だ。 (そこが日向のcharmpointなんだけどよ・・・) だからこそ、厄介なのだ。 政宗の様子に、日向は少なくない罪悪感を覚える。この数日、今日を楽しみにしていた政宗を知っているからだ。 「本気で悪かったって! 難だったら、政宗だけでも出掛けて来いよ。別に俺のコトは気にしないでさ」 「・・・何、言ってんだ?」 政宗の様子が変わった。何か気に障るコトを言ったらしい。 でも、何を? 「へ? だって」 外に出掛けたかったんじゃないのか? 政宗が眼光鋭いまま詰め寄ってくる。俺は固まって間近で顔を突き合わせた。 「dateだったんだぞ?」 「ん、う・・・ん??」 「dateはお前いねぇとイミねぇだろ」 「? え、お前、俺と出掛けたかったのか? 何で??」 政宗が怒っているのは判るが、言ってるコトがよく解らない。政宗なら、案内役がいなくても問題ないはずだ。 俺の様子に呆れたような感じで、それでも諦めきれないみたいに渋面を深くして政宗は立ち上がった。 「・・・寝る」 「お、おぅ・・・」 おやすみ、と言って横になるのを見届けたが、明らかにふて寝だった。 結局何が不味かったのか解らず仕舞いで、俺はしきりに首を傾げた。 翌日、大学帰りに妹たちに携帯から電話をかける。様子見と説得も兼ねてだ。 「もしもし、明日羽か?」 『お、お兄ちゃん?』 「佐助にかわってくれるか」 『え゛、今はちょっと・・・』 「ウソ、佐助いないんだろ? 佐助ならウチにいるぞ」 『お兄ちゃんのトコ、に・・・』 虚を突かれている風な声に小さく笑う。 「安心したか?」 『っ、別に心配なんて・・・///;』 してないもん、と意地張るのが明日羽らしい。話をすり替えようと騙したコトを怒ってくるが、それは素直に詫びる。 「それは悪かった。でも、佐助は俺と違って悪気があってやったんじゃないだろ? 許してやれよ」 『でも、だって・・・』 「明日羽だって怒り過ぎたって後悔してるんだろ? ケンカは早く謝るに限るぞ」 弱る様子の妹に追い討ち、とゆーか敢えて意地悪を言ってみる。 「俺は佐助がいると助かるから、ずっと置いててもいいんだぞ?」 『おっお兄ちゃ・・・?』 ちょっと可哀想だったが言い終わる前に強制的に切った。そして、即座に別のトコロにかける。 『もしもし、お兄?』 「おお、真白。知ってると思うけど、幸村コッチにいるぞ」 『・・・・・・幸村、迷惑かけてない?;』 「気になるか」 『お兄の邪魔してないかがねっ!』 明らかに虚勢を張り上げるもんだから、可笑しくて笑った。 「そりゃ残念だな、迷惑なんてかけてねぇよ。いっつも俺の大事な妹のために一生懸命だからな」 『・・・・・・・・・』 「幸村、すんごい落ち込んでるぞー」 返事はないが、絶対電話の向こうでズキズキと良心の呵責を覚えている。 「いいのかぁ? その歳なって同じ歳の男泣かせて」 『う゛ぅ゛・・・、昔と一緒にしないでよ・・・っ;』 「似たようなもんだろ。言っとくけど、また怒るだけなら来ても幸村に会わせないからな」 そう忠告をして携帯を閉じた。 いつも味方する俺が悪役に回れば妹たちも焦るだろう。 「さて、俺はどうするか・・・」 嘆息が知らず吐かれる。 コレはケンカと言うのだろうか。ただ悪いのは約束を反故にした俺の方だ。 しかし、どんなに考えても理由が解らない。 (・・・でも、楽しみにしてたしなぁアイツ・・・・・・) それは申し訳ないと思っているのだ。ただ足りないモノが判らない。 「どうすっかなぁ・・・」 弱りきって頭を掻いた。 続。 |