君のいる日々









今日は珍しく一人じゃない家に帰る。


(変な感じ)


何しろ待っているのは可愛い妹じゃない。
どうせクセで「ただいま」とは言ってしまうのだろうけど、返事が返ってくるのかもしれない。
しかし、一体アイツは何をしてるのだろう。一応、自分の服を貸しはしたが…

『This one is too tight』

『悪かったな』

文句を言われるのは判っていたが腹が立った。自分より背が高いのもあるが羨ましいほどに均整についた筋肉、同じ男として劣等感を感じさせられる。
しかも、

『腰だけだな、laxなのは』

その時、思わず剥れてそっぽを向いた。
自分より筋肉質なのに腰だけは相手の方が細かった。その理由が六つに割れた腹筋にあるのは明らかだ。六つ割れを試みた時期があるだけに無性に悔しい。
どちらにせよ合わない以上、服を買いに行かねばならないのは確かだ。出費は手痛いが、それ以前にバイトと大学で買いに行く時間がなかなか作れない。
早く現代の常識を覚えてもらうためにもどうにかしなければ、と悩みながらマンションに帰りつく。
一つため息を吐いて、部屋の鍵を開けた。

「ただいまー」

静まりかえった部屋に自分の声が空しく響いた。

(あれ…?)

返る声がないことに首を傾げる。
ほんの少しだけ、期待していた。

「政宗ぇ?」

夢だと思いたいのは山々だが、明らかに現実に出会った相手の名を呼ぶがそれでも返答はない。
奇妙に思いつつ、勉強部屋でもある寝室のドアを開けた。

「うわっ!?;」

部屋の光景に仰天する。平素はきちんと本棚に収めてある本たちが空き巣が入ったかのように散乱していたのだ。

「なっ、何だよコレ!!;」

鞄を取り落として叫んだら、本の山の一角が崩れた。

「…ン」

「政宗!?」

そこから姿を現したのは昨日会ったばかりの相手。

「Oh 日向。帰ったのか」

うたた寝をしてしまったらしい眼帯の男は気だるげに欠伸を噛み殺した。

「帰ったのか、じゃねぇよ! なんだ、この惨状は!?」

「暇潰しにちょっと読んでたら、寝ちまって…」

「読む…って、コレ全部読んだのか!?;」

驚きに目を見開く。
相手は平然と肯いて見せた。
散乱しているのは主に洋書など、自分が専攻している英文学関係がほとんどだ。戦国時代からの異邦人が何故易々と読めるのか、と疑った。しかし、その証拠に本と一緒に散らばったルーズリーフには筆記体の英字が踊っているし、達筆すぎて読めない字が彼の手元辺りのモノに至っては既に自分が読める字体になっていた。

「…もしかして、字練習してたのか?」

「Yeah. English見りゃ意味大体解るしな。字面といい文体といい大分変わってんな」

もうある程度現代語をmasterしたぜ、と口の片端を吊り上げてみせる男に唖然とする。
いくら今と昔の文字に格差があっても、それを日本語でなく英語を使って理解するなんて本当に戦国時代の人間がすることなのか。
脅威的な知識の吸収力より、そのやり方があり得ないと感じた。

が、

「つか、暴れてんじゃねーよ!!」

何より部屋を散らかされたことが許せなかったから、足下にあった辞書の角で頭を殴った。



翌日。

「ただいまー」

また返事がなかった。
部屋を見回ったがどこにもいない。書き置きすらない。

(一言ぐらい残してけっての!)

部屋を出るなとは言ってなかったからそれはいいが、字を覚えておきながらメモ一つないのは自分本位すぎる。
大の男だ、心配する必要は欠片もない。

「…………」

(……いや、でも、もし迷子とかなってたら;)

そう思ってしまうと、放っておくつもりだったのに何故か部屋を出てしまっていた。
街を多少駆けながら探し回る。あれだけ色んな意味で目立つ外見なんだ、すぐ見付かる。そうでないと困る。
思った通り、しばらくして見付かった。

「政…っ」

かけようとした声が止まった。
眼帯の男の周りに妙齢の女性が数人囲んでいる。そんな中で男は彼女らに笑いかけていた。

「! 日向」

相手がこちらに気付いて向いたと同時に踵を返して気付かないフリをした。

「Hey. 日向?」

無視をして競歩の速さでその場から去った。

(何だよ…っ)

相手がモテるのは当然だし、別にそれをひがんでるワケじゃない。
ヒトが心配して探してたのに、ヘラヘラ遊んでいたことにムカついた。

(やっぱあんな奴の心配なんてするんじゃなかった…!)

心配した自分が悔しかった。
部屋に帰ってしばらくして、眼帯の男も帰ってきた。特に匂いのするモノのない部屋に侵入した化粧や香水の香りが鼻についた。

「日向、さっき気付かなかったのか?」

当然だが、何の悪気もない相手の態度が苛ついた。

「何が」

「何怒ってんだ?」

「別に」

不意に相手の持っているモノが目に入った。

「何だよ、ソレ…」

大量の紙袋。

「俺の服」

「Σなっ、金持ってったのか!?;」

「いや? その辺の女が買ってくれた」

「ッ!? こんのバカ!! 返して来いっ!!」

「何だよ、お前金ないんだろ。いいじゃねぇか。勝手にくれたんだ」

「アホかっ、服買う金ぐらい何とかする! 見知らずの女に貢がせてんじゃねーよ!! お前はジゴロか、ホストか!?」

とにかく返して来い、と叱ると不機嫌に眉をしかめた。

「返そうたって返せねぇぜ、顔も名前も知らねぇからな」

連絡先以前に声をかけられた女全員、顔すら覚えちゃいないと相手は平然と言ってのけた。

「おっ前、最っっ低だな!」

心底呆れて怒鳴り付けた。
そうしたら、相手までえらく不機嫌な表情をした。

「何だよ、せっかく…」

「いいから、ソレ全部返して来い! 返して来るまで帰ってくんな!!」

相手が何を言おうとしたかなんて、頭に血が昇って聞く気がなかった。
相手の背中を押して、部屋から追い出してドアを鍵を含め閉めた。
そのままドアの前でドアノブを握り締めていたら、いくらかの間の後舌打ちが小さく聞こえて足音が遠ざかっていった。
完全に音がしなくなってから、ドアに額で小突いた。

「何で…んな腹立つんだよ…」

あそこまでヒドイ奴だとは思わなかった。見損なった。
だからだ。
とんでもない奴だけど、悪い奴じゃないと思ったのに。


「政宗の馬鹿野郎…」


零れた呟きにあったのは怒りじゃなかった。






夕闇迫る黄昏時、黄昏るのではなくむしゃくしゃしてどかりと遊歩道か何かのbenchに腰を下ろした。

「ったく、何だよ日向のヤツ」

頭が堅すぎる。
向こうにも小言の多い男がいはしたが、結局は相手が折れていた。あそこまで強情なヤツは初めてだ。年下のクセに自分のするコトに遠慮なく文句をぶつけてくる。

(確か真田幸村と同じだったか…)

永遠のrivalのことを思い出す。そういえば、ヤツもヤツで絶対折れない頑固者だ。あれぐらいの年頃のヤツはみんな頭が堅いのだろうか。

(面倒臭ぇな)

億劫に頭をかく。
真面目さは自分にないモノだから嫌いではないが、一番縁が遠いはずのそれに自分は縁がありすぎる嫌いがある。
それにしても、何も追い出すことはないのではないか。

(そうだよ、俺は)

アイツのことを想ってやったコトなのに。
何故、逆に不興を買わなくてはならないのかさっぱり解らない。

(しかし、どうするか)

とりあえず怒りが鎮まるのを待つとして、今日は帰れないから寝床を確保しなければ。
と、思案していた矢先。

「ねぇ、一人で何してるの?」

「Ah?」

陰ったから顔を上げたら、そこに一人の女の顔があった。わずかに頬を紅潮させ、眸には熱が窺える。

政宗はそっと細く笑んだ。





帰ったら、また居なかった。
自分が追い出したのだから当然だが、無神経なアイツのことだからひょっこりいる可能性もある。

「何だよ…」

日向は知らず渋面になっていた。清々するかと思ったが、返って不機嫌が増した。居なくなってからずっとモヤモヤする。

「ん?」

リビングの部屋の隅に置いた覚えのない荷物があった。
紙袋の群れ。どこかで見覚えがある。
日向の渋面の度合いがさらに増した。

(一回帰ってきてたのか)

中身を改めると派手だが品のよい服ばかりだ。高価なブランド物ばかり。

(そういや…)

クローゼットの奥に仕舞ってある鎧や陣羽織も使い古されていたが質が良かった。そもそも軍一つを率いる総大将で国主だ、裕福な坊っちゃんだからあんな性格なのかもしれない。それはそれで頷ける。

(そりゃ…、俺じゃこんな高いの買ってやれないけどよ…)

本人のセンスか女のセンスかは知らないが、アイツに似合う服をよく判っている。いくら粗暴なところがあっても育ちはいいのだ。安物よりこういったモノの方が似合う。

(どうせ、俺は…)

ただの貧乏学生だ。所詮庶民だ。
自分のトコにいるより他のトコにいる方がよっぽどあの男にはいいだろう。


おかえり、

のその一言が。


淡い期待が泡になっていくのを日向は感じた。


その日、政宗は帰って来なかった。




「今日はここまで」

チャイムが鳴る頃を見計らって教授が終わりを告げ、教壇を離れた。
ふ、と息を吐いて日向は本やノートの類いをまとめ帰り支度をする。今日の講義はこれで最後だ。バイトもない。

「寺門、これからボーリングに行かね?」

「悪ぃ、帰るわ」

「えぇ? 何だ、妹ちゃんと約束とかか?」

「そゆワケじゃねぇけど、」

「だったらよ」

「悪ぃな」

断る理由はないのに悩む間もなく断った。ダチとはしゃぐ気分にはなれなかった。
納得の行かない様子のダチが言い募ろうとする中、俺は教室を後にした。
真っ直ぐ家に帰っても誰も居はしないのに。

(何やってんだろ、俺)

一体何を気に病んでいるのか。気持ちのよい陽気に反して雲の晴れない心が、また一つため息を紡いだ。
キャンパスを歩いていると賑わいだ人の群れを見付けた。華やいだ声が一ヶ所に密集している。

(何だ…??)

何かの撮影でもやっているのだろうか。モデルやドラマの撮影にこの大学が使われることがたまにある。女性ばかりが群がっているということは人気のアイドルでも来てるのか。
有名人に関心がないワケではないが、今は帰る方向にそれが立ち塞がっていることが厄介だった。仕方なく女性の集団を迂回する。

「なぁ、日向ってヤツ知らねぇか?」

びたっ。

自分の名を耳にして、度肝を抜かれ思わず足が止まった。
そろりと首を動かすと、女に囲まれた中心に眼帯をした男がいた。

(……っっ!! な゛っ、なんでココに!!?;)

「え、それってカノジョ?」

「いや、男。探してんだが、知らねぇか?」

「なぁんだ。だったら、探すの手伝いますv」

「私もv」

「Thanks」

囲む女たちに安く微笑する様に微かな軽蔑を覚えた。とにかく見付かる前に、と再び歩き出そうとしたところを呼び止められる。

「寺門っ」

振り向くと先ほど誘ってくれたダチだった。後を追ってきたらしい。肩を掴まれ体ごと向かされる。
眼帯の男が友人の声に引かれてこちらを見たことに日向は気付かなかった。鷹の眸が自分の肩に触れる手に眇められたことにも。

「どした?」

「どしたじゃないっての、最近付き合い悪ぃぞ。オマエ、体空いてんなら付き合えよ」

「そ…」

「空いてねぇよ」

ぐいっ。

鋭い声がしたと思ったら、後ろから首に腕を回され引かれた。

「誰と誰が付き合うってんだ…?」

自分からは背後で見えなかったが、ダチの青冷め方と耳許の声の感じで凶悪な表情で凄んでいるであろうことが容易く想像ついた。

「〜〜ってめぇ、何、ヒトのダチ脅してんだ!」

「ッで!?」

持っていた鞄をボカリと降り下ろして、相手が痛みにうめいてる間に逃げ出した。
脱兎の如く、と言う表現がぴったりの見事な逃げっぷりに友人は呆気にとられ、ただ見送った。逃げられた眼帯の男は復活した途端、舌打ち一つして同じようにその場を走り去っていった。
見付かっては不味いと分かりにくい林道を抜け裏門に向かうつもりだった。

「Stop 日向!」

しかし、林道の中程で捕まってしまう。駆けていた方向とは反対の方向に肩を乱暴に引かれ、よろけたところで腰にも腕を回され二人一緒に地面に尻餅をつく。
久しぶりの全力疾走に、さすがに日向は息が乱れ抵抗する余力もなかった。

「…何で、逃げんだよ…っ」

自分より余裕がある息の乱れ方が日向の癪に障った。言葉と同時に腰を抱く力を強められて、余計に拘束されたことも気に食わなかった。
だから、自然刺々しい響きが言葉に籠る。

「てめ…といると、悪、目立ちすんだよ…判れって、の…っ」

荒れた呼吸が邪魔で上手く文句も言えやしない。しかし、相手には通じたらしく向こうまで不機嫌になる。

「何だよ、まだangryなのかよ。しつけぇな」

「っるさい…! ど、せ今まで女んトコいたん、だろ…っ だったら、俺んトコなんか戻ってくん…な!」

「何で判る」

日向は血管を浮かせた。否定せずあっさり認めたことではなく、複数の香水の匂いを漂わせておいて無頓着なことに。
それは女性からすれば佳い香りであるが、この男からするのは不似合いで、混じっているせいもあって不快にしか聞こえなかった。

「は、なせ…っ」

匂いが移るのが嫌でもがく。だが、それすらも出来なくなるように日向は抱き竦められる。

「…もしかして、妬いてんのか?」

「ハァ!? なに、イ゛ッ!!」

とぼけたようなふざけた問いに憤って振り返ろうとした瞬間、首元に顔を埋められて痛みが首筋を走った。

「…別にこうして痕付けたワケじゃねぇし、宿代払っただけだぜ?」

痛む箇所を音を立てて吸われた後、傷口にするように舐められる。日向はびくりと身を強張らせた。

「オマエだってしたコトねぇワケじゃねぇだろ」

「……違う」

静かに、だが確かに呟かれた。

「Am?」

「…オマエとは違うっ、俺は好きなヤツとしかしない…!」

「っ! 日向!?;」

怒りに震えた声に窺い見ると腕の中の日向の眸に涙が滲んでいた。政宗はやりすぎたか、と肝を冷やす。

「Sorry.日向。Don't cry」

「泣いてねぇ! 腹立ってんだぞ、俺はっ」

「だから、悪かったって…」

「腹立ってんのは、俺にだ!」

「What…?」

意外な科白を耳にして政宗は怪訝に眉を寄せた。

「知らない場所に来たからって、こんな馬鹿心配して!」

「オイ…誰がfoolだって…?」

政宗は笑んだ口元をひきつらせた。

「なのに、オマエより俺の方が戸惑ってるわ、放っておきゃいいのにそれも出来ねぇし、どうせイイ服だって買ってやれねぇしっ!」

「日向…」

「ああ、どうせ凡人のひがみだよ! 女にモテるヤツの神経なんか解っかよ! 余裕なカオばっかしやがって…、ムカつくっ なんもしてやれねぇんだから、俺んトコ居たって意味ねぇだろ…!!」

だからもう帰ってくるな、と悔しげに悪態を吐く日向の背後で、次第に笑みを深くしていった。何に腹を立て悔しがっているのか知ってしまって、どうしても顔の筋肉が緩んでしまう。

「どうせ俺なんか…」

「日向」

「何だよ…っ」

「俺は日向がいい」

「…!」

「日向ん家に帰りたい。日向の飯食いてぇ。もうしねぇから、いい加減帰らせろ」

「………」

「Please」

先に折れられて、日向はなぜだか余計に悔しくなった。

(なんか、ずりぃ…っ)

これでは、自分の方がひねくれ者みたいではないか。

「…コ」

「Um?」

「1コだけ、条件がある」

タダで許すのが癪だったから、思い付く罰を言ったら何故か噴き出された。





「日向っ♪」

「おわっ;」

同じサークルのダチが挨拶代わりに肩を組んできた。妙に浮かれた声の調子が気になった。

「なんだぁ? 朝からテンションたっかいなぁ」

「そーゆー日向くんはお疲れみたいだねぇ。なかなか隅に置けないじゃんv」

「は? 何のハナシだ??」

「カノジョいないんじゃなかったっけ?」

「いねぇけど??」

それがどうしたと小首を傾げると、ニヤついていたダチが怪訝になった。

「じゃ、オマエ。その首のは何だよ…?」

指摘されて気付いて、指差された箇所を押さえる。

「昨日、噛まれたんだよ」

俺の答えにダチはがっかりと肩を落とす。

「何だよ、虫刺されかよ。てっきりキスマークだと思ったのによぉ」


「き…………」


ダチの言葉に首元を押さえたまま固まる。

今、何てった……?

キ………;;


ぷち。


「政宗ぇーっっ!!!」

日向は帰って早々居候の名を呼んだ。

「Oh.日向」

「政宗っ、オマエ何てコトしてくれてんだ!!」

政宗が顔を出した途端、彼の胸倉に掴みかかる。

「何がだ」

「この首のだよ! ふざけるにも程があるぞ!?」

「何だよ、たかがkissmark一つで。悪い虫除けになっていいじゃねぇか」

「何だよ悪い虫って!? ワケ解んねぇコトばっか言いやがって!」

「オマエ昨日だって隙だらけだったじゃねぇか」

「はぁ!?」

「俺んモンだって唾付けときゃ、手ぇ出されねぇだろうが」

「一体いつ俺がオマエの所有物になったかー!!? ヒトをモノ扱いすんじゃねぇよ!! その俺様な性格直さねぇと現代(ココ)でやってけねぇぞ!」

「Hey.日向」

「何だよ!?」

「何か忘れてねぇか?」

オマエが言ったことだろ、と口端を吊り上げり政宗に、日向は悔しげに渋々怒りを収める。

「〜〜っただいま、政宗」

「おかえり、日向」




日向の条件、

『「ただいま」って言ったらちゃんと「おかえり」って言え』

政宗は笑ったけど、一番大事な基本。



君がいる日々は

なんとも騒がしく
とんでもなく厄介で

そして、たまに心地いいんだ。










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