「い、いやだ…」 一歩二歩とにじり下がる。 「寄るな…!」 それと同じだけ、いやそれ以上に詰め寄られる。 背が壁にぶつかる。 目の前には伸びてくる手。 「止めろぉっ!!」 捕まる直前にあげた悲鳴が最後だった。 青ざめる自分とは対照的に奴らはひどく愉しそうに笑っていた。 休日の昼下がり、天気は良好。 「しかも、大安吉日だっていうのに留守番はねぇよなぁ? 夢吉」 腕に乗る小猿は首を傾げるだけだ。 ラジオからのポップな音楽を聴きのんびりしていた慶次は退屈そうにぼやいた。 平穏なおだやかさも嫌いではないが、楽しく騒ぐのもまた好ましい。 「花葉がいりゃあ、あいつで遊べるんだけどなぁ」 花葉といるのは正直飽きない。 感情的でよく怒って、いつでも懸命で 些細なコトで傷付いたり、また逆に嬉しそうにはしゃいだり。 恋特有の情緒不安定さ。 見ていてキラキラと眩しい。 「花葉はきっといい恋をしてんだな」 相棒の小猿に笑いかける。 どんな娘かは知らないが、いいコなコトは間違いない。 「どんな可愛い娘か見てみたいもんだねぇ」 必死に、こっそり入手した唯一の写真はひた隠されている。 「お、そだ! 今ならバレずに見れるんじゃねぇか?」 ふと思い付いた案は自分のイタズラ心をくすぐった。 他に誰もいないがひそりと忍び足で花葉の寝室に向かう。花葉のコトだからベタな判りやすいところに隠しているはずだ。 「ベッドの下は…ないか、つかエロ本もないのか。机は勉強の本が山積みだし…枕元か? …んー、おっ、あったあった♪」 思った通り、枕の下に写真らしきモノを発見し、それを裏返そうとしたその時、 「どれどれ…」 ドタドタ、バターン!! 「Σっ!?;」 びくぅ! 突如として玄関のドアが開いて部屋の主が帰ってきた。 慌てて写真を元の場所に戻す。結局相手を見ることは叶わなかったが、何事もなく振る舞うことが優先だ。 「よ、よぅっ、おかえ…」 誤魔化しの笑顔が振り向いた瞬間、顔が固まった。 そこにいたのは白いフリフリのレースいっぱいのドレスをきた人形のような髪の長い少女だった。 「え゛…と、花葉、か…?;;」 一瞬女の子かと見誤ったが、浮かんでいる羞恥か怒りのどちらかの朱に染めて、眉を吊り上げて唸っている様子は知ってる少年のモノだ。 しかし、一体何があって女装などを。いじめにでもあったのだろうか。 「ずいぶんと可愛いカッコだな…; もしかして、そのまま帰ってきたのか?」 「可愛いとか言うなぁ!!」 「はいっ、ごめんなさい;」 「う゛ー、慶次のアホォ!!」 何がどうして自分が責められているのか判らないが、とりあえず謝っておこう。まぁ、疚しいコトがあるせいもあるが。 突撃してくる少年を多少の衝撃を受けつつ受け止める。 見た目的には可愛らしい女の子に錯覚をおこしてしまう。 「どうしたどうした、一体何があったんだ?」 確か実家で家族に会っていただけのはず。 「だからイヤだったんだ、帰るのぉ!」 喚くセリフの理由が判らない。 「姉貴の奴ら、ふざけてこんな…」 悔しそうに唸る少年には少し年の離れた姉がいて、今日は皆実家に来るから花葉も、と言うことで呼ばれたのだ。 (あ、そーゆーコト) 「姉ちゃんらに可愛がられたのか」 「可愛がられてなんかない! 見れば判るだろ!? もう二度とあんな家に帰るもんかぁ!」 いや、可愛くて仕方ないからこんかカッコを強要したんだろう。弟本人には喜ばしくなくても愛情表現の一環だ。 それに、たとえからかうつもりであっても、 (こんなに似合っちゃあな…) あまりにも違和感がなさすぎる。いっそ称賛モノだ。 「しっかしすげぇ服だな、姉ちゃんどっちかのお古か?」 何重になっているのか判らないスカートの裾をつまんで、しげしげと見る。構造がどうなっているのか判らない。 「こんな普段着があるかよ! 『俺のためV』とか言ってふざけて買ってきやがったんだ!」 下らないコトにわざわざ金をかけて悪質だ、と憤慨しているがカッコがカッコなだけにいつもより更に迫力がない。あまつさえ、悪ノリして化粧まで施されそうになったものだから、形振り構わず逃げ帰ってきたらしい。 どうやら昔からこうらしく、事の発端は母親にあるらしい。母親が似合うのをイイことに幼い頃は女の子の服しか着せず、そんな母あればこの娘ありと姉たちも弟を人形代わりにしていたのだそうだ。 もちろん本人は前から嫌がってたし、さすがに似合う年じゃないからもう危険はないと思って帰ってみれば、この有り様だ。 「アイツらよってたかって、俺の身長伸びないの喜んでんだぞ!? 普通逆だろ! 慶次聞いてんのか!?」 「聞いてるさ」 呆然と全体像を眺めていたら怒られた。 その視線が気に食わないらしく、睨まれる。 「…何だよ?」 「いや、感心してんだよ。ホントの女のコより可愛いぞ、きっと花葉の好きな娘でも負けるんじゃねぇか?」 「バカ言うな! 寺門の方がずっと可愛いに決まってるだろ!!」 しめた、と細く笑んだら、少年がしまった、という表情をして慌てて口を塞いだ。しかし、時すでに遅し。 「へぇ…、花葉の好きな娘の名前、寺門っていうのかい」 「ハメたな…っ」 「花葉が勝手に言ったんだろ」 第一教えてくれないのが悪い。 「〜〜っ!!///」 悔しそうに顔を赤くする様は、誰が見ても可愛らしかった。これでからかいたくならない方が奇怪しいだろう。 口が固い彼には、こうして聞き出すしかない。 ――しかし、 好きな娘が一番可愛いと言いきれるなんて こんなに可愛く見えても、芯はちゃんと男のコだ。 彼は人形なんかじゃない。 魂がしかと宿っている。 少年の魂の清らかさを、傾奇者は尊いものだと称賛の笑みを浮かべた。 花葉ちゃんには年の離れた姉ちゃんズがいます。 みんな立派な社会人なのですが、ただ一人の弟をとても可愛がるのが趣味です。身長伸びないコトや筋肉つきにくいコトを本気でみんな大喜びしてるので、花葉ちゃんはそれが嫌で家近いのに一人暮らしさせてもらってます。(受験勉強理由に) |