学校の帰り、唐突に降られた。 「あー、もうっ、サイアク!」 止まない雨にやつ当たる。けど、喚いたところで激しい雨音に掻き消される。 とある店先の軒下で雨宿るが、すでにずぶ濡れだった。一時的なものだから待ってれば止むだらう。自分には手に終えない状況に脱帽した。 ハンカチで顔を拭いて、髪や服はできるだけ絞る。鞄には紙類が入っているが大丈夫かと開けてみる。一番上に乱暴に入れた紙だけが主な被害で、その紙のおかげで他は何とか無事だ。 「コレのおかげなんて皮肉…」 ぐしょ濡れになったその紙を取り出してぼやいた。どうせ他に人はいないし、声は雨が掻き消してくれる。 インクが滲んでほとんど解読不能になったそれは模試の結果だ。 「どうせ、見せられないけどさぁ…」 決して成績がひどく悪い訳ではないが、保護者代理の兄には隠さなければならない内容が書かれていた。 どんなに雨が消そうとしても、自分ははっきり覚えている。 渡された時に言われた教師の言葉も… 『――寺門、もうワンランク下げないか』 ぶちっ。 「誰が下げるかボケー!!」 思い出して今更ながら憤る。紙くずを力いっぱい投球した。 (下げたら意味ない…) 担任は確実性を狙えと言うが、それでは自分が無茶なコトしているみたいではないか。 好きなゲームやマンガを封印してまで一生懸命頑張っているのに。 「下げないもん…、受かるもん…」 そんな端から無理と決めつけることはないではないか。確かに、兄より学力の劣る自分が兄と同じ大学に行こうとするのは困難かもしれないが、何事も成せば成るはずだ。 最初から決めつけないでほしい。 「くそぅ…」 雨が降っててよかった、濡れても誤魔化してくれる。 「あたっ!?」 「へ?」 声に気を引かれて俯きかけた顔を上げると、ざざ降る雨のカーテンの向こうにうっすらと影が見える。どうやら投げた紙くずが当たってしまったらしい。 その影がこちらに近寄ってくる。わずかばかり肝を冷やした。 (やば、怒られ…) 「おや、真白殿ではござらぬか」 驚いた声に聞き覚えがあって、逆にこちらが驚いた。 「幸村!?」 模試の結果をぶつけたのは、我が家の居候だった。 「雨が降って参ったので、迎えに上がろうとして…Σなっ、どうしたのでござるか、真白殿!?;;」 仰天され傘を持った手が柄を握り砕くのではないかと思われるほどに力を込められた。 「誰かにいじめられたでござるか!? それともどこか怪我でも!?;」 「あっ、違う違う! 雨だよ」 慌て目元を拭い笑って見せる。多少心配を残しながらも素直な男は頷いた。 「それならいいのでござる、が……」 傘を差し出そうとした男が急に固まり動きを止める。首を傾げて見上げると、見る間に下から上に朱が競り上がっていくのが見てとれた。 「もっ、申し訳ござらぬ…っ///;」 即座に上着を脱いで渡し、踵を返した。 「? あ…」 自分を見下ろすと制服が濡れてるせいで下着がうっすら透けていた。 相手が気にするほど恥ずかしくはないのだが、着ないと相手が可哀想だと渡された上着をいそいそと着衣した。 「ありがと。でも、幸村は寒くない?」 「い、いやっ、暑いくらいでござる!///」 そりゃそうだろうな、と蒸気まで出している男を見て思った。 「んじゃ、帰ろっか」 「承知」 一緒の傘に入って帰路につく。雨音に耳を傾けていたら、不意に弱音が零れた。 「受かるかなぁ」 「勿論でござるよ!」 受験が何かもちゃんと解ってない男が力強く頷いた。その断言ぶりに呆気に取られる。 「な、んで…」 そう言い切れるの? 「真白殿がこうして毎日頑張っているのでござるから、受からぬ故がござらん!」 雲を切る光のように真っ直ぐな言葉。 励ましの笑顔の向こうで雲間から太陽が覗き、次第に空が青を取り戻す。 「真白殿っ、虹でござるよ!」 「ホントだ」 差した指の先に七色の橋がかかっていた。 「縁起が良いでござるな。あの虹に願掛けをすればきっと合格するでござるよ」 何の根拠もないけど、本当にそんな気がして、信じて空にかかる橋に祈った。 祈り終えて隣を伺うと一緒に祈ってくれてて、目が合うと綻ぶように微笑みかけてきた。 それだけで勇気が出て、笑顔を返した。 晴れやかな男が虹を呼ぶ。 私の心を晴らすために―― 今日の天気は、涙(あめ)のち晴れ男。 虹ってオスとメスがあるんすよ。 七色のがオスで五色のがメスなんです。んで、「虹」って書くのはオスだけで、メスは別に漢字があるのでござる。 昔の中国の人にはニジが生き物(確か蛇)に見えたんだねぇ。 フフ、無駄なまめ知識… |