辛抱














「ただいまぁー」

大学のフル講義を受け、バイトを終えヘトヘトに疲れて寺門家長男は自分の部屋に帰ってきた。
答える人間がいないと解っていてもつい口に出るのはもうクセだ。

「日向、帰ったか」

「わっ」

靴を脱いで上がったところでいきなり両肩に重みがのしかかる。

(そういやコイツがいたんだった…;)

少し前に現れた独眼の男の存在を忘れていたため、返事があったコトに驚く。

「……つか、何…?;」

近付けられる顔に身を引こうとするが、腕を回されてあまり下がれない。

「大人しく待ってやったんだぜ? そろそろいいだろv」

近付けられる口元を手で押さえる。

「だから、何が…?;」

あんまり聞きたくないなぁ、と思いつつ冷や汗をかく。

「寂しいんだ」

「ハァ!?;」

そんな可愛い(いや、この男に可愛いも何もないが)コトを言うタマじゃないと、背筋に怖気が走った。

「お前がイヤつうから吸ってねぇんだぜ?」

「あ、そゆコト…;」

煙草の話だ。
何だ、と安堵する。確かに近い吐息から紫煙の匂いはしないが、他にもっとやり方はないのだろうか。

(なにも、こんなやり方で証明せんでも…;;)

全くもって紛らわしいことこの上ない。

「それは偉いけどな。タバコは買わねぇぞ」

「I see」

「ハ?」

そんな素直に頷くなんて。だったら何をせがんでいるんだ。
一つの眸が不穏に閃いて、甘く囁かれる。

「…もうイヤじゃねぇだろ。待った分、存分に代用品になれよ」

「俺はモノか! つか、どうやって!?」

「こうやって、だv」

迫りくる笑みの形を作る口元を両手で必死に押し止める。

「おま…悪ふざけは止めろよな…!?;」

ヒトが疲れて帰ってきてると言うのに、どんだけ自分をからかえば気が済むんだ。冗談はなはだしい。

「労るって、キモチはねぇのか…!?」

「あるからこうして…」

「いや、お前の労りは無駄に疲れるだけだっ」

「何だよ、ヒトがせっかく気持ちよく…」

「慎んで遠慮する…!」

詰まらなそうに眉をしかめる様子が拗ねた子供を思わせる。ようやく諦めてくれたようで、抵抗していた力を抜く。
何かが間違っているが、曲がりなりにも一応労ろうとしてくれたのだ。そういえば、わざわざ帰りを待って出迎えてくれた。

家に帰れば、誰かがおかえりと言ってくれる――

(何か、いいな)

やっぱり帰ってきたと実感できる。何だかんだ言っても、それだけで何かが報われた気になる。

「やっぱ…」

「あ゛?」

帰ったら返事があるのはいい。

「政宗、さんきゅな…」

少し照れ臭そうにはにかんだら、離れかけた腕にいきなり抱き締められた。

「な゛、何…!?;;」

「やっぱ堪んねぇ。我慢なんかしてられっか」

「ハイ!?;」

何か悪いスイッチを知らず踏んでしまったらしく、強引に詰め寄られる。眸が本気(マジ)だから、危険信号を体が発っした。
迫りくる微笑をはいた唇を、両手で力の限り押し止める。

「疲れてんだから寝かせろぉ!」

「いいぜ、寝ようじゃねぇかv すぐに天国に連れてってやるぜ」

「お前は俺を殺す気かー!?」

「一応、手加減してやるぜv」

「一応って何だ、一応って!?;; 寄るな! 汗やらオイルの匂いが…っ」

「構わねぇよ。気になるなら、一緒に風呂入るか?」

「お前とは二度と風呂に入らねぇよ!」

嫌なコトを思い出して全身で拒絶する。

「俺がどんだけ我慢してると思ってんだ。いい加減…」

文句を言おうとしたが、俺があまりにも嫌がるから仕方なさそうに嘆息した。

「ったく…、じゃ、こんだけな」

「へ?」

何かが唇を掠めた。
俺は一瞬気が遠くなった。
その後はあっさり身を離して、奥に向かった。こんなのだけじゃ全然足りないなどとぼやいて、頭の後ろに手を回す。

呆然とその後ろ姿を見ていた俺は、正気に戻って奴に辞書諸々の詰まった鞄を渾身の力で投げつけた。


辛抱の見返りではなく、報復を独眼竜は受けた。
















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あきゅろす。
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