どんなに家が非常識でも、外では普通に日常が回っている。 それが安心するような、落ち着かないような。 授業も終わり、部活もなく、後は帰るだけになると、ついため息が出た。 「ふぅ…」 「明日羽ちゃん、大丈夫…?」 ちょうど通りかかったクラスメイトにそれを聞かれ、気遣われる。明日羽は慌てて首を振った。 「う、うんっ、大丈夫」 「そう…、ならいいけど。前にも顔色悪い時あったから…」 それは忍が我が家にやって来た翌日のコトだ。 確かにあの日は初めて家族にまで隠し事を持った日で生きた心地がしなかった。困った時には兄に何でも話していたのに逆に騙す行為をしなければならなかった。 (お兄ちゃんにウソつくのが一番しんどかったな…) あの優しい兄を前につき続けられる自信が日に日になくなって行った。 そんな憔悴していく自分を見て、佐助は申し訳なさそうに、 『ゴメンね?』とか 『大丈夫…?』とか 『何なら出ていこうか』とか 平気で自分を二の次にした科白を言うから。 (だから、仕方ないじゃない…) 兄以外の男の人は苦手なのに、どんどん拒めなくなっていった。 私のコトばかり気にするから、つい自分らしくなく怒って、 『ダメです!』 って怒鳴って、自分で追い出すチャンスを何度も棒に振った。 (私、矛盾してるなぁ…) 清く正しく、それが学校の教えであり自分のポリシーだったのに。 「はぁ…」 「はい」 再びため息をつくと、握った手を差し出された。 「え…?」 反射的に手で受けて、渡されたモノを見ると苺キャンディだった。 「あげる。元気になるクスリなんだって」 にこり、と微笑まれて、嬉しくてつられて笑顔を取り戻した。 「ありがとうっ」 「あ、お迎え来てるみたいだよ」 「Σ!?」 窓辺に行った視線を追うと、校門に遠目にも判る明るいオレンジが―― 思わず窓に張りついた。 「わわっ; 梨園ちゃん、アメありがとう! また明日ねっ」 「うん、また明日」 慌ただしく教室を去る明日羽をのんびりと梨園が見送った。 梨園が窓辺に視線を戻すと、しばらくして校門のオレンジ色に少女がたどり着く。 「さっ、佐助さん! 何でいるんですか!?」 「勉強お疲れさま、明日羽ちゃんv いや、買い物の帰りにちょっと寄ってみたんだけど…」 会えてよかった、と表情を綻ばせる忍に明日羽はへなへなと脱力する。 取り越し苦労になるかもしれないのに、わざわざ居づらいだろう女子校の前で待つなんて。 「その、待たせてごめんなさい…;」 「そんな待ってないよ? 俺が勝手にしたコトだし」 へたり込んでいた明日羽に、忍は手を差し出す。今度は手に何もない。 「じゃ、帰ろっか。明日羽ちゃん♪」 何もないそこに自分の手を置いた。 「……ハイ…」 困ったように少女ははにかんで、忍と戸惑いながらも帰っていった。 それを見送って窓辺の少女はそっと微笑した。 おもむろに携帯を取り出してかける。少しも待たせずに向こうが出た。 『おう。どうした、梨園』 「あのね、チカ兄」 『なんだ?』 「チカ兄のクスリって効くんだね」 『? 薬は効いてなんぼだろ』 「それもそっか。今から帰るね」 『おお、待ってる』 電話越しの声が笑っているから、こっちまで笑みが湧く。 繋がるのは、 手でも、声でもなく 相手を想うキモチ そうして笑顔が生まれてく。 |