「Hey.日向。いい加減起きろよ」 ある日、寺門家長男は珍しく遅くまで寝ていた。 ベッドの端に腰かけて政宗は揺する。 「オイ、朝飯」 「ん…、適当に食って…」 そう唸って日向は更に布団に丸まる。ムゥ、と不満げな政宗は諦めず起こそうとする。 「日向作ったのがいい」 「だったら、冷蔵庫にあるサバの味噌煮温めろよぉ…」 「何で起きねぇ」 「今日はバイトなくて、大学も午後からなんだぁ。だから、それまでめいっぱい寝れんのv」 幸せそうにカオを綻ばせる日向。政宗にしたら安い幸せだが、日向からすれば贅沢な幸せなのだ。 (ったく、無防備なカオしやがって…) 対象として見ていないのだから当然と言えば当然なのだが、政宗は嘆息してしまう。 そっと重心を変えて日向の上に覆い被さる。 「起きろよ、日向」 「やだ。今日はごろごろするって決めたんだ」 「じゃあ、俺も寝る」 政宗はニヤリと笑って、下の日向に屈み込む。 そこに、 バターン! 「日向殿、おはようでござるー!」 幸村が唐突に現れた。首には六文銭ではなく、二つの鍵がぶら下がっている。一つは世話になっている真白の部屋のであり、もう一つはいつでも訪ねていいと言われたこの部屋のもの。 その日向の言葉通り、幸村は突然やってくる。 政宗はぴたりと動きを止めて青筋を浮かせた。内心舌打ちする。 「なんだ、幸村。遊びに来たのか」 日向は驚きながら身を起こす。 「はいっ、いや否!数学なるものを教えていただきたく!」 「別にいいけど、俺じゃ頼りねぇかもしんねぇぞ?」 去年まで現役だったが日向の専攻は英文科だ。 「そんなコトはございませぬ!日向殿のご教授は大変分かりやすく…」 「はは、そんな大層な。シャワー浴びてくっからリビングで待っててくれ」 「はいっ」 「あ、政宗。サバ、できたら3人分温めておいてくれ」 そう言って日向は、着替えを手に風呂場へ向かった。残ったのは嬉しそうにシッポを振る幸村(わんこ)と不機嫌に黙り込む政宗。 「………」 「どうなされたのでござるか?伊達殿」 「…何でもねぇよ」 舌打ちする政宗に幸村は首を傾げた。邪魔者を睨み付けたところで鈍い幸村には効くはずもなかった。 「日向」 「うわっ、何だよ?政宗」 台所で味噌汁を作っていた日向の腰に抱き着いて、政宗は肩に顎をのせた。 「もうちょいでできるから大人しく待ってろよ。幸村はちゃんと待ってんじゃねぇか」 勉強道具一式を持って幸村はリビングで正座している。 「No.飯なんぞどうでもいい」 「?さっきまで飯、飯って煩かったクセに」 「昼まで寝るっつってたじゃねぇか」 「幸村来たんだから寝てる訳にいかねぇだろ。勉強しようとして偉いじゃん、頼ってくれてんだし力になれるもんならなー」 現代なら妹と同じ高校生なのだ。年齢に見合った学力をつけようと頑張ってる、その姿勢に感心するし応援してやりたいと日向は思っている。 「そんなもん自分ですりゃいいだろ。追い出せよ」 「そんな邪魔みたいに言うなよな。受験の真白んトコで肩身狭い思いしてんのに可哀想じゃん」 「hindranceだ」 「お前なぁ…」 幸村を邪険にする政宗の態度に日向は呆れる。そんな日向の腰を抱く力を政宗は強める。 「寝たり、真田に構う時間があんなら、俺と…」 ピンポーン。 政宗が何か言いかけた時、タイミング悪くチャイムが鳴った。 「あ、誰か来た」 日向はあっさりと政宗から離れて玄関に向かう。 「はいはい、どちらさん?」 「どうも、日向さん」 ドアを開けた先に笑顔の忍が立っていた。 「なんだ、佐助。勝手に入ってくりゃいいのに」 「いや、一応は。コレ、明日羽ちゃんと作ったんだけど、お裾分けに」 「おっ、芋の煮っころがしv好きなんだー、さんきゅ。今、幸村もいるんだ、入ってけば?」 「いや、俺は…」 佐助は歓迎する日向の肩越しに、不機嫌にこちらを睨む政宗を見付けた。 「………;;」 「どした?佐助」 「い゛や…、何なら旦那引き取りきましょうか?」 「何で?」 きょとんと小首を傾げる日向に、佐助は誤魔化すように苦笑する。 「いや、旦那煩いし迷惑なんじゃと…;」 「全然。いいヤツじゃん。佐助、腹減ってね?佐助も一緒に飯食おーぜv」 「朝食済ませてんで、遠慮させてもらいますよ。それに、これ以上竜の旦那の機嫌を損ねるワケには…;」 「は?政宗?んなもん放っておけよ」 日向はどうでもよさげに言った。佐助は一瞬固まる。 「あの…日向さん、竜の旦那の正体知ってんですよね…?;」 「奥州の一国一城の主だったんだろ?」 それがどうした、という態度に、日向は大物だと佐助は感じた。 「えと、日向さん、大丈夫なんですか…?;」 「何が??」 「いや、竜の旦那に…」 色々と、と痛い視線を感じながら佐助が訊いた。日向はよく解らないが頷いた。 「坊っちゃん育ちで俺様でワガママだけど別に」 「なら、いいんですけど;」 一応気をつけて、と言い残して佐助は隣に帰っていった。 何を心配されているのか首を傾げつつ日向は台所に戻り、朝食を済ませて幸村の勉強に取りかかった。 しばらくして幸村がふと書く手を止めた。 「……あの、日向殿」 「どうした、解らない問題でもあったか?」 「いえ、そうではなく…」 幸村は不思議そうに日向に視線をやった。日向の後ろからのしかかろうとする政宗がいて、日向はそれを時折鬱陶しそうに腕で押し退けていた。 「コレは気にすんな、幸村」 「はぁ」 政宗をコレ呼ばわりする日向に目を丸くしながら、幸村は頷いた。日向は後ろに振り返って政宗を叱りつける。 「政宗、邪魔!幸村の邪魔すんなら出てけよ」 政宗は渋々日向に絡むのを止め、その後は大人しくソファーで座っていた。始終ぶすぅ、と不機嫌オーラを振りまいてはいたが。 多少政宗の様子に怯えながらも幸村は数時間勉強をやりきった。 「日向殿、感謝いたすっ」 玄関先で幸村は深々と頭を下げた。 「いや、よく頑張ったな。今度は普通に遊びに来いよ」 日向は笑ってそんな幸村の頭を撫でた。後ろにいた政宗はピクリと片眉を上げる。 「はい!では、失礼したでござるっ」 「またなー」 「さて、」 幸村がドアの向こうに消えるのを見送ってから、政宗は日向の肩にのしかかった。 「朝の続きといこうじゃねぇか」 「何のコトだ??俺、大学行ってくっから留守番頼むな」 「What?」 怪訝に聞き返す政宗を他所に日向は靴を履いて鞄を肩にかける。 「別に出かけてもいいけど、戸締りちゃんとな」 じゃ行ってくる、と日向は部屋を出ていった。 「〜〜〜っっ!」 取り残された政宗は憤りに血管を浮かせた。 (Shit!二人になる時間がねぇ…!) 真田主従の存在が明らかになってからというもの、政宗は不満だらけだった。これならまだ知る前の方が良かった。 妹やそのオマケの存在といい、大学やバイトといい… この世は邪魔者だらけだと政宗は覚った。 |