むくり、と身を起こす。 その状態で数分、体に血が巡るのを待つ。低血圧だから起動に時間がかかるのだ。 「あ゛ー…」 意味をなさない声を上げて、ようやくベッドから足を下ろして顔を洗いに部屋のドアに行く。緩慢な動きでパジャマが寝崩れて寝癖ハネたまま。 ガチャ。 ゴトン。 何かがドアにもたれかかっていたらしく、ドアを引いたらこちらにソレが倒れた。 「っい゛てぇ…」 後頭部を床に打ち付けたソレは、痛みに呻いて目を開けた。 視線を落とすと眼が合う。 「………」 「………」 驚いて目を見開いて固まっているソレ。 「…あ…」 「え゛…?」 見下ろしていてあるコトに気が付いた。 「今日、休みだった」 だったらまだ寝れる、とベッドへUターンした。 「って、オイ!?;」 仰向けに倒れていたソレは慌てて身を返して起き上がった。 「何…?」 布団を被りながら振り向くと、困惑した様子で訊かれた。 「いや、もっとするべき反応ってもんがあんだろ!?つか、この状況で俺を放っておくのか!?;」 「眠いもん、寝る。話は後で」 低血圧の自分に、寝起きに騒ぐ気力はない。 「あ…、寝る前に1コだけ」 「?何だ…?;」 「私は梨園。そっちの名前は?」 「あ、ああ…元親だ」 「そう。おやすみ、元親」 「………;;」 そう言い残されて、本当に寝入られてしまった。西海の鬼は戸惑ったまま数時間放置された。 コトリ、と紅茶を足の低いテーブルに二つ置く。向かいには青年が正座していた。 どうやら寝惚けた幻覚じゃなかったらしい。 「紅茶、飲める…?」 「ああ…、南蛮の紅い茶は嫌いじゃねぇけどよ;」 変わった格好をした彼は弱りきった様子で恐縮していた。 「改めて自己紹介するね、吉原梨園です」 「俺は長曾我部元親だ」 「ちょうそかべ…、難しい名字ですね」 「梨園は可愛い名前だな」 困惑していた青年がそう言った時だけ快活な笑顔を見せた。 (天然…?) 紅茶を飲みながら首をかしげた。 「そういえば何で家にいるんですか?お兄さん」 「いや、それを最初に訊けよ;俺も解んねぇけどよ…」 「泥棒じゃなくても、私が寝てる間に帰ろうとか思いませんでした?」 「それが出来たら、嬢ちゃんが起きるの待ってねぇって…;」 間の抜けた質問に元親はがくりと肩を落とした。元親からすれば梨園の方が余程天然だった。 「よく解らないけど、とりあえず帰れるまでなら家にいてもいいですよ?」 のんびりと言われた科白に元親は目を丸くする。 「そりゃ、助かるが。随分あっさりしてんな、梨園」 「両親共働きでほとんどいないし、家にいても別に問題ありませんから」 「そりゃ、寂しいな…」 労りを宿した眸で微笑され、今度は梨園が目を丸くする。 「そうでも、ないです…」 「ははっ、ガキが意地張ってもいいコトねぇぞ?ワガママ言って困らせるぐらいの気合いでいとけ」 ぐしゃぐしゃ、と乱暴に頭を撫でられて梨園は戸惑う。一人っ子だから、こういったコトに慣れていない。 「いきなり男がいるコトには困ると思うけど…」 「お、それもそうだな」 梨園の呟きに頷いて、元親は豪快に笑い飛ばした。 その日から、独りきりの家じゃなくなった。 とりあえずは、 (孤独と引き換えに) 一緒に怒られよう。 少女と鬼はそう約束を交わした。 |