「…ん?」 クローゼットを前に日向は首を傾げた。 「どうした?日向」 日向のベッドの上で寝転んでいる政宗が頬杖をついて訊いた。 「いや…、何か服減ってる気が」 「thiefか?」 「いや、気のせいかも知れねぇし。第一、服の一着や二着なくなってもどうでもいいし」 「お前、執着ねぇのか?」 「別に。服は着れりゃいいだけ」 「そう言うワリにsenseいいモン着てるじゃねぇか」 カジュアルが基本ではあるが日向はそれなりにオシャレをする。髪型だって起きたらすぐ寝癖を直してきちんとしている。 「身だしなみ程度だろ、それにだらしないのとはまた別だ。妹がいるからな。人前に出しても恥ずかしくない妹たちなんだから、俺も妹たちが恥ずかしくないようにしねぇと……何だよ?その眼」 「シスコンだな…」 政宗は呆れてコメントした。この歳まで妹を大事に想えるとは。普通、自立と同時に構わなくなるもんじゃないだろうか。 「何とでも言え。それより、政宗」 「Ah?」 「お前は何で俺の着替えん時に必ずいるんだ…?」 男同士で恥ずかしいも何も無いのだが、何故か異様に視線を感じるのだ。 「気にするな」 ニィ、と口端を吊り上げてみせる政宗に不穏なモノを覚えつつ、日向は何だかなぁと着る服を取り出してクローゼットを閉めた。 バタン! 「あ、おかえり。明日羽ちゃんv」 マグカップでお茶を飲んでいた佐助は振り向いて、肩で息をしているこの部屋の主を迎えた。 「…っと、取ってきました;」 「何を?」 「む、無断ですけどお兄ちゃん、の服…、その服装のままだと外にも出れませんか、ら…;」 「だ…大丈夫?明日羽ちゃん;」 心臓に慣れないコトをしたせいか急いだせいか、ぜいぜいとへたり込む少女を忍は危惧する。 「とりあえず…、コレに着替えてください。じゃないと、佐助さんの服買いにいけません…っ」 「うん、分かった」 佐助は頷いて、脱衣所を借りて着替えた。 「えと…、明日羽ちゃん。着方これで合ってる??」 首を傾げつつ佐助が脱衣所から出てくると、明日羽は一瞬言葉を失った。 「足袋みたいなのはまだ判るけど、袴とかと違ってコレ体にぴったりするヤツなんだね。ちょっとキツいんだけど……て、明日羽ちゃん?」 聞いてる?、と返答のない明日羽を呼ぶと、彼女が我に返った。 「あっ、ごめんなさい。あまりに普通だったから…」 橙の髪は目立つが洋服を着れば現代の人間と何ら変わらなかった。 「じゃ、着方間違ってないの?」 「は、はい。キツいのは多分サイズが小さいせいだと。お兄ちゃんより佐助さん、背高いですから…」 「そ。んじゃ、さっさと買いに行って、お兄さんにこの服返そう」 さっさと玄関に足を運ぶ佐助を明日羽は慌てて追いかけた。 「ま、待ってください…っ;」 部屋を出た時もそうだが、忍は現代に珍しさは感じても戸惑いはないようだ。街に出ると、過ぎない程度に周囲を伺って、付き添う明日羽にも一々尋ねるコトはせず観察によってある程度察していた。 不思議そうにしながらも、佐助は明日羽に連れられてと言うよりは自分から率先して行動していた。 「何から買いましょうか…」 「あのさ、明日羽ちゃん」 二人でデパートの案内板の前に立って考えていると、佐助が声をかけた。 「何ですか?」 「基本的なコトで悪いんだけど、必要最低限のモノだから…」 「はい」 言いにくそうに佐助は言った。 「下着買うのも、明日羽ちゃん付き合うの?」 「………」 明日羽は固まった。そこまで考えてなかったらしい。 それを見て佐助は苦笑を浮かべた。 「売ってる場所と買い方教えてくれれば、俺様、一人で行ってくるよ?」 「……お願いします;;」 佐助の提案に明日羽は頭を下げて財布を渡した。 明日羽にはベンチで待ってもらい、佐助は一人で服を買うコトにした。しかし、悩むコトが一つ… (コレ、明日羽ちゃんの生活費なんだよねぇ…) 着物よりはずっと安いと言っても一式揃えたら額は張る。少女の一人暮らしで余分な金があるとは思えない。仕方ないとはいえどうにかならないだろうか。 そこにあるモノが目に入る。何かの会場らしく、佐助は掲げられた看板を見る。 「アームレスリング、って何??」 本来忍に文字の読み書きを覚えることは禁止事項なのだが、主が主なだけ佐助は仮名であれば読み書きができた。 舞台上を見ると男二人が台の上で手を握り合っている。 (ああ、何だ。腕相撲か) 納得して立ち去ろうとしたところに、司会の声が佐助の耳に届く。 『さぁさ、飛び入り参加したい方はいませんかー?優勝すれば金一封差し上げますよー!』 ぴくり。 忍の足が止まった。 しばらくして、ベンチで待つ明日羽の許に佐助が意気揚々と戻ってきた。 「明日羽ちゃん買ってきたよー♪」 両手いっぱいの紙袋を軽々と持ち上げてみせる。 「そんなに!?;大してなかったのにそんな沢山買えるワケ…」 「明日羽ちゃんのお金使ってないよv優勝賞金で買ったから」 「え…何のですか?」 「力比べ。俺様が比延みたいな見かけ倒しの筋肉野郎共に負けるワケないしょ♪」 ニコニコと笑ってみせる佐助に、そうですね、と明日羽は頷く。流石実践派は違う。 「古着屋でほとんど買ったから、賞金まだ結構残ってるよ」 「さ、佐助さん、買い物上手ですね…;」 忍の飲み込みの速さに明日羽は目を剥いた。 「待たせちゃったし、どこか茶店とか行こうよ。まだ賞金あるし」 「は…はい…」 笑顔で手を引かれ、明日羽は戸惑いながらも足を動かした。そういえば、兄以外の男性と手を繋ぐのは初めてだと気付いて明日羽はほんのり頬を染めた。橙の髪が風に揺れるのを見つめて。 繋いだ手は少し骨張っていて男の人の手だった。 歩調は急かず、明日羽にはちょうどよかった。 付き添うはずだったのに、いつの間にか立場が逆転していた。 |