いつも通り学校に行って帰って。 帰り道に見た夕陽が綺麗なオレンジ色で、何だか明日はいい日になりそうな予感を抱いてしばらく見惚れていた。 ちょっと変わったコトと言えばそんなコト。だから、いつもより少しだけ遅く家に着いた。 何も悪いコトなんてなかった。 なのに、玄関のドアを開けた途端、 「きゃ…っ!!」 反射的に出た悲鳴を手で押さえた。玄関に人が倒れていた。 自分は一人暮らしで、倒れているのは見たコトもない知らない人だ。恐怖で卒倒しそうになるのを何とか堪える、目に涙が滲んだ。 「し…死んで…!? どろ、け警察…っ、きゅっ、救急車…!?」 蒼白になって対処に混乱する。どれが正しいのか判らない。こういう時、隣の兄に頼ればよかったが、それもこの時は浮かばなかった。 震える体をどうにかして動かして、倒れている人の口元にそっと手を持っていく。掌に風を感じ取って、息があるコトに安堵する。 でも、まだ不安は消えない。 「あ、空き巣……?;」 鍵はちゃんと閉めていたが、どうやって入ったのだろう。何も盗品らしいモノは持っていないし、一見する限りこの男が倒れているコト以外はいつもと変わらない自分の部屋だ。 それに泥棒にしては目立つ格好をしている。明るい髪に、森の中でしか効果を示さない迷彩服。 怪我をしている様子はない。完全に気を失っている。 「………」 「…え…?」 怯えたまま固まって見ていたら、微かに口が動いた。恐る恐る屈んで耳を寄せる。 「……旦、那…」 聞き取れたのはそれだけ。 男はまた昏睡したようだった。 柔らかい褥の感触を感じて、そっと瞼を上げる。見えたのは見慣れた木の天井じゃなく白い… 「…っき、気が付きましたか?;」 震えた小さな声を耳にして首を動かすと、部屋の隅に寄って膨らんだ布袋を抱き締めた女のコがいた。 どう見ても自分に怯えている。 「ココは…?」 「わ…っ、私の、部屋ですっ」 「いや、そうじゃなくて…」 自分の知ってる世界じゃなかった。どうして自分はココにいるんだ。 身を起こすと、少女がビクリと肩を震わした。自分のコトより彼女が優先だ、と頬をかく。 しかし、どうやって警戒を解こう。怪しさしか自分は持ち合わせていないから、弁解出来ない。 「えっと、…君がこの布団(?)に運んでくれたの? ありがとう」 「お、重かったんです…っ」 「ゴメンね;」 それはそうだろう。自分は男だし、鎖帷子やら手甲やら暗器やらの重量を合わせれば相当なものだ。どこからココまで運んだのかは知らないが、あの細腕で大したものだ。 「…俺が言うのも何だけど、さ。俺が気絶してる間に、何で人呼ぶとかしなかったの?」 危ないでしょ、と本気で忠告する。明らかにか弱い女のコが一人で得体の知れない男と対峙するのは危険だ。 「わっ、私だって、よ呼ぼうと…思い、ましたょっ」 「だったら、何で…」 「だだだって、しっ心配、だし…怖くて…」 怯えているのに、その相手を気遣うなんて。 「そ、それに…」 「それに?」 「ぉん、女の人かもって…」 「ハイ?;」 自分のどこが女に見えるのか。思わず声が裏返った。少女はビクビクしながらも、言い訳をする。 「だって…『旦那』って言ってた、から…っ; そそれに、男の人でも女の人に興味ない方なのかもって…」 前に読んだ本にそういうのがあった、としどろもどろに説明する。見た目だけで人を判断しちゃ相手に失礼だと兄に教わっただなんだと一生懸命弁解する様子が可愛らしい。あんまり極端で可笑しな誤解につい吹き出す。 「っハハ、違う違う。旦那は旦那でも、俺様の主人のコトだよ。仕えている上司」 「えと、どういう職業で…?;」 「ああ、誤解解いておかないとね。俺様は猿飛佐助、忍やってんの。泥棒とかじゃ全然ないよ」 「に…忍者さん…??;」 「そ。この世界にはいない?」 「げ、現代には…; 昔なら…、あ、でも今でも伊賀や甲賀とかに行ったら…」 「あ、俺様も甲賀出身」 「甲賀の方が、何で私の部屋にいるんですか…!?;」 「俺様もそれを知りたいんだよねぇ」 困った心情を表情にそのまま出す。 「つかのこと伺いますが、ご自分の住所とか覚えてます…?」 「甲斐の国。大将の躑躅ヶ崎館に住んでんの」 「カイ?」 「あれ、甲賀あるのに甲斐はないの? 大将の信玄公っていや名に聞こえた人なんだけどなぁ」 弱りきって頭をかくと、彼女は目を見開いた。 「信玄、って…もしかして、武田信玄さんですか…?」 「何だ、知ってるじゃん」 「ちょ、ちょっと待って下さい…っ;」 慌てた様子で立ち上がらず、四つ足でサカサカと棚まで行きえらく分厚い草子を開いて見る。彼女は草子を読んでぶつぶつと冷や汗をかきながら呟いている。 「甲斐…今の山梨県、で…武田信玄は…戦国時代の……;」 「あの…」 声をかけようと思ったけど、まだ名前を聞いていないコトに気が付いた。 「……佐助さん、でしたよね;」 「ウン。何?」 「嘘言ってませんよね…? ドッキリとか…」 「こんな時に冗談言ってどうするの」 「う、嘘…」 あり得ません、と何かに打ちのめされている彼女。何か悪いコトでも言っただろうか。 その頃にはもう夜になっていて、とにかく明日考えようという結論になった。 でも、寝床は一つしかなく壁を背に忍が座っていた。その忍が僅かに動くだけでベッドの膨らみが震えた。 それを見て忍が苦笑を浮かべる。 「明日羽ちゃんだっけ。起きてる?」 「…な、なんですか?;」 「俺様、外で寝ようか? 忍だから慣れてるし。何なら今すぐにでも出ていこうか」 忍の言葉を聞いて、少女は被っていた布団から驚いて顔を出した。 「そんなコト、どっちもダメです…!」 「いや、でも俺がいちゃ明日羽ちゃん寝れないでしょ?」 「ダメったら、ダメなんですっ!」 少なからず忍に怯えているのに少女は頑として引かない。 「私だけベッドで寝るのが気まずいだけですっ。だから、佐助さんそこのソファーに座ってください!」 「えと…、ココに座ればいいの?」 忍は指されたソファーに言われた通りに座る。忍が訳判らないでいると、少女が布団と一緒に隣に来て座り、忍に半分布団をかけた。 「あの、明日羽ちゃん? どうして…」 あれだけ警戒していたのに、と少女の行動に忍は戸惑う。 「これなら一緒です…っ; それにそんな格好で出て行ったら佐助さん通報されちゃいます。困ってる人を途中で捨てちゃいけないってお兄ちゃんが言ってましたっ、だから、その…佐助さん悪い人じゃないみたい、だし…;」 恐縮しながらも懸命に意図を伝えようとする少女を見て、忍はふっと微笑する。 「いいお兄さんなんだね」 そう言うと、一瞬だけ少女が誇らしげに笑った。 「じ、自慢のお兄ちゃんです…っ///」 「明日羽ちゃんもいいコだね」 感謝を込めた忍の本心に少女は頬を染めた。 彼の微笑みは今日見た夕陽に似ていた。 きっと明日も綺麗な夕陽だろう。 明日もいい日になりますように。 昨日より今日、今日より明日はずっといい日。 ちょっとだけ変わった今日も、きっといい日。 |