天使の羽跡
19
翌日は僕も遥も仕事が休みだったため、朝のうちに行ってしまおうということになった。
「おはようございます。」
「おはよう。」
近くの駅で待ち合わせ、バスに乗って目的地に向かった。
少しの緊張が僕の肺を締め付ける。
「あ、次降りるとこですね。」
バス停の目の前が墓地になっている。
さりげなく遥の半歩後ろからついていった。
一つの黒い石の前で、遥が立ち止まる。同時に僕も、初めから場所を知っていたかのごとく。
「お水汲んできますね。」
遥が行っている間、僕はずっとその四角い石塊を見つめていた。
正直なところ、実感が全くない。
僕が会った雪は既に魂だけの存在だった。あの一週間は今も色濃く心に残っているが、幻のように思えてならない。
冬に降った雪は夏に残らず、無理矢理降らせてもすぐに溶けて消えてしまうのだ。
「あれ?あんた…」
不意に左後方から聞こえた声に、僕のことかとそちらを向いた。
窺うように僕を見ている男は、白や淡い色で彩られた花束を持っていて、僕より少し背が高く、いくらか年上に見える。
僕が余程怪訝そうな顔をしていたのか、男は何かを悟ったように口を開いた。
「あんた、雪の知り合いだったのか。」
「はい…?」
馴れ馴れしい態度で話かけてくる男を不快に思っていると、向こうから遥が戻ってくるのが見えた。
「あんた、何年か前の一昨日、ウチに来ただろ?」
遥が僕の隣に到着して、一メートル程離れた相手の顔を見上げる。
「あ…。」
そう小さく声を漏らしたのは遥で、さらに小さな声で僕に耳打ちした。
「姉が…当時付き合ってた男性です。」
数年前の一昨日。
そうだ。雪が消える前日、僕らは彼に会いに行った。
彼はあの頃よりも落ち着いた風貌をしていて、言われるまで気がつかなかった。
それにしても、よく僕のことを覚えていたな。
「お久しぶりですね。覚えてないでしょうけど。」
遥の台詞が、真冬の嵐のように刺々しい。
「…覚えてるよ。遥ちゃん。」
遥は、ふんとそっぽを向く。彼は苦笑して僕を見た。
「あんた、ちょっといいか?」
僕に何の話があるのか謎だか、彼が真剣な瞳だったので迷わず頷いた。
遥に目配せすると、眉を寄せて、知り合いなのかと目で訴えられた。
僕は曖昧に微笑んで、少し行ってくる、とだけ残した。
彼についていくと、どこに行くでもなく、遥の姿が見えなくなった辺りで向かい合った。
「あのさ、これ供えといてくんねえ?」
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